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SWAN日記 ~杜の小径~

ベルばら三が日SS/残像(2)

ベルばら三が日SS/残像(2)

《2016年の三が日にヤプログにUPしたSSです》

◇◇◇

7月の…あの夏の日から、ひと月以上が経った。
8月26日。
今日は彼の…アンドレの誕生日だった。
調理場の者達が心ばかりの菓子を焼いた。
物静かで良く気がつく次期当主の従者。
屋敷の使用人達にも慕われていた彼。
年配の使用人達はオスカルとアンドレが幼い頃から身近に二人を見てきた。
一対のような二人は共に空の上の人になってしまった。
「アンドレは幾つになるのかしら?」
「生きていれば…35、だったかな。オレより5つ歳下だったから」
調理場で使用人達は彼を思い出し、懐かしむように話していた。
「やはり…オスカル様とアンドレは一対のようだ。共にいなくなってしまうなんてな…」
料理人のひとりが呟き、周囲の者達も黙って頷いていた。
「そろそろアンドレの部屋にお菓子を置いてくるわね。きっとオスカル様もご一緒に誕生日をお祝いしたいと思うのよ。だからオスカル様の分も持って行くわ」
「ああ、それが良い。お二人は何時もご一緒にいたからね」
侍女の一人が皿に上品に盛り付けた菓子を持ってアンドレの部屋を訪れた。
静まり帰った部屋の中、窓際のテーブルに菓子皿を置く。
「アンドレ、お誕生日おめでとう…空の上で今頃オスカル様にもお祝いしていただいているかしら?
料理長がお誕生日祝いのお菓子を焼いたのよ。マドレーヌ、食べてちょうだいね」
今は亡き部屋の住人に囁くように声を掛けて侍女は部屋を見回した。
アンドレらしい落ち着いた部屋。
彼も屋敷の使用人である。次期執事とも言われていたから、質素であるが一人部屋で彼らしく綺麗に整理されている。
彼女は涙を溜めて口元で優しく微笑み、アンドレの部屋を出た。
ドアを閉める直前に視界に入った窓際のテーブル。
カーテンの前に彼が見えた気がした。
いつものように優しい表情のアンドレ。
驚いた彼女は一度閉めかけたドアを開けたが、そこにはテーブルに置かれた菓子があるだけだった。
あぁ、これはきっと彼の残像なのだわ…と侍女は再びドアを閉めた。
屋敷でもオスカル様とアンドレを見たという者が数人いた。
最初は皆、幻や残像…悲しみから抜けられないが故に錯覚したのだと思い、誰も口にはしなかった。
ある日、女中頭でもあるばあやが侍女のひとりに言った。
「前に寝込んでいる時にねぇ…枕元にアンドレとお嬢様がきてね…迎えに来てくれたと思ったら違っていて…消えてしまったんだよ。あたしゃ、まだ生きろってことなのかね」
寂しそうな ばあやの言葉に侍女は目を見開いた。
「え?ばあやさんも見たの?私はアンドレの部屋で彼を見たわ。数日前にオスカル様付きだったマリアもお部屋の空気を入れ替えようと窓を開けに行ったらオスカル様を見たって…」
「そうなのかい?…お嬢様とアンドレは心残りがあるのだろうかね…」
ばあやは涙を溜めて悲しく俯いた。
「でも、ばあやさん。お二人共、悲しそうなお顔をしてましたか…?」
「いいや」
「皆、そう言うんですよ。何故なんでしょう…?」
その晩、ばあやは思い切ってジャルジェ夫人に話してみた。
「ばあやも二人を見たの?屋敷の者達も?」
「…も?と申しますと…?」
「わたくしもオスカルの部屋で二人の姿を見たの。幻か残像か…気のせいだと思って口にはしませんでしたが、主人も廊下を歩く二人を見たようですし…」
「だんな様も奥様もでございますか?」
「…どういうことなのかしらね。二人を失った悲しみから幻を見ているのか、二人は何か心残りがあるのかしら…。わたくしは二人が天に召されたことが未だに信じられないのですよ」
奥様は寂しそうに口元で笑ったのだった。
そして。
数ヶ月が経ち、今でも二人の姿はジャルジェ家で度々目撃されることがあった。
12月も下旬の夜。
オスカルの元部下であり、元婚約者でもあったジェローデルがジャルジェ家を訪れた。
「明後日はオスカル嬢のお誕生日ですので…お部屋に白薔薇を飾っていただけますか?」
ジェローデルの手には34本の白薔薇。
屋敷の温室で咲かせた薔薇だという。
彼女が生きていれば…の34本。
「まぁ…有難うございます。オスカルの部屋にご案内しますわ」
ジェローデルを迎えた夫人は自ら部屋に案内をした。
「ジェローデル様はオスカルの部屋は初めてでしたかしら?」
「…はい。こちらに通わせていただいていた頃は、晩餐を共にさせていただくことが主でしたので…」
