前回の仏教思想概要1「釈迦仏教」から4か月ほどが経っていました。やっと、仏教思想概要2「アビダルマ」のご紹介です。
前回の最後にもご紹介したように、『アビダルマとは、釈迦の死後300年ほど経たのちに、当時のインドの仏教学者が、釈迦の教えつまりはアーガマを理論的に分析し、仏教思想の体系化を図ったものです。その内容は「煩瑣哲学」と呼ばれるほど、詳細な理論分析がされた内容となっています。』ということで、もう何度も読んでいるのですが、最初から理解しながらの整理となり、長い時間がかかってしまいました。
前置きが少し長くなりましたが、今日から5回程度に分けて、仏教思想概要2「アビダルマ」をご紹介していきたいと思います。どうぞ、お付き合いください。
仏教思想概要2:アビダルマ
第1章 アビダルマの世界
1.アビダルマの意義
1.1.アビダルマとは
アビダルマ(阿毘達磨あびだつま)とは、シャカムニ・ブッダの教えを、ブッダの没三百~九百年ごろの学僧たちが研究し、解明し、組織づけて、一つの思想体系にまとめあげた知的努力を意味します。
『阿含(あごん)』(または『阿含経』)名で知られる学習、研究文献の総称で、厳密にはアビダルマ・シャートラ(「阿毘達磨論」または「阿毘達磨論書」)と呼ぶべきもので、本来多くのアビダルマが存在します。
『阿含』とは、ブッダ生前の教説をその弟子達の合議のうえでまとめた伝承(=「アーガマ」)の漢訳です。アーガマはブッダの教えた真理にほかならないが、その真理を、ブッダ自身「ダルマ(法)」」という語で呼んだのです。「アビダルマ(対法)」とは元来「ダルマに対する〔学習、研究〕を意味します。
1.2.代表的なアビダルマ学派
アーガマ以後、仏教僧団は当初の統一を失い、前三~一世紀の間に多くの部派・学派に分裂したのち、多くのアビダルマ論書が編纂され、その中で、もっとも有力な学派が、説一切有部(せついっさいうぶ、または「有部」)学派(原語:サルヴァースティ・ヴァーディン学派)でした。
そののちに、およそ五世紀のころ、有部の業績を継承し、その上にさらに新しい進展を加え、アビダルマ論書のひとつの完成態というべきものを示したのが「ヴァスバンドゥ」(漢訳「世親(せしん)」(または「天親(てんじん)」))(著書:『アビダルマ・コーシャ』(漢訳『阿毘達磨倶舎』(略して『倶舎論(くしゃろん)』)でした。
但し、倶舎論は有部論書を継承発展させたものですが、有部と対立した「経量部(きょうりゅうぶ)」学派に通ずるものもあるのです。
また、世親はのちに大乗仏教の哲学者、いわゆる瑜伽唯識学説の唱道者としてより名高く、仏教史上の最も偉大な学者、思想家の一人です。
1.3.アビダルマの長所と欠点
アビダルマは、非体系的なアーガマ(ブッダの言行録で対話調のため)から、仏教の基礎的な観念を引き出し、組み立てたもので、壮大な思想的建築物に仕上げたのは、アビダルマ論師の功績であったのです。彼らの仕事がなかったら、のちの中観説、瑜伽唯識説などの大乗仏教哲学の出現のしかたも、よほど違ったものになっていたと考えられます。
一方で、「煩瑣哲学(はんさてつがく)」と評され、複雑な教義学が盛られており、伝統的、保守的、分析的、形式的過ぎ、思想の清新さ、溌溂さに欠けるという欠点ももっています。
2.アビダルマ発展の歴史と倶舎論
2.1.アビダルマの成立過程
2.1.1.アビダルマの展開過程
アビダルマ展開の過程については、一般におおよそ以下の三つの段階が考えられています。
① アーガマ経典自体に見られる「アビダルマ的傾向」の段階
→アーガマ自体にすでに教説を整理組織したり解釈や注釈を与えたりする内容が見られる。この傾向はさらに二つに大別される
ⅰ)分析的傾向
ⅱ)総合的傾向 イ)「法数」によるまとめ:数に関係ある教説を数ごとにまとめる
ロ)「相応」によるまとめ:教説の主題のよる類別配列
② ①の傾向が発展して、アビダルマとよばれる別種の文献が独立して発展していく段階
③ アーガマの単なる内容の解釈、整理の止まらず、その基礎の上に壮大な教義体系を 打ち立てる段階
↓
・その結果、「三蔵(さんぞう)」と呼ばれる仏教文献の三つの形式の成立
ⅰ)経(きょう):アーガマ(スートラ)
ⅱ)律(りつ):ヴィナヤ(アーガマ同様古い聖典:僧の修道生活の規定や行事を定める)
ⅲ)論(ろん):アビダルマ
2.1.2.説一切有部の分立と有部論書の発展
原始仏教僧団の分裂の経緯はあまり明らかではありませんが、僧団の中の保守派・伝統尊重派である「上座部」と革新派・自由思想派である「大衆部」の2派に最初は大きく分裂したと思われます。その後、それぞれが、次々と細かく分裂していったに違いありません。
説一切有部が上座部に属していたことは明らかですが、分裂の詳細な経緯は不明です。
仏教勢力の進展につれて、僧団の用語にも変遷があります。ブッダ時代は主にマガダの地方語が、その後部派の分裂によって、部派ごとの種々の用語が採用されます。
