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SWAN日記 ~杜の小径~

ベルばら三が日SS/残像(3)

ベルばら三が日SS/残像(3)

《2016年の三が日にヤプログにUPしたSSです》

◇◇◇

「オスカル様っ!アンドレも!」
ロザリーは仁王立ちで怒っていた。
「…ロザリー…」
ベッドに横たわるオスカルとアンドレはロザリーの迫力に〝参った〟とばかりに肩を竦めながら、オスカルは呟くように名を呼んだ。
「お二人共、怪我は治っていないんです!無理をしないでください!」
今は八月下旬。
オスカルとアンドレはパリにいた。
7月13日、14日に銃撃され瀕死の状態であったが、二人は生き延びていた。
ベルナールとロザリーが住むシャトレ家の空部屋に身を寄せている。
瀕死の状態で担ぎ込まれた為、二人の死亡説をベルナールとアランが流したのだった。
出動の朝。オスカル・フランソワは貴族の身分を捨て、アンドレの妻となったと告げた。
その彼女が生きていると判れば、命令に逆らった隊長は王室側から狙われ、彼女の経歴をみれば民衆側には利用されるだろうからだ。
「ご近所のセルジュさんも言っていたじゃないですか!無意識とはいえ、お身体に負担がかかるって!」
このロザリー。
オスカルとアンドレからみれば妹のような存在なのだが、泣き虫で春風のように可愛らしい外見とは裏腹に、実は芯が強く、逞しい女性に成長していた。
セルジュとはシャトレ家の三軒隣に住む初老の男で、妻と子と仕立て屋を営んでいる者だ。
第六感…俗にいう霊感が強く、パリ市民相手に占い事もしているらしい。
あのバスティーユに白旗が上がった日から二日間、オスカルとアンドレは生死を彷徨い、心身共に弱った状態で目を覚ました。
撃たれた身体が痛い。
弾は抜かれ、治療は施されているようだが、まだ身体は動かない。
先に意識を戻したのはアンドレ、数刻後にオスカルの意識が戻った。
痛む肩を庇いながら、隣のベッドでアンドレはオスカルを呼び続けていた。
ぼやける意識の中、オスカルは誰かに名を呼ばれている。
あぁ…これはアンドレの声だ。
わたしのアンドレは…何処に…?
遠くで聞こえるアンドレの声に導かれるように暗い瞼の周りに明るさが増してゆく。
耳元でロザリーの声がする。
…ロザリー…?泣いているのか…?
ふ……、と現実に引き戻される感覚。
痛む身体に顔を歪めながら、そっと目を覚ましたオスカルは大きく息を吐いた。
「…ア…ンド…レ…」
掠れた声で愛しい男の名を呼ぶ。
「オスカル…よかった…」
優しいアンドレの声が耳に暖かく届く。
オスカルに縋り付いて大泣きしているロザリー。
「…ロ…ザリ…」
「ああ!無理にお話にならないでオスカルさま!良かった…っ」
大粒の涙を流し、泣き笑いをしているロザリーにオスカルは微笑みかける。
「すぐにお医者さまを呼んで来ますね」
ロザリーは部屋を出て行った。
「…アンドレ…。わたしは生きているのか…?」
「あぁ。お前もオレも生きているよ」
「…よかった…」
ひとり残されても生きてはいけないから…と、涙を零すオスカルにアンドレは優しく告げる。
「それはオレも同じだ」
オスカルは小さく頷いて、小さな声で話し出した。
「夢の中で…ジャルジェの屋敷の中にいた。暗闇の中で呼んでもアンドレが居なくて…お前を探していたら、ふぅ…と屋敷の中に移動して、肖像画の前で父上と母上が泣いているんだ。誰かが何かを報告している…私とアンドレが命を落としたと。柱の陰でばあやも泣いていて…あぁ、私は死んだのかと思った。両親とばあやに何か告げたくても伝えられず、アンドレを探しても居なくて…。そうしたら、遠くで私を呼ぶ声が微かに聞こえてきて…アンドレの声を頼りに暗闇の中を探していて…目が覚めたんだ」
「…うん。ずっとオスカルを呼んでた」
「最初、お前も死んでしまったのかと思っていたから……」
私を庇って撃たれたアンドレは目を覚まさなかったから。
「虫の息で、仮死状態に近い感じだったらしいよ。14日の朝もオスカルが撃たれた時も…実はオスカルの近くに居たんだ。庇おうとしたけれど、弾は身体を素通りしてオレは実体が無くて庇えなくて…アランがお前を庇った」
「……うん。アランが庇ってくれたのは覚えている。撃たれたお前の意識は戻っていなかったが、アンドレの存在を近くに感じていたんだ…あ、アランは…」
「生きてるよ」
「…よかった…」
「なぁ…オスカル。オレもお前も瀕死の状態の中で幽体離脱みたいな体験をしたみたいだね」
「…幽体離脱?」
「うん」

