春烙

寒いなあ…

大地の序曲 1話

2013年11月15日 11時27分20秒 | 新なる神


 雨上がりの三月末。

「すごい人ですね。やはり晴れたときに来たいものなのですかねぇ」
「違うと思うけどな、俺は」

 新宿の人だかりに感想を口にする長い黒髪に海色の瞳をした女性に、紅い髪を一つにまとめている女性はため息混じりに答えていた。

 二人は「なつかしのSFアニメ大会豪華無節操六本立」を兄妹で見にやってきたのだが、人混みに紛れてはぐれてしまった。

「水月兄さん達はもう中にいるのでしょうか、じゅの君」
「泳奈姉ちゃんが悪い大人に絡まれていなかったら一緒に入れたかもよ?」

 姉妹というより、親子のような二人は離れないように会話をしながら前を進んでいた。
 ふと子供の泣き声が耳に入ってきて、じゅのは立ち止まって周りを見渡しだした。
 様子に気づいた泳奈も足を止め、じゅのの近くへと寄る。

「……ああ、あれか」

 親の側で泣いている女の子が空に指を指しているのを見つけて見上げてみると、黄色い風船がふわりと浮かんでいるのを見つけた。どうやら、何かの拍子で手から放したようだ。
 ほっとくわけにもいかないかと思い、じゅのは助走をかけず軽く足を蹴った。

 


 背中に羽が生えて飛んでいるようだ。
 兄の終と一緒にやってきた余は、空に浮かんでいく風船を空中でキャッチする女性を見てそう思った。
 ふわりと降りていき、泣いている女の子の前で着地する姿に胸の奥がなぜか締め付けられそうになった。

「これはお前のか?」
「あ、わたしのふうせん!」

 黄色い風船を見て女の子が泣きやむのを見て、女性は風船の先にお菓子の入った袋をくくり付けて渡した。

「はい、これなら飛ばないから。お菓子は帰ってから食べろよ」
「わあ! ありがとう、おねえちゃん!」

 親も頭をさげてお礼を言い、女の子は風船を掴んで女性から離れていく。
 女性の方はなぜか苦々しく顔を引きつけて、手を振る女の子に同じように返していた。

「なんか天使みたいだよな、余。て、どうした?!」
「僕にも、分からないけど……」

 なぜか涙が溢れてくる。どうしてなのかは分からないが、心が痛む。
 ふと目の前に白い布が見えて顔を上げると、青い瞳をした女性が微笑む姿があり、余はまた胸が締め付けられそうになった。

「泣いているようでしたので、よかったらどうぞ」
「あ、ありがとうございますっ」

 ハンカチを受け取り、余は涙をふき取る。ふき取ってる間、女性は余の頭を優しく撫でていた。
 会いたかった、また出会うことが出来ました--。
 頭の中をその言葉だけが巡ってくる。

「えっと、弟にハンカチを貸してくれてありがとうございます!」
「いえ、目に入ったので体が勝手に動きまして。兄弟なんですね、お2人は」
「泳奈姉ちゃん!」

 と、泳奈と呼ぶ女性に紅い髪の女性が近づいてくるが、終と余の姿を見てなぜか瞬きをしてしまった。

「……どういう状況?」
「私にも分かりませんけどね、じゅの君。泣いていたのでちょっと」
「ちょっと、ねえ……。早く行かないと何か言われるけど」
「あの、ハンカチ」
「それは差し上げますよ」

 泣きやんだ余がハンカチを返そうとするが、泳奈はふわりと笑って首を振って断った。

「あ、おねーさん達の名前聞いてもいい? 恩は2倍にして返せ、って家訓があるんだ。恩人の名前は聞いておかなくちゃ」
「おや、私の家訓と似てますね」
「ていうか、なんで複数形なんだよっ」

 ため息混じりに呟くが、じゅのは仕方ないとかぶりを振った。

「火宮、火宮じゅの。こっちは泳奈姉ちゃん」
「俺は竜堂終。こっちは弟の」
「竜堂余です」
「神泳奈といいます」
「あれ、親子じゃないんだ」
「残念ながら、私たちは従姉妹なんですよ。こう見えて」

 へぇ~と驚く終に、「どうして親子なんでしょうね?」と泳奈はじゅのに首を傾げていた。

「似てるからじゃね? ていうか、まじで合流しないとっ」
「そうでした。どこかで会いましょうね。終君、余君」

 先に歩きだす従姉妹に、泳奈は頭を下げて追いかけていく。
 余は見えなくなるまで、二人の背中を見つめていた。また会える、そんな言葉が浮かんでくるから。

 

「あ、お兄ちゃんと泳奈お姉ちゃん来た!」
「遅い、二人とも!」

 会場に入ったじゅのと泳奈は、金髪と黒みのかかった茶髪の二人の少女に声をかけられて近づいていく。二人の側には、紫と黒の双眼を持つ半年くらいの赤ん坊を抱えた茶髪の男性が立っていた。

「悪い、ちょっと人助けをしててなっ」
「すみません、水月兄さん」
「え~ねぇ」
「いや。まだ始まっていないからな」

 兄の水月に謝りながら、泳奈は一番下の弟であるかるらを腕に抱えた。水月は気にするなと言い、泳奈の髪を優しく撫でていた。
 じゅのと泳奈が姉妹で親子に見えるならば、水月と泳奈は恋人で万年夫婦と間違われる始末なのである。

「人助けしてたんだね~」
「じゅのったら、優しい~」
「お前等と違ってな」

 実の妹であるくよんと従姉妹のきりなに、じゅのは冷たく言い放つ。
「酷い!」と二人は抗議するがじゅのは聞く耳持たずの状態で、水月は苦笑いを浮かべながら、かるらをあやしている泳奈に話しかけた。

「どんな人を助けたんだ?」
「最初は風船を手放した女の子のために、じゅの君が風船を取ってやりましてね。飛ばないようにお菓子をくくったのですよ」
「最初ということは、他にもいると?」
「ですが、不思議だったのですよ。兄弟2人なのですが、弟君が泣いていたのを見かけて……」
「あの涙は、嬉し涙だった」

 と、じゅのが横から話に入ってきて、くよんときりなも気になって近くに寄っていた。

「あの2人、四海竜王の生まれ変わりだ」
「何…?」
「本当なの、お兄ちゃん?」
「ああ、読んだからな……」

 自分を見て泣いていた少年の心の声を思い出し、じゅのはゆっくりと瞼を閉じた。

「…季卿……」

”いつか、来世の世でまた会うことが出来れば。その時は友として貴方方と歩きましょう”


 私も会えて嬉しいですよ。
 自分の服を掴み、不意にじゅのは笑みを浮かべていた。



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