説一切有部の場合はサンスクリット語が取り入れられ、アビダルマ論書などにも用いられたとみられます。インドの正統的文化語というべきサンスクリット語の採用が有部の存在を重からしめた一因と考えられます。
ここで、説一切有部のアビダルマ論書の発展を見てみると、以下のように三期に整理できます。
(下表1参照)
以上ですが、有部の学説には、アビダルマ学派の中ではかなり特異なものの考え方があると思われます。すなわちそれは「説【一切有】部」という名称に示される基本的な考え方です。この考え方は、上記の発展段階の中のきわめて初期の段階からすでに成立していたと考えられます。この考え方は、論書(1)『サーギーティ・パリャーヤ』の中にすらすでに見られます。
とすると、長い説一切有部の歴史は、全体から見れば、特異な思想の展開の歴史というより、むしろその思想の組織化・体系化の歴史というほうが適切ではないかと思われます。
続いて、世親及び倶舎論についてその内容をみてみたいと思います。が、その前に、仏教思想の成立の背景となった、インド思想と仏教の関係をアビダルマを中心としてみてみたいと思います。
2.2.インド思想とアビダルマ
2.2,1.インド思想史におけるアビダルマ的傾向
明確な事はわからないが、クシャーナ王朝時代(紀元前二世紀初頭)インド思想界全般に、教義や学説の組織化が始まり、「アビダルマ的傾向」が見られました。(下表2事例参照)
アビダルマ的傾向とは、さまざまな概念を分類・整理したり、個々の概念の意味内容を詳細に吟味したり、そして自然現象や心理現象を子細に観察し、こまかく分析して、煩瑣な教義体系をつくっていくという傾向のことをさします。
2.2.2.研究者と布教者の存在
インド思想界において、当時、学問を専業とするバラモンとは別に叙事詩やプラーナ(ヒンドゥー経の神話・伝説の文献)のもととなる様な物語を民衆に伝える吟遊詩人が存在しました。
吟遊詩人の話が集約されて叙事詩(マハーバーラタなど)やプラーナが成立しましたが、仏教でも研究者(アビダルマ論者)とは別に布教者がいたと考えられます。彼らに対して、アビダルマ論者は僧院(ヴィハーラ(精舎)やグハー(窟院)など)に定住したと考えられます。
2.2.3.正統派インド思想との論争
アビダルマの煩瑣なまでの理論化には、仏教以外のインド思想との対決ということがあったと考えられます。
アビダルマのかなに論ぜられている問題で、他の学派と共通する論点の事例を挙げてみると、以下のようにものがあります。(下表3参照)
これらの論争交渉の時期は?と考えると、マハーヴィーバーシャー『阿毘達磨大毘婆沙論』(「表1参照)あたりから他学派との論争、影響がみられます。
インド正統思想とアビダルマでは相互に影響を与えています。アビダルマ研究には、インド正統思想の研究が必要で、欧米では広く行われています。
アビダルマがインド正統思想に影響した例としては、『ヨーガ・スートラ』の「現在の一刹那と過去・未来の関係」などがあり、これは有部の諸学説に基づくものと考えられます。
2.3.世親と倶舎論
2.3.1.世親伝
インド仏教の歴史については、めざましく研究がすすんでいるが、不明確な事項もはなはだ多いといえます。史上の人物の個々の伝記などは、むしろ、ほとんどわかっていないと言ったほうがよいと言えます。
シャカムニ・ブッダについても同様で、世親についても同じ状況です。
そういった条件下で、知りうる世親の伝記資料などを整理してみると、以下のようになります。
(下表4参照)
2.3.2.世親の業績
世親の生存年代は、四世紀説と五世紀説があるが、現在では五世紀説が有力となっています。また、新古二世親説(1951年、オーストリア、E・フラウワルナーが唱えた、世親2人説)があります。それは、アサンガの弟としての瑜伽唯識説論者(320-380)と倶舎論の著者(400-480)の2人とする説です。
二人説は独創的な考え方ですが、『倶舎論』→『カルマ・シッディ』→唯識の諸論書という筋書きの上に見いだされる思想の論理的展開から、一人の世親の上にそのような思想の幅広い展開を見出すことは正当なことと思われます。
その上で、世親の業績を整理すると次のようになります。(下表5参照)
2.4.倶舎論以後
『倶舎論』以後現れた説一切有部の論書としては、今日、三つあります。(下表6参照)いずれも、『倶舎論』を批判し、説一切有部正統派の学説を主張しています。
これらの批判的な論書の存在にもかかわらず、『倶舎論』は、説一切有部の教義学書として、また広く仏教教義の基礎学として、その後の長い仏教史を通じて、その名声をほしいままにしたと言えます。(『俱舎論』の注釈書や影響:下表7参照)
本日はここまでとします。主にアビダルマの発展の歴史を見てみました。次回はアブダルマの世界観を中心にご紹介します。
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