その後も、二人はジャルジェ家の人達を想うと、眠りながら幽体離脱をしていた。
無意識のうちになのだから、どうしようもない。
ある日の夕刻、ロザリーが夕食の為に二人を起こしに来たが目覚めないので、近所のセルジュを呼びに行って…発覚した。
これを知っているのは、セルジュ、ロザリー、ベルナール、アランの四人だけだ。
二人が目を覚まさなくて慌てて集まった四人。
セルジュ曰く、
「お二人共、瀕死の状態で生死を彷徨っている時に偶然…幽体離脱をしたのだと思います…一種の特異体質でございますね。たまにいらっしゃるのですよ。生死を彷徨って生還した方が第六感が敏感になったり…。しかし、お二人共に無意識ですので、お怪我をしていてお身体が万全では無いので負担も大きいのです。身体に戻るとお疲れになるでしょう?」
~と、いうものだった。
アンドレは頷いて、隣のベッドのオスカルを見た。
「…確かに身体は怠いけれど、無意識だし…父上や母上が…」
自分が己の信じる道を進んだがゆえに、ジャルジェ家に迷惑がかかっているのは事実。
両親や年老いたばあや、使用人達も心配なのだ…とオスカルは呟いた。
「隊長とアンドレの気持ちも判るが、今は怪我を治して体調を戻すことに集中してくれ。…ま、無意識なんだから仕方ないけどよ」
アランに続いてベルナールが言う。
「まぁな。そういう体質になっちまったんだから仕方ないけれどな。特異体質になってもコントロールできなきゃ…」
「ええ。無意識だと体力は消耗しますし、コントロール出来ないと危ないこともありますので…」
セルジュの言葉に他の三人は頷いた。
オスカルとアンドレはベッドの上で顔をしかめていた。
「それにオスカル様。ジャルジェのお屋敷でもオスカル様達の姿が見えたとあっては大騒ぎになりますわ」
「…それは…大変だな…」
ロザリーの言葉にオスカルはウ~ンと唸る。
「…オレ、おばあちゃんに声かけちゃったよ」
「…わたしもだ」
「オスカル様!アンドレも!」
ロザリーは声を上げた。
でも…とオスカルは続けた。
「…怪我を治して体力を戻して、コントロール出来るようになれば大丈夫なのか?」
「オスカル様っ!そういう問題では…っ」
「…オスカル。体力が戻ったら、特異体質も無くなっているかも、だろ?」
鋭いアンドレのツッコミにオスカルは再びウ~ンと唸っている。
「…確かに、特異体質のままの人もいれば、元に戻る人もおりますよ。お二人とも、無理せずに身体の体力を戻す努力をしてください」
セルジュは微笑んだ。
秋になり、銃創の痛みは残るが、二人の体力は改善しつつあった。
冬になると、無理をしなければ、外を歩けるまでに二人の体調は回復していた。
体力が戻っても、度々二人は幽体離脱をしてジャルジェ家の様子を見に行っていた。
12月下旬。
またオスカルとアンドレはジャルジェ家に意識を飛ばしていた。
オスカルの部屋にいたジェローデルと目があって…オスカルは驚いた。
パリのシャトレ家に意識を戻した二人は顔を見合わせた。
「…ジェローデルと目が合ったな…。白薔薇はジェローデルかな?良い香りだったから一本拝借してきてしまったが、一本くらい判らないよな…?」
ベッドから身体を起こしたオスカルはアンドレの胸に身体を預けている。
「…いや、どうだろうなぁ…」
あのジェローデルだぞ?
きっちり本数を決めて持って来そうだろ?
33本とか34本とかさ。
