平らな深み、緩やかな時間

178.クラシック音楽館『大友良英presents 武満徹の“うた”』8/23まで!

音楽が好きな親しい友人の何人かにメールでお知らせしたのですが、NHKのEテレで8月15日(日)の夜9時から「クラシック音楽館『大友良英presents 武満徹の“うた”』」という番組の放送が予定されていました。ところが9時にチャンネルを合わせてみると、夜だというのに高校野球の放送がやっていました。連日の雨のために詰め込んだ日程が響いたのでしょうか、結局、その試合は10時ごろまで続き、放送予定は大幅に変わってしまいました。「クラシック音楽館」は日付の変わった夜中の0時10分から2時10分までの放送になり、録画していたのでよかったものの、もうすでに月曜日ですから2時過ぎの終了まで生で見ることはあきらめました。(ただし、大友の番組は75分間で、そのあとは別の番組となります。)
もしもこの番組を見逃してしまった方で録画していなかった方は、次のページを開けてみてください。
https://www.nhk.jp/timetable/130/tv/20210815/daily/now/
このページのEテレの欄の0時10分を見てみると「クラシック音楽館」があります。そこに繰り返し視聴のマークがありますので、これをクリックすると、一週間の期限(8月23日)までネット上でこの番組を視聴できるようです。ただし、NHKプラスに登録して、ログインをする必要があります。登録は次のページをご覧ください。NHKに受信料を払っている方なら、登録できるはずです。
https://plus.nhk.jp/info/id/
何だがNHKの広報のような話になりましたが、実際のところ、この番組はこれぐらいの手間をかけても見た方がいい番組です。ただし、NHKには言いたいことがあります。
そもそも、高校野球の中継放送を「クラシック音楽館」よりも優先して延長放送したことが間違っています。もう少し言わせてもらえれば、なぜ高校スポーツの全国大会を一試合ももらさずに全国放送する必要があるのでしょうか。
さらに高野連にも言わせてもらえれば、若者の夜の時間帯の人流を減らすことがウイルス感染防止のポイントのように言われているのに、高校生にこんな時間まで野球をやらせていて良いのでしょうか。これが全国放送であることを考えると、若い人たちへの影響も大きいと思います。
それにそもそも、全国の高校野球の選手を一堂に集めて集中的に試合を行う、という大会の方法そのものが、現在の状況に見合っていません。無観客にした上で、小さな球場で同時進行で試合を行えば、もっと短期間で済むのではないでしょうか。そういう問題を孕んでいるのに、大手新聞社は自分たちが大会を主催しているものだから、甲子園大会を全然批判しません。オリンピックを批判した態度からすると、二重基準だと言われても仕方ないと思います。実際に、感染のために試合を辞退しなければならないチームが出てしまいました。当該の高校生たちは、本当に気の毒だと思います。この運営上の責任を、いったい誰が取るのでしょうか。
いずれにしても、「クラシック音楽館」は日をあらためて、多くの人が視聴できる時間に再放送をするべきです。

不愉快な話はこれぐらいにして、この楽しい番組についての感想を書いておきましょう。
まずは大友良英と武満徹について、基本的な情報をおさえておきましょう。

大友良英
音楽家、ギタリスト/ターンテーブル奏者/作曲家/映画音楽家/プロデューサー
1959年横浜生れ。十代を福島市で過ごす。常に同時進行かつインディペンデントに即興演奏やノイズ的な作品からポップスに至るまで多種多様な音楽をつくり続け、その活動範囲は世界中におよぶ。映画音楽家としても数多くの映像作品の音楽を手がけ、その数は100作品を超える。
2008年YCAMでの展示を切っ掛けに「アンサンブルズ」の名のもとさまざまな人たちとのコラボレーションを軸に展示する音楽作品や特殊形態のコンサートを手がけると同時に、障害のある子どもたちとの音楽ワークショップや一般参加型のプロジェクトにも力をいれ、2011年の東日本大震災を受け福島で様々な領域で活動をする人々とともにプロジェクトFUKUSHIMA!を立ち上げるなど、音楽におさまらない活動でも注目される。
2012年、プロジェクトFUKUSHIMA ! の活動で芸術選奨文部科学大臣賞芸術振興部門を受賞、2013年には「あまちゃん」の音楽他多岐にわたる活動で東京ドラマアウォード特別賞、レコード大賞作曲賞他数多くの賞を受賞している。
2014年よりアンサンブルズ・アジアのディレクターとしてアジア各国の音楽家のネットワークづくりに奔走。2017年札幌国際芸術祭の芸術監督。2019年NHK大河ドラマ「いだてん」の音楽を担当。また福島市を代表する夏祭り「わらじまつり」改革のディレクターも務めた。
(大友良英 オフィシャル・ページより)  

