すそ洗い 

R60
2006年5月からの記録
ナニをしているのかよくワカラナイ

忘れられた青年

2023年04月17日 | 社会
「父親は株にハマっていた」「庭は雑草で荒れ果てていた」
岸田首相襲撃犯・木村隆二容疑者の家族の内情


木村さんのところは、15年ぐらい前にこの辺りに越してきたんですよ。まあなんというか……変わった家族でしたね。この辺りはわりと近所付き合いがあるんですが、あの人たちは引っ越しの挨拶にさえ来なかった。

 家の雰囲気もちょっと異質で、庭は朽ちた柵がずうっと立ってるような状態。不用品とか、ゴミとかが放置されていて荒れ放題でした。最近は少しきれいになっていましたけどね」  4月15日午前11時、和歌山県で選挙の応援演説を行っていた岸田文雄首相にパイプ爆弾が投げ込まれた事件。逮捕されたのは兵庫県川西市在住・24歳の木村隆二容疑者だ。  なぜ24歳の若者がテロ事件を起こしたのか。16日現在、木村容疑者は動機について明かしていないが、彼を知る人々の証言から、その人物像が見えてきた。 

木村容疑者の自宅近くに住む近隣住民の一人は、冒頭のように「彼の住んでいた家は庭が荒れ放題だった」と証言するが、別の住民は「家庭内の環境についても少しすさんでいたところがあった」として、こう明かす。  「あの家は隆二君のお父さんとお母さん、一つ上のお兄さんと妹の5人で暮らしてたんやけど、家族仲が良くなかった。よくお父さんの怒鳴る声が聞こえてきてね。それで、5年ぐらい前かな。お父さんの姿が突然見えなくなった。車が二台あったんやけど、そのうち一台がなくなってたから、たぶん、家を出ていったんやと思う」  この住民は、小さい頃の木村容疑者の様子もよく知っていた。容疑者自身はおとなしい子だったが、よく父親に怒られる姿を見かけたという。  「お父さんがよく母親や子どもたちを怒鳴りつけててね。夜中でも怒鳴り声が聞こえることがあって、外にまで聞こえるぐらい大きな声やったもんやから、近所でも話題になってましたね。ドン! という、なにかが落ちるものとか壊れる音を聞いたこともあった。家族は家の中では委縮していたんと違うかな。  お母さんはスラっとしたきれいな人。隆二君はお母さん似やな。たしか百貨店の化粧品売り場で働いていたはずで、外に出るときは化粧もしっかりしてたね。でも、どこかこわばった感じというか、お父さんにおびえてる感じがあったよね」 

常にこわばった感じが漂っていたため、家族に話しかける人もほとんどいなかったというが、別の住民もこの家族について「ちょっと変わったところがあった」と証言する。  「隆二君のお兄さんの卒業式のことなんやけど、普通は礼装というか、スーツとかで出席するでしょ。でも、あそこの一家はみんな普段着で参加してたんです。もちろん服装は個々の自由なんやけど、でも、ほんまの普段着やったから、周りの人らもびっくりしてた。しばらく『不思議な家族やな』と話題になってましたよ」  小学生の頃は、明るく活発だったという木村容疑者。同級生によると「中学に上がって少し経ったぐらいから暗くなっていった」とのことだ。複雑な家庭環境が、木村容疑者の性格や考え方に影響を与えたのだろうか。 

