食の歴史 by 新谷隆史ー人類史を作った食の革命

脳と食を愛する生物学者の新谷隆史です。本ブログでは人類史の礎となった様々な食の革命について考察していきます。

人と犬ー1・3家畜は肉の貯蔵庫(8)

2019-12-07 09:53:38 | 第一章 先史時代の食の革命
人とイヌの共通性
人とイヌは似ている。これが、イヌが人の最良の友になった要因だ。

ウマのところで述べたように、人は汗をかくことができるので、マラソンのような長時間の運動が可能である。狩猟ではこの利点を生かして獲物を狩っていたと考えられる。つまり、集団で長い時間をかけて獲物となる動物を追い込むことで、ついには動けなくなったところを強力な武器で仕留めるのだ。

オオカミなどのイヌ属も人類に似た狩りを行う。つまり、群れで長時間をかけて獲物を追い込み、弱ったところを仕留めるのだ。この狩猟方法によって、自分たちよりも体が大きな獲物を狩ることができる。

ところで、汗をほとんどかかないイヌ属に長時間の狩りが可能なのは、イヌ属で特に発達している体を冷却する仕組みのおかげだ。

暑い時や運動をした時にだらりと口を開けて舌を出し、よだれを流しながら速い息をしているイヌの姿を見たことがある人は多いだろう。あの浅くて速い呼吸を「パンティング」と呼ぶ。パンティング時には呼吸数が安静時の5倍以上に増加する。このパンティングこそが、イヌ属の体温冷却機構の根幹になっている。

まず、あふれ出すよだれがパンティングによって蒸発することで気化熱が奪われ、舌や口内の血液が冷やされる。また、速い呼吸によって肺を通る血液も冷却される。
さらに、脳に送る血液を冷やす、イヌ属などにしか見られない次のような仕組みがある。

鼻腔内には細い毛細血管が張り巡らされていて、この中を通る血液がパンティングによって冷却される。この冷却された血液が流れる静脈と脳に血液を送る動脈が接していて、脳に送る血液を冷やすのだ。静脈に接する動脈は網目状になっていて、熱交換が効率的に行われるようになっている。

このように、イヌは血液を冷却する仕組みを持つことで、人と一緒に持久的な活動を行うことができるのだ。

さらに、人とイヌでは仲間に対する接し方も似ている。

狩猟・採集生活を送る人類の集団内は平等であったように、イヌ属の群れでも獲物の分配などは平等に行われる。また、子犬の養育なども群れのさまざまなメンバーが協力して行うなど、人の集団のようにメンバー同士の結束が強い。

人とイヌが一緒に生活するようになると、イヌは人間を仲間として認識することで、強いきずなを感じるようになったのだろう。その結果、イヌは人に対してとても献身的な活動をしてくれることになった。人類とイヌは最良の友として歩み始めたのだ。


イヌの家畜化ー1・3家畜は肉の貯蔵庫(7)

2019-12-04 09:22:02 | 第一章 先史時代の食の革命
イヌの家畜化
「人間の最良の友」と呼ばれるイヌと人類の付き合いは長くて深い。このイヌの家畜化を少し詳しく見て行こう。

イヌは人類が最初に家畜化した動物だ。約1万5000年前までに、オオカミを人為選択することでイヌの家畜化が始まったと考えられている。人類がまだ狩猟・採集生活を行っていた時期だ。なお、イヌが最初に家畜化された地域については、西アジア、東アジア、ヨーロッパなど諸説あり確定していない。

人類がイヌを家畜化するに至った要因の一つが、人とオオカミが獲物となる動物を奪い合うようになったからだと考えられている。

オオカミは集団で狩りをしてシカや野牛などを捕らえる。一方、イヌの家畜化が始まった頃には、人の狩りの対象もマンモスなどの大型動物からシカや野牛などにシフトしていた。その結果、人とオオカミは獲物をめぐって競合することになったのだ。

人はオオカミと身近で接することで、オオカミの優れた部分に気付いたと想像される。すなわち、オオカミには鋭い嗅覚があり、人よりも素早く獲物を見つけられる。また、獲物の追跡も得意だ。一方、人には高い知能と優秀な道具がある。もし、人とオオカミが協力できれば、人だけで狩りをするよりも、より多くの獲物をしとめることができるだろう。こうして家畜化されたのが、イヌと考えられる。

オオカミは幼いころから人の手で育てられると、人にとてもなつくことが知られている。最初はこのように、オオカミの子供を飼育するところから始めたのかもしれない。

家畜化によって、イヌにも家畜化現象が生じた。すなわち、体や脳が小さくなり、鼻の長さが短くなり、耳が垂れ、尻尾がカールした。成犬では耳が立っている品種でも、子供のときに耳が垂れている期間がオオカミより長い。

さらに、イヌとオオカミの遺伝子を比較した研究から、イヌではデンプンを消化する遺伝子の数がオオカミよりも多いことが明らかになった。イヌは人と一緒に生活するようになったことで雑食性が強まったのだろう。

人類が農耕・牧畜を開始すると、集団内での役割分担が進んだ。その結果、様々な職業が生み出されてきたと考えられる。それにともなってイヌの品種改良が進み、様々な仕事に適した大きさや外観を持つさまざまな犬種が生み出されて行く。


ウマの家畜化ー1・3家畜は肉の貯蔵庫(6)