武満徹
1930年東京生まれ。幼少時代を父親の勤務地である満洲の大連で過ごす。
1937年、小学校入学のために単身帰国する。長じて戦時中に聞いたシャンソン『聴かせてよ、愛のことばを』で音楽に開眼。戦後、作曲を志して清瀬保二に師事するが、実際にはほとんど独学で音楽を学んだ。
1950年、処女作であるピアノ曲『2つのレント』を発表。当時の音楽評論界の御意見番的存在だった山根銀二によって、「音楽以前である」と酷評されたことは有名な逸話となった。
1951年には詩人の瀧口修造の下で、『実験工房』結成メンバーに加わり、いわゆる前衛的手法に沈潜する。転機となったのは1957年、結核の病床で書いた『弦楽のためのレクイエム』。この厳しくも美しい作品は、来日したストラヴィンスキーよって絶賛され、武満徹の名を世界に知らしめることとなった。
1967年、ニューヨーク・フィルハーモニー交響楽団の創立125周年記念作品をバーンスタインから委嘱され、琵琶と尺八、オーケストラとによる協奏的作品『ノヴェンバー・ステップス』を発表。この成功が作曲家の名声を決定的のものにした。晩年にはオペラの創作にも取り組んだが、1996年2月20日、膀胱ガンのため逝去。残念なことに唯一のオペラは完成をみなかった。享年65歳。
(日本コロンビア オフィシャル・ページより)  

私は、NHK FMで土曜日の夜11時から1時まで毎週放送している「ジャズ・トゥナイト」という番組を愛聴していますが、大友良英は前任者のジャズ評論家の児山紀芳(1936 - 2019)が亡くなってから、番組進行を担当しています。個人的にはオーソドックスな語り口の児山よりも、クリエイターとしての視点を持つ大友の放送の方が好きです。
一方の武満徹は、私が学生時代に、現代美術との関連から現代音楽のことも知ろうとしたときに、最も重要な作曲家として浮かんできたのが武満でした。上のプロフィールにもあるように、武満は『実験工房』のメンバーでもあり、現代美術とは縁が深いのです。彼の出世作が『弦楽のためのレクイエム』だと聞き、警備員のアルバイトで稼いだお金でアナログ・レコード(当時は配信はもちろんのこと、CDもありませんでした。)を買ってきましたが、何回聴いたでしょうか。現代音楽にしては(?)旋律が美しいのですが、全体のトーンが暗いし、集中を要する音楽なので、気軽にターンテーブルに載せられるレコードではありませんでした。お聞きになっていない方は、こちらをどうぞ。
https://youtu.be/uHfa1uCAmAA
また彼は映画音楽も多数手掛けていて、大島渚(1932 - 2013)監督の『愛の亡霊』(1978、カンヌ国際映画祭監督賞)の音楽も担当しています。こちらも映画の暗さと音楽がマッチしていて、何とも重たい気分になります。
その武満が歌曲を作ると、とても純粋で無垢な感じの歌を作るのです。私は石川セリ(井上陽水の奥さん)が武満の曲ばかりを取り上げたCDを持っていますが、これは名盤です。
そんなことから、武満徹の歌曲を大友良英がプロデュースして演奏する、というこの企画を面白そうだな、と思ったのです。
それでは、内容に入ってみましょう。

◉コトリンゴ×「小さな空」
まずは童謡風の歌をカルテット風の小編成でイメージぴったりに歌います。さりげない歌ですが、コトリンゴという歌手を調べてみると、バークリー音楽大学に留学し、ジャズ作曲科、パフォーマンス科を専攻したと、オフィシャル・サイトに書いてありました。坂本龍一に認められて有名になり、あのアニメーション映画「この世界の片隅に」のテーマ、劇中歌、BGMの全ての音楽を担当し、第40回日本アカデミー賞優秀音楽賞、第71回毎日映画コンクール音楽賞、おおさかシネマフェスティバル2017音楽賞を受賞、ということですから、すごい人ですね。
コトリンゴさんはナレーションも担当していて、さっそく武満徹と映画音楽について、武満のインタビューを交えてエピソードを紹介します。そして武満に憧れていた大友と武満との接点も映画音楽にありました。それはこういうことです。
武満は映画音楽の仕事を気に入っていたそうです。映画が大勢の人との共同作業であること、映画監督が自分の気づかない面を指摘してくれることなどが楽しかったそうです。それに現代音楽に対して抵抗感のある人も、映画音楽としてなら実験的なことをやってみてもすんなりと聴いてくれる、ということも重要だったようです。
武満の担当した映画『怪談』の音楽を聴いて映画音楽に、そして武満に憧れた大友は・・・、と番組の話を下手な要約で書いても仕方ないので端折ります。結局、映画音楽で注目しあった二人は、実際に知り合うことになるのです。アカデミックな音楽教育を受けていない二人は意気投合し、武満はデューク・エリントンが大好きで、自分は現代音楽の人間ではない、としきりに言っていたとのことです。


◉二階堂和美×「めぐり逢い」
二階堂和美ですが、こちらもオフィシャルサイトを見ると、「2013年公開のスタジオジブリ映画『かぐや姫の物語』では主題歌「いのちの記憶」を作詞・作曲・歌唱。東京での活動を経て、2004年より故郷である広島県在住。浄土真宗本願寺派の僧侶でもある。」などと書いてあります。彼女は僧侶だったんですね。リハーサルの風景では、大友のアレンジに次々と自分の意見を盛り込んで、塗り替えていく様子が記録されていて、笑ってしまいます。