この同級生は「卒業式といえば……」とこんな話を明かし始めた。  「この地域はわりと結びつきが強くて、中学を卒業した後も仲間内で集まったり、『同じクラスやったあいつは何してるん? 』といった話でもよく盛り上がるのですが、誰もあいつ(木村容疑者)がどこの高校に行ったのか知らなかったんです。高校を卒業してから、あいつと一緒の高校に行ってたという同級生と話をしたら『そういえば高校の卒アルに木村の写真がなかったわ。あいつ、知らんうちに退学したんやろか』といってましたね」  いつの間にか「忘れられた青年」となっていった木村容疑者。中学までは町のスポーツクラブにも参加するなど活発な一面を持っていた容疑者に影が差したのは、やはり家庭の影響が大きいのだろうか。  本誌は、木村容疑者をよく怒鳴っていたという父親の友人に話を聞くことができた。  「隆二君のお父さんは、株にハマってて、株がうまくいかない腹いせを家族にぶつけてたんやないか」  この友人の証言から「木村家の内情」が浮かび上がってきた――。  後編『「株にハマっていた父は、しばしば家族を怒鳴りつけ…」岸田首相を襲った木村隆二容疑者の家族とのいびつな距離感』では、その証言を紹介する。 

木村容疑者の父の友人であるA氏は、深いため息をつきながら、そう漏らした。近隣住民らの「木村家ではよく、お父さんの怒鳴り声が聞こえていた」という証言を伝えると、A氏は「たしかに、隆二君のお父さんはキツい性格やった」と明かした。

「結構威圧的な感じの人でね。感情的になると強い言葉ですぐ怒鳴る。小柄で細身なんやけど、ものすごく気が強いから、怖いんですよ。普段は配送関係の仕事をしていて、仕事はまじめやったんやけど、株にのめりこんでいたな。ラジオの短波放送で株の情報をよく聞いとった。短波を聞くほど夢中になる人間は少ないでしょ?それで、株の調子がよくないときは、家族にあたってたんやと思う。
ただ、彼自身も複雑な環境に育ったみたいで、よく『親父と同じようなことはおれはしたくないねん』『おれはまっとうに生きる』と言うとったから、苦しんではいたよやね。不器用なヤツやったんやけど、それがもし子どもに影響を与えてたんやったら…と考えると、胸が痛くなるよね」

動機が判明していないいまの段階で、家庭環境が木村隆二容疑者の行動に影響を与えたと断言するのは尚早だろう。しかしながら近隣住民や友人、家族の知人の話を総合すると、木村容疑者の周辺環境についてうっすらと見えてくるものがある。 

一方で「木村家の庭がとても乱れていた」と証言した住民は、こうも続けるのだった。
「ここ数年かな、庭の状態はきれいやったんです。庭の伸びてる草木に手入れしたり、ゴミを片づけたりしていたのが隆二君やった。お母さんがそれを手伝っててね。お母さんと隆二君は仲良かったんです。二人で出かける姿も見かけましたし。
最近まで、庭の花に手を入れる隆二君の姿を見てたもんやから、なんであの子が……という気持ちになりますよね」

(2023.4.17.現代ビジネス)



「あいつ調子乗ってるよな」岸田首相襲撃の木村隆二容疑者(24)がうけた“些細なイジメ”「少しヤカラな父には“グズグズするな”と大声で叱られ…」

安倍晋三元首相が銃撃されて死亡した事件から1年と経たぬ間に、遊説中の政治家を狙ったテロ事件が再び起きてしまった。和歌山市雑賀崎の漁港の特設会場で、岸田文雄首相(65)が応援演説を行う直前、聴衆の中から“爆発物”が投げ込まれたのは、15日昼のこと。逮捕されたのは兵庫県川西市に住む職業不詳の木村隆二容疑者(24)だった。岸田首相には、幸いにも怪我はなかった。 
事件現場となった漁港の防犯カメラには、岸田首相が当日午前11時17分に現地入りしたわずか1分後、首相のあとを追うように足早に現場へ向かう木村容疑者の姿が捉えられていた。社会部記者が話す。 「木村容疑者は犯行時に持っていたカバンのなかに刃渡り13センチの果物ナイフを忍ばせていました。また、現場からは投げられた爆発物とは別にもう1本の筒型の爆発物のようなものが押収されています。自宅からは爆発物の材料なのか、粉末や金属管が新たに発見されました。爆発物は自作の可能性が高いと言えます。ある程度、準備したうえでの犯行とみて、警察は捜査を進めています」  こうした劇場型の事件は、世間の関心を呼び、事件発生直後には「木村隆二 同級生」といったワードがツイッターのトレンドになる現象まで生まれ、「同級生」を名乗る人物たちの投稿が溢れた。また、事件で使用された爆発物と似た形状の物体を、まさに事件の前日にアップしていたツイートが発見され、「これは犯人のツイッターでは?」と憶測を呼ぶなど、広大なネット空間には真偽不明のアカウントが複数拡散されている。  そんなお騒がせな犯行を計画した木村容疑者とはどのような人物なのか。 