「そうでしたわね。…娘の部屋は、そのままにしてありますのよ。いつでも戻ってこられるように…」
「………」
彼女と従者を失ったジャルジェ家の悲しみは癒えないのだろう。
夫人の言葉にジェローデルは静かに頷くだけだった。
夫人に案内され、訪れたオスカルの部屋。
侍女達はオスカルの部屋の暖炉に火を入れ、灯りを灯してくれていた。
貴婦人の派手な部屋でも無く、紳士的な部屋でも無く。
調度品も見事だが、所々に女性を感じさせる落ち着いている部屋。
夫人は自ら花瓶に白薔薇を活けた。
「見事な白薔薇ですわね。オスカルも喜びますわ。そちらにお掛けになって。お茶の用意をさせましょう」
「あ、いえ。私は…」
「良いではありませんか。オスカルの話をしたいですわ。主人も呼びましょうかしらね」
夫人は侍女にお茶の用意を頼み、主人にも声をかけるよう伝言した。
暫くしてジャルジェ将軍もやってきて、三人はお茶を飲みながらオスカルとアンドレの話をした。
時に夫人は涙を溜めながら、二人の昔話などをしてくれた。
ジェローデルは近衛時代の話などをして、静かに時間は過ぎてゆく。
「もう少し…こちらのお部屋にいても良ろしいでしょうか?」
ジェローデルは将軍と夫人に言う。
「構わんよ」
「ええ。どうぞ。ショコラでもお持ちいたしましょうか?」
「恐れ入ります。暖炉の火は落としていただいて大丈夫でございます。まだ部屋は暖かいですので…」
自分の我儘な希望でオスカル嬢の部屋に暫し残してもらうのだ。
夜遅くに使用人達の仕事を増やすのも申し訳ない。
暖炉の火は要らないとジェローデルは言った。
「お帰りの際はお声をかけてくださいませね」
将軍と夫人は先に部屋を出て行った。
使用人は暖炉の火を落とし、温かいショコラを持ってきてくれた。
「…有難う」
侍女は深く頭を下げ、部屋を出て行った。
ほのかな灯りの中で椅子に座っているジェローデルは「ふぅ…」と息を吐いた。
「貴女はショコラがお好きでしたね」
近衛時代、あの従僕の…アンドレのショコラを褒めていたのを思い出す。
ショコラを一口飲み、ジェローデルは在りし日のオスカルに思いを馳せ、そっと目を閉じた。
どれほど時間が経っただろう。
数分にも数刻にも感じられた頃。
『…ジェローデル?ジェローデルではないか。ショコラも冷めてしまって…此処で寝ていたら風邪をひくぞ』
クスクスと笑うオスカル嬢の声が聞こえた。
あぁ…夢を見ているのだ、とジェローデルは思った。
辺りに漂う薔薇の香り。
彼女の部屋でうたた寝などしてしまったからだな…と目を開けようと身じろいだ時に、誰かが肩にかかる髪に触れる感触があった。
ハッとジェローデルは目を見開いた。
ぼんやりとした灯りの中、白い手が髪から離れてゆく。
その手の先には…オスカル嬢と寄り添うようにアンドレがいた。
オスカル嬢は白薔薇を一輪、手にしている。
『…ふふ。起きたか…』
オスカルは微笑んだ。
隣のアンドレも静かに口元で微笑んでいる。
「オスカル嬢…!?」
『…薔薇を…有難う…』
ジェローデルが声を上げると、二人の姿は暗闇に紛れるように消えていった。
残されたのは薔薇の香り。
オスカルの残り香なのか、部屋の白薔薇の香りなのか…ジェローデルには判らなかった。
ジェローデルは花瓶に活けてある白薔薇を数えてみた。
…33本。
今のは夢か?幻か?
私は34本、温室の白薔薇を切ってきたのだ。
屋敷の侍女にも確認させたから本数は間違っていない筈だ。
ジェローデルは冷め切ってしまったショコラを飲み、オスカルの部屋を後にした。
侍女に案内してもらい、居間のジャルジェ夫妻に挨拶に行き。
起きていた二人はジェローデルに微笑みかけた。
「あの…将軍。ジャルジェ夫人…」
先程の事は夢だったのか…。
なまめかしい手の感触と薔薇の香り。
一本足りない白薔薇。
何やら考えこんでいるらしいジェローデルを見て、将軍は言った。
「お会いになりましたかな?」
ジェローデルは目を見開いて将軍を見た。
夫人が優しく言葉を続ける。
「屋敷内で度々姿を見るのですよ。幻なのか残像なのか…願望なのかもしれませんが。でも辛そうな感じはしないのです。何か心残りがあるのでしょうかね…」
夫人は口元で微笑んだ。
ジャルジェ家を後にしたジェローデルは思う。
あれは本当に幻か残像なのだろうか。
夢にしてはリアルだったような気がする。
不思議な体験だった。
オスカルが触れた髪を触り、ジェローデルは考えていた。

◆続く◆

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