つれづれなる記その2

以前の「つれづれなる記」が終了されたのでその続きです。

主人の友人

2009-01-31 20:08:16 | Weblog
主人の高校時代の友人が、今日小金井から「お線香をあげたい」と来られた。
その方も奥さんを去年ガンで亡くし、一人暮らしとか。男の方が残されたほうが、生活が侘しいようだ。東京の家を畳んで、大分に帰るそうだ。大分でも一人だとか。食事はあまり食べないが、出来あいのおかずで間にあうと言う。足が悪くてゆっくり歩く。それでも故人を偲んでお線香をあげに来て下さって主人も幸せだったと思う。同級生でも少しずつ亡くなっているらしい。

主人のお墓は完成したが、今の時期は寒くて侘しいので、納骨は暖かくなってからにしようと思う。遺骨が部屋にあったほうが、毎日線香をあげて話しかけられる。
まだそこにいる、と感じている。

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2 コメント

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遺骨 (T.S)
2009-02-02 09:31:54
私はお墓を持っていません。また死んでも持たないつもりなのですが(いずれ墓守がいなくなるし、基本的には浄土真宗はお墓はなくても遺骨さえ納めるべきところに納めればいいということなので)遺骨のことを考えます。例えば家内が先に逝ったら遺骨はずっとそばに置いておきたい気持ちがあります。そうするといつまでも天国に行けないのかもしれないのではないかという心配もあります。
自分の遺骨は西本願寺の大谷本廟に分骨でなく全部入れてもらいたいと、家内には言っています。
いずれにしても伴侶の遺骨は、気持ちとしてはいつまでもそばに置いておきたいという人はいると思います。
一方通行でも会話ができるし、たまには声が聞けるのではないか、とかも思います。
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そうなんですか (Taeko)
2009-02-03 20:41:10
うちも浄土真宗ですが、お墓はなくても、という話は初耳です。伴侶はやはりそばにおいておきたい気がしますよね。
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