小ぎれいな一軒家が立ち並ぶニュータウンに母親と暮らしていた木村容疑者。小学校時代は明るい性格だったようだが、中学生時代にあじわった“イジメ”により、次第に性格が暗転していったという。中学時代の同級生が語る。 「私は中学1年生の時に木村くんと同じクラスでした。小学生の時は人気者だったようですが、中学デビューに失敗したのか、彼に関する記憶といえば友達から仲間外れになり、皆から無視されるいじめを受けていた姿しかありません。いじめは1年生の後半から、クラス替えで別のクラスになるまでの、短くても半年ぐらいは続いていたと思います。不登校にまではなりませんでしたが、その頃から少しずつ暗く内向的になっていった印象があります」 

いじめの発端は些細なことだったという。 「彼は体育の授業が1限2限にあると、いつも遅刻して登校してくるんです。不良ぶってカッコつけているというよりも、嫌なことは嫌だという、ワガママなタイプだったように見えました。それがきっかけで『あいつ、調子のってるよな』ってなったのだと思います。  その後、2年生になってからは見かけることも減り、彼は授業には出ずにカウンセリング室に行っていたようです。もっとも、殴る蹴るのような暴力を受けていたわけではありません。他にも男女共に中学生ならではの多少のいざこざや“イジり”みたいなものはありました。彼が特別に凄惨ないじめを受けていたわけではなかったと思います」 「些細だった」といういじめも、かつて人気者だった少年の自尊心を傷つける結果につながってしまったのだろうか。小学校の卒業アルバムには木村容疑者の純真無垢な心が表れている。「将来の夢」と題された作文にはこう書かれていた。 〈発明家になったら、みんなが喜こぶロボットや新しい車とかを作ったいです。子どもが乗れる車があればいいと思います。だから子どもが乗れる新しい車を作りたいと思います。でも子どもが全員車に乗ってしまうと事故が多くなってしまいます。子供が安全に乗れる車と大人も安全に乗れる車を作りたいです〉(原文ママ) 
そんな木村容疑者だったが、中学2年生のときに学校行事の「職業体験」をもとに書かれた作文には、やや硬めの感想が綴られていた。
〈僕は、販売店での接客の仕事や袋詰めの仕事などに興味があり、一度やりたかったので体験できてよかったです〉 〈仕事をしている方々と食べるお昼ご飯はいつもよりとてもおいしかったです〉

一方で木村容疑者は、学校のなかだけではなく、「家庭のなかにもあまり安息を見いだせていない様子だった」と語るのは近隣住民の男性だ。 「お父さんは自営でトラックの運送業をしていたようで、体育会系というより、少し“輩”なタイプの方でした。躾の範疇といえばそれまでですが、よく外で一緒にいる時に『グズグズするな!』と大声で叱りつけたりと、他人からみれば少しやりすぎに見える場面に遭遇することもありました。5年ほど前からはお父さんを見かけることはほぼなくなり、同時期からお母さんがきちんとメイクをして、以前に増して働きに出かける姿を見かけるようになりました」    木村容疑者は黙秘を続けているため、思想や事件の背景を窺い知ることはできない。

(2023.4.16「文春オンライン」)


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