格差社会か。
どうも世界の格差のほうが気になる。人類主義ではない。格差がテロを生むから、つまり直接自分にかかわっているから、気になる。
昭和40年代の貧乏も結構なもんだったが、戦前、明治の貧乏はしゃれにならない。「日本の下層社会」。読んだのはもう20年も前だから細かい記憶はないが、とにかくしゃれにならなかった。
僕自身はと言えば、中小企業の専務の家に生まれ、中学の時会社が倒産、親父が自殺未遂。高校時代は極貧。で今はやっと中流程度。でも昔を考えれば今の「中流」は「貴族」みたいなもんだ。温水シャワーはあるし、エアコンはあるし、PCはあるし、携帯だって全然使わないのに持っている。メタボリックを気にしながら、なるべく食べないように生活をしている。国内では中流の中だが、完全に貴族だ。
とか思っているせいで、日本の格差については「貴族間の争い」程度にしか認識できていないようだ。東京に住んでるせいもあるだろう。地方の現状を知らない。少し真面目に考えたほうがいいか、と思いつつある。
さて「競争」について。
ゲームとしては楽しいが、マジな競争は嫌いだ。
勝ったものが負けたものに手をさしのべるような競争はいいが、さらに突き落とすような競争は嫌いだ。
ビルゲイツが引退して慈善事業をやるという。マイクロソフトの路線転換という面もあるが、彼個人としては「怖く」なったのだろう。「勝ちすぎた」ことに。最初はゲーム感覚だったはずだ。それがいつのまにかマジな競争になり、しかも一人勝ちをしてしまった。怖くもなるだろう。
高校時代、土曜になると「麻雀」を友人とした。金は一切賭けなかった。金を持っていなかった。けどそれが最大の理由ではない。金を賭けると、ゲームがせこくなって、楽しめない。時に人間関係が壊れる。だから絶対金は賭けなかった。純粋にゲームとして楽しんだ。勝利者には名誉号を与えた。楽しかった。負けても楽しかった。「くやしい」と思って、けど楽しかった。それからみんなで勝負の分析をした。何故勝ったか。負けたか。素人分析をしてわいわいやっていた。それも楽しかった。
経済競争。どうやらゲームではなく、マジである。勝っても負けても楽しくない。僕個人の感覚では。
人間は競争がなくては動かない動物である。
半ば合っていて、半ば違っている。
「競争」ということ。勝つとか負けるとかいうこと。
先人の知恵が東洋には沢山ある。西洋にだってある。少し学びなおしてみようと思っている。
格差は世界にも日本にもありますね。
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