◉青葉市子×「うたうだけ」
青葉市子はギターを片手に全国を旅している人のようです。松丸契というバークリーで音楽を勉強したサックス奏者と、大友と3人で即興の歌と演奏を繰り広げます。ちょっと即興の部分が控えめだったでしょうか。これは、どの演奏でもちょっと気になったのですが、NHKの立派なセットの中では皆さん大人しめ、もしくはまとまっていて、リハーサルの風景の方が楽しそうだな、と思いました。

◉原田郁子×「明日ハ晴レカナ、曇リカナ」
原田郁子は「クラムボン」というバンドでデビューし、ソロ活動もさまざまに行なっている人のようです。
そしてその演奏の前に、この「明日ハ晴レカナ、曇リカナ」が作曲されたエピソードがナレーションで語られます。なんと黒澤明監督の『乱』の仕事の時に、スタッフがつぶやいた言葉を武満がメモにして、そのまま曲をつけたのだそうです。
ここで、この番組のハイライト・シーンがあります。その『乱』の仕事が終わった後で、武満本人がスタッフにピアノの弾き語りでこの曲を聴かせた時の音源が、奇跡的に残っていたのです。ちょっとジャズ風のピアノと楽しそうな武満の声を聞いて、「あんなに人前でピアノを弾かないって言ってたのに」と呟きながら泣きそうになって聴いている大友が映し出されます。
そして武満の歌を聞いた後に大友の到達した結論が、「完成していない」「生きている音楽」ということが大事なんだ!ということなんです。これって、私がセザンヌやジャコメッティから学んだ結論と、まったく同じです。このタイミングでこの番組を視聴したのは、何かの運命でしょうか。素晴らしい教えを受けた気持ちです。
この曲の演奏では、大友はフライパンやらおもちゃのラッパやら、様々なものをスタジオに持ち込み、「完成していない」「生きている音楽」をコンセプトにアレンジします。リハーサルはいい感じでしたが、本番はやはり皆さん、上手すぎるみたいで、まとまり過ぎた感じがしました。でも、これほどの大きなコンセプトは、そんなに簡単に到達できるものではありません。
私は一生をかけて、実現します。

◉七尾旅人×「死んだ男の残したものは」
この「死んだ男の残したものは」は、1960年代のベトナム戦争の反戦歌として作られました。大友は、それだけに大勢で歌いたくない、と言って、ちょっととんがったシンガー・ソングライターの七尾と二人で演奏します。それにしては、大友のノイジーなギターと七尾の歌が盛り上がりすぎたような・・・、もっと淡々と演奏した方が、武満の心が伝わるような気がしました。

◉浜田真理子×「翼」  
この最後の歌の前に、武満が音楽家になるまでの話が映像とともに触れられています。戦争が終わって、何もない時に兵士から聞かせてもらった蓄音器のシャンソンが彼を音楽家になろうと決心させたそうです。しかし貧しく、結核も患い、音楽の正式な教育を受けられないまま、彼は独学で勉強します。そんなことって、できるものでしょうか?武満は、願い事は必ず成就すると言っています。武満にしろ、大友にしろ、音楽って英才教育が大事だとばかり思っている私の思い込みを、軽く打ち砕いてしまいます。
浜田真理子は、どこかで演奏を聴いたことがあるのですが、思い出せません。とにかく、ピアノも歌もうまいです。武満の信念が宿った歌を、さりげない強さで歌って欲しかった、というようなことを大友が語っていました。

最後に、大友が福島で子供たちと実践している校歌作りなどの活動が紹介されて終わります。ほんとにいろんなことをやっていますね。
彼の音楽的なレベルも素晴らしいと思うのですが、それよりも物事にあたる時の彼の姿勢に惹かれます。それは武満とも共通しているようで、例えば彼らは歌謡曲やポピュラー音楽、映画音楽などの仕事をしていますが、大友によれば、武満の世代の人がそういう仕事をする時には、上から目線で金のためにやっているつまらない仕事だ、ということを必ずいうのだそうです。ところが武満はそういうことをいっさい言わないし、思ってもいないようだということです。大友も、それらの仕事も楽しいし、真剣に取り組んでいるのだそうです。アカデミックなものと市井のものと、私たちはどうしても色をつけたがりますが、そういうもののすべてをリスペクトし、自分の血肉としていくことが大事なのかな、と感じました。これをきっかけに武満の仕事をもう一度見直し、大友の活動にしばし注目していこうと思いました。
感想がまとまらなくて、すみません。今回は、時限付きの内容を含むので、取り急ぎ公開します。間に合ったら、ぜひ番組を視聴してみてください。
私の今回の最大の収穫は、「未完成」を目指す、ということをあらためて決心させてくれたことです。がんばります。

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