「う~…ん。ジェローデルだからな…」
人としても良い奴なのだが、あいつはマメな男で意外と神経質なのだ。
「今では幽体離脱してもある程度コントロール出来て、薔薇も持って来られたりするけど…8月のオレの誕生日の日、厨房でマドレーヌを焼いてくれていて…とても美味しそうな匂いは満喫できたが、あの頃は幽体離脱に慣れていなくて菓子を持ち帰ることなんて出来なかった。オスカルの分もあったのに」
アンドレはオスカルの肩を引き寄せ、そっと額にキスを落とす。
「そうなのか?それは残念なことをした」
オスカルはクスリと笑ってアンドレの頬にキスを返した。
「…で。持ってきた薔薇が一本足りないとあってはジェローデル伯爵も不審に思うだろう?」
「う~…ん」
「…誰かが此処まで押し掛けて来そうだな」
アンドレは口元で笑った。
「まさか。私達は死んだことになっているのだし…此処にいることを知る訳が無い」
「そうだけど…。オレ達は度々ジャルジェ家に意識を飛ばしているし、姿も見られているだろう?屋敷の人間でロザリーがパリにいる事を知っている者もいる。誰かがロザリーを訪ねてくるかもしれないだろう?」
「ははは…まさか、な」
そんな事は無いだろうとオスカルは少し顔を引きつらせて笑ってみせた。
翌日。
父であるジャルジェ将軍とジェローデルがロザリーの元を訪ねてきた。
いま、貴族がパリに出向くのは危険な為、かなり地味な服装だった。
屋敷の使用人にパリのロザリーの居場所を確かめて、オスカルとアンドレの事を聞きに来たらしい。
焦ったロザリーが止めに入る間も無く、四人は顔を合わせてしまった。
「オスカル!アンドレ!生きていたのか…!」
「オスカル嬢…っ!やはり生きていたのですね」
「…父上。ジェローデルも…」
「…だんな様…」
どうして昨日の今日なのだ…と小さくボヤくオスカル。
ドアの外にいるロザリー、ベルナール、アランの三人思っていた。
『だから言わんこっちゃない。特異体質になったからって幽体離脱し過ぎれば、ジャルジェ家もおかしく思うだろうに…』
三人とも呆れ顔であった。
オスカルはジャルジェ家に迷惑がかかる為、死亡説を流したことを父に謝った。
「…生きていれば良い。母親とばあやもベッドから出られるだろうからな」
ジャルジェ家には戻らない意思を伝えたオスカルとアンドレ。
二人が生きている事実を知るのはジャルジェ家の一部の人間とジェローデルのみ。
もちろん二人の死亡説はそのままにした。
数日後、ジャルジェ家に意識を飛ばしたオスカルとアンドレ。
母であるジャルジェ夫人は幽体離脱して現れたオスカルに泣き笑いで微笑んでくれたが、ばあやは喜んだのも束の間、アンドレに怒鳴りつけていたのだった。

ジェローデルは時折シャトレ家を訪れるようになった。
「危険だからパリには来るな」
オスカルの言葉も聞き流し、ジェローデルはシャトレ家にいるオスカルに会う為、質素な身なりで早朝か暗闇に紛れて会いに来ていた。

そして。
ジャルジェ家の家族と二人が再会するのは、もう少し先のこと…。

◆終わり◆


*・゜゚・*:.。..。.:*・あとがき・*:.。. .。.:*・゜゚・*
このような僻地にお越しくださり、拙い文章でありますが、ここまで忍耐強くお読みいただきまして、本当に有難うございました。
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