「こう兄ぃ~、あとどれくらいなんだ~?」
「もう少しだからね、いちちゃん」
じゅのといち、そして河野凍華は友達の家に行くというこうきに誘われて、中野区まで来ていた。
夕食用に買い込んだ袋を手にため息をつくじゅのに、どうかしたのかと茶髪をなびかせながら凍華は訪ねた。
「嫌な予感がしてきてな……。中野区といったら竜王とその従者が暮らしてる地域だし」
「君の予感って外れたことないからね」
「あ、ここだよ」
目的の家にたどり着いたとこうきが言うと、「竜堂」という名前を目にしたじゅのは深くため息をついてしまう。
同級生でもある彼の様子を見て、当たったのかと凍華は思った。
「変わった苗字だなあ」
「名前も変わってると思うよ、絶対」
「マジ? てか、そのお友達に今日来ること言ってあるわけ?」
「言ってないよ。いつでもって言ったし」
いやちょっと待てっとツッコミを入れたいじゅのと凍華を余所に、こうきは玄関の扉を開けた。
「勝手にお邪魔しまーす」
「勝手に入るなあああああああ!」
こうきにツッコミを入れたのは、木製のハンマーで叩くいちであった。
「アポなしで来たんかよ!?」
「脅かそうと思ってさー」
「逆にこっちが驚いたわ!」
確かにそうだっと頷きながらじゅのと凍華が足を踏み込むと、いちの怒鳴り声に気付いたのか居間の方から青年が出てきた。
「こうき君じゃないですか」
「あ、続君こんにちわー」
「あれ、夢遊病の弟持った兄ちゃんじゃん」
「えっ、二人とも知り合いだったの?」
さらに少年がやってきたかと思えば、じゅのの姿を見て声を上げて指さしてきた。
「あー! 天使のおねーさん!」
「ブッ」
「……笑うなよ」
片手で口を塞ぎ笑いをこぼした凍華に、じゅのは不機嫌そうにギッと睨みつけていた。
いちとこうきも思わず笑いそうになったが、睨まれるのが嫌なので脇腹と戦うはめになった。
「変なこと言った、俺?」
「言った言った、ものすごーくな」
「あっ、あの時の猫」
「いちって言っただろっ」
「じゅの君とも知り合いなんだ、続君って」
「以前終君たちが会ったそうなんです」
家に上がり居間に入ると、じゅのといちはきょとんと大きな目を瞬いている少年に見覚えがあった。
「あっ、夢遊病で人吹っ飛ばした奴」
「あっ、やっぱり」
「あっ、こんにちは」
「なんで”あっ”で重なるわけ」
呆れてツッコミを入れると、もう一人いる青年に目を向けた。じゅのといちが何も言わなかったということは、自分と同じで初対面の立場なのだろうと凍華は考え、先に挨拶した。
「河野凍華といいます、はじめまして」
「はじめまして、竜堂始です」
「僕の従兄と親戚がお世話になったそうですが、修正させて下さい。隣にいるじゅのは女性に間違われやすいけど、こうみえて男だから」
「「えっ」」
「女に見えて悪かったな?」
不機嫌に眉を寄せるじゅのに、悪いねと凍華が口にしていた。
いやお前が言うなっという言葉を押しとどめて、いちとこうきも挨拶をすることにした。
「神いちっていうんだ。こう見えて中学2年!」
「高岑こうきです。続君とは同じ学年ですが、年齢は18歳ですので」
「俺は火宮じゅの。凍華と同じ中学3年で、お・と・こ・だ・か・ら・な?」
「年下だったんだ!?」
「ええ、すみません。年下ですが何か?」
今にでも終に殴りかかろうとするじゅのを、まぁまぁとこうきが押さえつけていた。
「あ、そうだ。悪いんだけど、冷蔵庫かしてもらってもいい? こっちで夕食すませようと思って、食材買ってきたんだ。多めにあるし、一緒にどうかな」
「おや、それはすみません」
「気にしないでよ。前に蔵書見に来る約束したから、ついでにって思ってさ」
「やった、まともな食べ物が食べれる!」
「……それってどういう事?」
喜びの声を上げる終に、凍華は眉を寄せて訪ねてきた。こうきも首を傾げ、じゅのといちは疑問の目を見せつけていた。
話を聞いたところ、銀行が封鎖されて昨夜からたべていないらしい。
「え、なんで?」
「僕たちにも分からないんですよ、実は」
「住民の苦しむ顔を見たい悪い政治家がやったんじゃない、どうせ」
素っ気なく口にする凍華に、「それ、お前だと思うぞ」とじゅのは顔を引きつかせてそう告げた。
話を聞き、いちは軽く息をついて「仕方ないなあ」と言った。
「減ってるんなら、今から簡単なの作ってやるよ。パンミミあるし、さっと揚げてスティックだな」
「いいの?」
「いい、いい。パンミミ使っても、夕食に困らないし」
じゅのから材料の入った袋を受け取ると、いちは終に案内されて台所へ行き、こうきは当初の目的を果たすべく続と蔵書のところへと向かうため居間を出ていった。
