佐木隆三先生の名前を一番最初に覚えたのは「深川通り魔殺人事件」の時からです
この時から猛烈にヒトゴロシの人達に興味を覚えるようになりました
「なんで こんなことをしでかせるんか?」とゆー疑問が大きな動機です
その疑問に 様々な判例&提議を出してくださるのが佐木隆三先生でした
もちろん その疑問の答えは出てこないのですが
佐木 隆三
本名:小先 良三(こさき りょうぞう)
1937年4月15日 - 2015年10月31日
作家の佐木隆三氏が死去 78歳
実際の連続殺人事件をテーマにし、映画化もされた「復讐するは我にあり」で1976年に直木賞を受賞した作家の佐木隆三(さき・りゅうぞう)さんが10月31日午前8時40分、下咽頭がんのため、北九州市の病院で亡くなった。78歳だった。葬儀・告別式は11月2日に近親者のみで行う。
八幡市(現北九州市)で育ち、八幡製鉄(現新日鉄住金)に勤めながら執筆活動を開始。刑事事件やその裁判を題材にしたノンフィクション小説で広く知られ、テレビ番組のコメンテーターも務めた。
別府3億円保険金殺人事件をモデルにした「一・二審死刑、残る疑問―別府三億円保険金殺人事件」、富山・長野連続女性誘拐殺人事件をモデルにした「男の責任 女高生・OL連続誘拐殺人事件」などを発表。
88年から89年にかけて東京、埼玉で起きた連続幼女誘拐事件や地下鉄サリン事件などの裁判を傍聴して執筆した作品も数多く発表した。
99年に東京から北九州市に移住。2006年11月から12年3月まで北九州市立文学館の館長を務めた。
(スポニチアネックス 11月1日)
わたしが出会った殺人者たち (新潮文庫) | |
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深川通り魔殺人事件 (文春文庫) | |
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復讐するは我にあり (文春文庫) | |
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なぜ家族は殺し合ったのか (プレイブックス・インテリジェンス) | |
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音羽幼女殺害事件―山田みつ子の「心の闇」 | |
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凶悪―ある死刑囚の告発 (新潮文庫) | |
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少女監禁―「支配と服従」の密室で、いったい何が起きたのか | |
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慟哭 小説・林郁夫裁判 (講談社文庫) | |
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