ピエール・ボナールの展覧会に行ってきた。
この冬は見たい展覧会が目白押しで、新美のピエール・ボナールも気にはなってたんだけど、同時期に開催していた東山魁夷に行った時も横目で見て通過してしまった。
あきらめるつもりだったのに、昨夜、10月に大人買いした『ギャラリー・フェイク』を読んでたら、ボナールの絵が出てきて、
「ルノワールよりカラフルで、ゴッホより繊細!日本人は下手な印象はより、もっとボナールを知るべきです!」
というセリフがあって、なんかすごくそれが響いた。
ルノワールは淡すぎて、ゴッホはゴツすぎる
そう言われるとちょうどしっくり来る気がした。
「見たいな」
と思ったけど、
「でも確か、ボナール今日までだったはず」
と、半ば諦めつつ、確認したら、あと二日、会期が残っていた。
「……(絶対に延長されてる)」
そう思って、行くことにした。
「いざ、視神経の冒険へ」という展覧会のコピーの意味がよくわからなかったのだが、「目にした光景の印象をどうやって絵画化するか」ということだそうで、制作過程の説明などと一緒にいろいろ見て行くうちに、「印象」という漠然としたものを止めようとして、それを反芻し試行錯誤する時間の間に、印象の主体である自分がどんどん現れて来る、という過程が見える気がして面白かった。
でも、素人目だからなのか、晩年、モネと語らうようになって以降の風景画は、
「ちょっと明度の高い印象派」
という感じで、なんだかつまらなかった。
そうそう、展覧会のキャッチコピーはどれも毎回すごく面白いけど、今年のNo.1は、やっぱりビュールレ・コレクションの、ルノアールの『可愛いイレーヌ』のポスターに書かれた、
「絵画史上、最強の美少女(センター)」
だと思う。
この冬は見たい展覧会が目白押しで、新美のピエール・ボナールも気にはなってたんだけど、同時期に開催していた東山魁夷に行った時も横目で見て通過してしまった。
あきらめるつもりだったのに、昨夜、10月に大人買いした『ギャラリー・フェイク』を読んでたら、ボナールの絵が出てきて、
「ルノワールよりカラフルで、ゴッホより繊細!日本人は下手な印象はより、もっとボナールを知るべきです!」
というセリフがあって、なんかすごくそれが響いた。
ルノワールは淡すぎて、ゴッホはゴツすぎる
そう言われるとちょうどしっくり来る気がした。
「見たいな」
と思ったけど、
「でも確か、ボナール今日までだったはず」
と、半ば諦めつつ、確認したら、あと二日、会期が残っていた。
「……(絶対に延長されてる)」
そう思って、行くことにした。
「いざ、視神経の冒険へ」という展覧会のコピーの意味がよくわからなかったのだが、「目にした光景の印象をどうやって絵画化するか」ということだそうで、制作過程の説明などと一緒にいろいろ見て行くうちに、「印象」という漠然としたものを止めようとして、それを反芻し試行錯誤する時間の間に、印象の主体である自分がどんどん現れて来る、という過程が見える気がして面白かった。
でも、素人目だからなのか、晩年、モネと語らうようになって以降の風景画は、
「ちょっと明度の高い印象派」
という感じで、なんだかつまらなかった。
そうそう、展覧会のキャッチコピーはどれも毎回すごく面白いけど、今年のNo.1は、やっぱりビュールレ・コレクションの、ルノアールの『可愛いイレーヌ』のポスターに書かれた、
「絵画史上、最強の美少女(センター)」
だと思う。