2019-12-02 08:06:56 | 第一章 先史時代の食の革命
ウマの家畜化
ウマは今まで見てきたヤギ・ヒツジ・ウシ・ブタとは少し趣の異なる動物である。

狩猟・採集生活では、ウマは肉を得るために狩猟の対象となっていた。ウマの家畜化は約6000年前に現在のウクライナで始まったと考えられているが、その目的も肉を得るためだったと推察される。また、「馬乳」も利用されていた。

ところが、移動・運搬での際立った有用性に人類が気付いたことで、ウマは人類史に大きな影響を与える家畜へと成長して行った。

ウマの祖先はアメリカ大陸で進化した。そして、約250万年前にベーリング陸橋を経由して、ユーラシア大陸へと渡り、現在のウマの祖先に進化する。一方、南北アメリカ大陸に残ったウマ科の動物は約1万年前までに絶滅した。

ウマの祖先はヤギ・ヒツジ・ウシと同じように、草原で主に雑草を食べて生活していたと考えられている。ウマは長い盲腸を持っており、そこに生息する微生物を使って植物繊維を分解している。ところが、反芻動物の四つの胃に比べると、食物繊維の消化効率は半分程度とかなり低い。このため、反芻動物との生存競争に勝てず、生存数を減らしていたと考えられる。おそらく、人類がウマを家畜化しなければ、ウマは絶滅していたであろう。

ウマの最大の特長が、長距離を高速で移動できることだ。例えば、1キロメートルの距離であれば時速60キロメートル以上で走り、100キロメートルの持久走でも時速25キロメートルを維持できると言われている。高速で疾走できるのは、そのための骨格と筋肉を進化させたからだ。一方、長距離を移動できるのは、汗をかけるからだ。

どういうことだろうか。

人に加えてウマは、体温調節のために大量の汗をかくことができる珍しい動物だ。普通の動物はあまり汗をかくことができない。このため、運動を続けると次第に体温が上昇し、ついには動けなくなってしまう。一方、ウマと人では、かいた汗が蒸発する時に気化熱を奪うことで体が冷却されるので、持久的な運動が可能なのだ。

ウマは人を乗せることができる。また、荷車を引くこともできる。この時に重要な器具が、ウマの口につける「ハミ」だ。ウマの歯並びは変わっていて、前歯と奥歯の間に隙間がある。この隙間に棒をさし込む器具を作れば、ウマの頭部をしっかりと固定できる。これがハミだ。

ハミを作り出したことで、人はウマの動きを自由にコントロールできるようになった。約5500年前のカザフスタンのボタイ遺跡からは、ハミの使用によって削れた歯を持つウマの遺体が見つかっている。

こうしてウマは、機械式の車が発明されるまでの長い間、移動・運搬手段として大活躍した。特に、騎馬遊牧民族が成立するためには、ウマは無くてはならない存在だった。

ブタの家畜化ー1・3家畜は肉の貯蔵庫(5)

2019-12-01 08:29:20 | 第一章 先史時代の食の革命
ブタの家畜化
イスラム教とユダヤ教では、豚肉はタブーとして避けられる。イスラム教では、豚肉に触れた調理器具や食器も使用しない徹底ぶりだ。また、ヒンズー教徒も豚肉を食べない。

一方、中国で肉と言えば豚肉で、教え子の中国人留学生に尋ねたら、ほぼ毎日食べると言っていた。また、日本人も豚肉をよく食べる。私も豚肉は大好物で、特にカツ丼には目が無い。出かけた先の食堂でカツ丼を注文すると、家族から「またか」という冷たい目で見られている。

このように豚肉は、一部の人々には仇敵のように忌み嫌われ、好きな人々にはやたらと食べられる、変わった食品だ。

ブタはヤギ・ヒツジ・ウシとは異なり雑食性であることから、食べ物を人間と競合してしまう。また、乳を利用することもできないし、労働力としても使えない。これらが、特定の宗教で豚肉がタブーになった理由とする説もある。

それでも、なぜブタを飼うようになったのか。

それは、ブタの並外れた繁殖力に理由がある。ブタは一度に10匹程度のたくさんの子供を産む。ヤギ・ヒツジ・ウシが一回の出産で1~2匹の子供しか産まないのに比べて圧倒的に多い。また、ブタの妊娠期間は4か月程度で、年2回の繁殖が可能だ。一方、ヤギ・ヒツジ・ウシは通常は年1回しか繁殖しない。さらに、生殖可能になるまでの飼育期間はウシでは15か月なのに対して、ブタは7か月程度と半分以下だ。つまり、エサさえ確保できればブタはどんどん増えて、とても優れた肉の供給源となるのだ。

こうした理由から、ブタはイノシシから家畜化されたと考えられる。約8000~6000年前のことだ。イノシシは、アフリカ北部からユーラシア大陸及びアジアの島々などに広く分布しており、狩猟の対象としても重要な存在だった。このイノシシが、複数の地域で独自に家畜化されてブタが誕生したと考えられている。そして、ヨーロッパや東アジア、オセアニアの島々で重要な家畜となって行った。

ブタの家畜化にともなって、体色が黒や褐色から白色に変わった。また、鼻も短くなり、牙も小さくなった。しかし、今でもブタと野生のイノシシは交配可能で、家畜化後も世界の様々な地域でブタとイノシシの交雑が繰り返されてきたと推測されている。