すそ洗い 

R60
2006年5月からの記録
ナニをしているのかよくワカラナイ

ノルウェイの森

2023年06月27日 | 書籍
ノルウェイの森
村上春樹

今朝からの通勤読書
ネタノルウェー

わたしは通勤乗り換えの時いつも思います
何故窓際で集団になってる輩達が一緒に降りないのかと
オマエラのせーで降りたいお客様達が
降りるんこんな苦労しとんがなと
オマエラは明日にでも無差別殺人の犠牲になってくれろと
いつも思うのです

それは私の通勤始発駅とゆーのが京葉線舞浜駅とゆーことにも由来します
京葉線舞浜駅とゆーのはデズニーランドのある駅なので
利用客の半数以上が浮かれとります
そしてそこから一緒に京葉線に乗り込む客は大半が
他府県の輩なので
どこの駅で多数の通勤客が降りるのかとゆーのを
理解していただいておりません
理解していなくても空気を読めばわかるやないですかーゆわれてもねー
浮かれた輩集団にそんなモラル通用せんズラ

とゆーわけで春樹のノルウェー
読むんは30年ぶりぐらいです
ノルウェーは33歳当時恋愛カンケーにあったAV女優の母親の愛読書らしく
自分も読んで感動したのでゼヒあなたも読みなさいとゆーシロモロでした
当時の私は春樹のことはバカにしまくっていたので
なんで春樹のレンアイ小説なんてーと考えるのがフツーなんですが
当時恋愛セックスに無我夢中になり盛りのついた犬畜生の私には
ハイハイ君がゆーなら是非喜んで読んでみましょーとなったのですね
チンポビンビンの阿呆丸出しですねー

そして馬鹿にしていた春樹ですが
そのノルウェーは読みやすくてまぁまぁオモロかったんです

映画化されたやつは観てませんし
ビートルズのノルウェーの森ゆー曲もあまり好きな曲ではありません
とゆーか嫌いな部類の曲です

そんなノルウェーですが
通勤読書ネタ(Kindle電子書籍に限る)も尽きて
新しー作家を探してハズレに当たるよりは
春樹を読み返すとゆーのもエエかなとそーゆー気分です
懐かしーとかそーゆー心持ちはわたしは持たない人間なので
単なる暇つぶしと受け取っていただければ幸いです

そして読み返してみると
出だしがイマイチおもろくないのです
電子書籍に1300円出費したのにー
困りました
思わず文字数うが増えてしましました
スビマセンデジタ

1987年発行

37歳のワタナベは、ハンブルク空港に到着した飛行機のBGMでビートルズの「ノルウェイの森」を聴き、激しい混乱を覚えた。そして学生時代のことを回想した。
直子とはじめて会ったのは神戸にいた高校2年のときで、直子はワタナベの友人キズキの恋人だった。3人でよく遊んだが、キズキは高校3年の5月に自殺した。その後、ワタナベはある女の子と付き合ったが、彼女を置いて東京の私立大学に入学し、右翼的な団体が運営する学生寮に入った。
1968年5月、ワタナベは、中央線の電車の中で偶然直子と1年ぶりの再会をする。直子は武蔵野の女子大に通っており、国分寺のアパートでひとり暮らしをしていた。二人は休みの日に会うようになり、デートを重ねた。
10月、同じ寮の永沢と友だちになった。永沢は外務省入りを目指す2学年上の東大生だった。ハツミという恋人がいたが、女漁りを繰り返していた。
翌年の4月、直子の20歳の誕生日に彼女と寝た。その直後、直子は部屋を引き払いワタナベの前から姿を消した。7月になって直子からの手紙が届いた。今は京都にある(精神病の)療養所に入っているという。その月の末、同室の学生がワタナベに、庭でつかまえた螢をくれた。
夏休みの間に、大学に機動隊が入りバリケードが破壊された。ワタナベは大学教育の無意味さを悟るが、退屈さに耐える訓練期間として大学に通い続けた。ある日、小さなレストランで同じ大学の緑から声をかけられる。演劇史のノートを貸したことがきっかけで、それから緑とときどき会うようになった。
直子から手紙が来て、ワタナベは京都の山奥にある療養所まで彼女を訪ねた。そして同室のレイコに泊まっていくよう勧められる。レイコはギターで「ミシェル」や「ノーホエア・マン」、「ジュリア」などを弾いた。そして直子のリクエストで「ノルウェイの森」を弾いた。(以上、上巻)
ある日曜日、ワタナベが緑に連れられて大学病院に行くと、そこでは彼女の父親が脳腫瘍で入院していたが、父親は数日後に亡くなった。永沢は外務省の国家公務員試験に受かり、ワタナベはハツミとの就職祝いの夕食の席に呼ばれる。
ワタナベの20歳の誕生日の3日後、直子から手編みのセーターが届いた。冬休みになり、再び療養所を訪れ、直子、レイコと過ごした。
年が明け(1970年)、学年末の試験が終わると、ワタナベは学生寮を出て、吉祥寺郊外の一軒家を借りた。4月初め、レイコから直子の病状が悪化したことを知らせる手紙が届いた。4月10日の課目登録の日、緑から元気がないのねと言われる。緑はワタナベに「人生はビスケットの缶だと思えばいいのよ」と言った。
6月半ば、ワタナベは緑から2か月ぶりに話しかけられ、恋人と別れたことを報告されるが、ワタナベにできることはレイコに全てをうちあけた正直な手紙を書くことだった。
8月26日に直子は自殺し、葬儀の後でワタナベは行くあてもない旅を続けた。1か月経って東京に戻ると、レイコから手紙が届いた。レイコは8年過ごした療養所を出ることにしたという。東京に着いたレイコを自宅に迎える。彼女は直子の遺品の服を着ていた。風呂屋から戻ると彼女はワインをすすり、煙草を吹かしながら直子の葬式をやり直そうと言い出した。次から次へと知っている曲を弾いていった。そして50曲目に2回目の「ノルウェイの森」を弾いた。その後レイコとワタナベは性交をして、直子の葬式を終えた。
翌日、旭川に向かうレイコを上野駅まで送った。ワタナベは緑に電話をかけ、「世界中に君以外に求めるものは何もない、何もかもを君と二人で最初から始めたい」と言った。


 

 

 

 
 
 











 
 

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