「ああ、そうだ」
ふと何か思い出したじゅのは、肩にかけてあるショルダーバックから一冊のノートを取り出して余に差し出す。
「あれ、僕のノート?」
「くよんとクラスメートなんだろ。あいつに頼まれたからよ」
「そういえば、じゅのさんとくよんちゃんって同じ苗字だったね」
「ああ、まあ……」
言葉を濁らせるじゅのに、どうしたんだろうと余は首を傾げてじっと見つめていた。
「くよんはちゃん付けで俺はさん付けなのが、不公平だと思ってな」
「え?」
「あー……俺のことも、気軽に呼んでいいから」
「えっと、じゅの君?」
「ああ、それでいい」
満足したような微笑みを浮かべ頭をなでてくるじゅのに、恥ずかしいと思って凝視できない余は顔を俯いてしまう。
「……珍しい」
その様子を見ていた凍華は目を疑うように呟き、隣にいた始が「何がだい?」と聞いた。
「じゅのが自分から呼び名を頼むのがです。他人にどう呼ばれても基本無視するのに」
「そうなのか?」
「ええ」
やはり前世が影響しているのだろうか……と、ノートを開いて解説しているじゅのと余を眺めながら凍華は考える。
もしそうであれば、それでいい。
彼が、彼らが前に一歩踏み出せる事が出来れば、竜王であろうと誰であろうと僕は十分だからーー。
「あんま物入ってないな。料理出来ないんだろ、あんたら全員」
「出来ないんじゃなくて、しないだけだって」
「それ、嘘だろ」
ため息をつきながら、いちは食パンだけを残して冷蔵庫の中を埋めていく。
「どうせ誰かにやらせてるんだろ。台所が少し綺麗だから分かる」
「やってもらってるんだって、茉理ちゃんに」
「茉理ちゃんって?」
「従姉妹。俺たちのためにいろいろとやってくれるから、頭が上がらないんだぜ」
「そりゃそうだろうよっ」
食パンを袋から取り出し、ミミを綺麗に切り落としていく。食べやすいサイズに分けていき、鍋に油を引いて火を通す。
てきぱきと調理していくいちの姿に、へぇーと終は関心した。
「料理出来るんだなあ」
「あんたらと違って、うちは父ちゃんと交代で作ってるからな。凍華やこう兄も自分で出来るし、じゅのの所は従姉妹と合わせて人数多いからいつも代わり番こでやってるしな」
「もしかして、泳奈さんって人?」
「泳奈姉ちゃんも知ってるのか?」
「じゅのと一緒にいてよ。親子かと間違えちまってよ」
「あ、それは仕方ない」
綺麗な焦げ色を作りサッと揚げていきながら、いちはコクコクと頷かせた。
「あの二人互いを分かりきってるから、他人の目から間違われやすいんだわ」
「分かりきってるってなんだ?」
「あー、あたしもなんて言えばいいか分かんないけどよ。相手がどんな行動をするのか分かってて、他のことに集中出来るっていうか。親子だから分かることを、あの二人も同じ事してるって雰囲気」
「ふーん」
「けどその上をいってるのが、水月兄ちゃんと泳奈姉ちゃんだな! もうあれは夫婦の領域だし、周り考えろってんだっ!」
そう言っていちは眉間に皺を作りながら、怒りに任せて揚げたパンミミに砂糖を振るっていく。
「泳奈さんって兄妹いるんだ」
「ああ、上に水月兄ちゃんで下にきりなとかるらがいて、4人兄妹。じゅのは妹いるし、あたしには双子の弟がいるから」
「双子なんだ、いちは」
「背はあたしの方が上だけどなー。てか、呼び捨てなんだ」
「俺より下だろ?」
「ま、それはそうだね」
「来てよかった~。読みたかった本がたくさん見つかったから」
「喜んでもらえて嬉しいですね」
堪能できたといわんばかりの笑顔をうかべるこうきに、続はクスリと笑ってしまう。
「じゅの君の家にも蔵書とかあるけど。全部読んじゃったし、見たい本が置いてないからさ」
「じゅの君の家も書庫があるのですか?」
「うん、母親の実家になるんだけどね。ここより少し広くて、じゅの君の家族といちちゃんとは違う従姉妹家族が一緒に暮らしてるんだ」
「それはすごいですね、そんなおうちが存在するなんて」
「庭も広くて、花園があるくらいだよ」
書庫から上がった二人を、居間からひょいといちが顔を出して迎えていた。
「こう兄どうだった? 満足した?」
「一日じゃあ読み切れない数があったから、ここに通いたいくらいだよ」
「ふーん。スティック出来たから、続にーちゃんも食べなよ」
「わざわざすみませんね」
「べっつに~。あっ、紅茶飲みたいんだけど、場所教えてくんね? 終にーちゃんに聞いたら知らないっていうからよ」
「ええ、いいですよ」
いちを連れて台所へと向かう友人を見送りながら、こうきはクスクスと笑っていた。
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