キャプテン・メダルにメダルを届けにカラコタ橋に寄ったミミとサンディ。ついでに盗賊スキルのノウハウを教わったデュリオに挨拶に寄ると、彼は仲間たちと難しい顔をして相談していた。
「おう、ミミじゃねえか。いいタイミングで来てくれた、ちょっと面倒なことがあってよ。話聞いちゃあくれないか?」
断る理由はなく、ミミは樽の上にちょこんと腰かけ、話を聞く態勢に入った。
「あ~らいらっしゃい☆」
元エルシオン学院の女子生徒、現在酒場の女主人が、相変わらず制服姿で出迎える。エルシオン卿にすごく嘆かれそうだが、それはさておき。
「実はな、オレの名を騙る奴が現れたらしいんだ」デュリオは、少し顔をしかめて言った。「確かにオレは盗賊で、義賊だと言い張っても、盗みは盗みだ。悪評を受けるのは仕方ねえ。・・・だがな、絶対やらないことの濡れ衣を着せられることだけは、我慢ならねえんだ」
「これはあっしが聞いた情報なんですがね」デュリオの仲間が話を引き継いだ。「さる金持ちの屋敷に、親分の名前を使った予告状が届いたんですよ。『満月の晩に、そちらの一人娘を頂く』と。ですがね、親分もあっしらも、どんな理由であれ人さらいなんかしませんや」
「できればオレの手で、名を騙る真犯人を捕まえて潔白を証明してえんだが」デュリオの表情が苦々しくなった。「オレがのこのこ出かけて説明したところで、信じちゃあもらえねえ。特にいいご身分の連中にはな」
ミミは樽の上で膝を抱えるように座り、静かに聞き入っている。頼まれそうなことは予測がついた。
「デュリオ・・・私が真犯人を捕まえるわ。それでいい?」
伏せていた長い睫毛を上げて、濃い紫の瞳を更に濃くして、ミミは呟いた。やっぱりこの展開かい、と隣でサンディがぼやく。
「さすがミミ!話が早いな!明日がその満月だ、じゃあ済まねえが頼んだぜ!」
デュリオの顔が晴れやかになり、こうしてミミはクエスト「ニセモノ義賊を捕まえろ」を引き受けた!
ミミは教えてもらった屋敷に行く前に、ルイーダの酒場に戻り、クエストを引き受けたことを告げた。
「ニセモノ義賊とは許せないわね」
現在職業盗賊のルイーダ、憤りで目を燃やす。
「でもどうしてお嬢様を狙っているのですかしら」
首を傾げるロクサーヌ。
「誘拐して身代金を取るならわかるけどね~」
ルイーダも首を傾げる。
「すごく綺麗な人なのかな」
リッカもにこにこして話に加わった。
「しかしミミ、犯人の意図が見えない以上、油断は禁物だぞ」
イザヤールは言い、いそいそと冒険の仕度を始めた。
「イザヤールさん、付いてく気満々ね」
ルイーダは笑い、あと二人は誰が出かける?と、皆で相談を始めた。
結局ルイーダとリッカが残りのパーティーメンバーとして加わり、デュリオに教えてもらったその屋敷に行った。すると、そこは用心棒を申し出た冒険者でごった返していた。
「うわあ・・・強そうな人ばっかり・・・」
リッカが目を丸くした。
「自信持ちなさいよ、私たちだって強いのよ」ルイーダが笑って言う。「見た目も強そうな人もちゃんと居るし」
イザヤールはそれを聞いて苦笑した。
すると、ミミたちにその屋敷の雇い人らしい若者が近付いて来て、囁いた。
「どうぞこちらへ、ご主人様とお嬢様が、あなた方を用心棒に雇いたいそうです」
一同が通された豪華な部屋には、この屋敷の主人とその妻と、そして何者かに狙われている問題の娘が座っていた。娘は、如何にも箱入りで育てられたような、おっとりとした美しい娘だった。
「あらくれ者に娘の護衛を頼むより、安心だと思いましてな」
主人は言い、娘を見てにっこり笑って頷いた。
「お任せください、何者からでもお嬢様はお守り致します」
ミミは言って、娘に向かって頷いてみせた。
「よろしくお願い致します」
娘は立ち上がり、優雅に、可愛らしくおじぎをする。この人は、見た目より案外度胸がいいのかな、とミミは思った。普通のお嬢様なら、盗賊に自分が狙われていれば、もう少し怯えていそうなものだけれど。
ミミたちは、翌晩までとりあえず娘の部屋の隣室に待機することになった。ただし、如何にも用心棒よろしく居るのでは賊が警戒するとのことで、ミミとリッカはメイド姿、ルイーダは家庭教師風、イザヤールは帽子を目深に被った庭師、と装備を改めた。
「では私は庭の手入れをしながら周囲の様子を見ておこう。侵入経路がある程度予測できるかもしれない」
イザヤールは言って、部屋を出ていった。簡素なシャツに汚れても構わないようなくたびれたズボン姿でも、その後ろ姿は堂々としていた。その背中を惚れ惚れと見つめ、見送るミミ。
「イザヤールさん、衣装が簡易だとかえって体の見事さが目立っちゃうわねえ。ただの庭師じゃないってバレちゃいそう」
うっとりしているミミをひやかすように軽く小突きながら、ルイーダは苦笑した。
「じゃあ私とミミはお掃除を兼ねて邸内の巡回ねっ」
リッカが張りきってエプロンの紐をぎゅっと締める。
「では私は・・・雇い人たちから情報集めしてくるわ」
ルイーダも銀縁眼鏡の奥の瞳を輝かせ、一同それぞれ持ち場に散った。
夜になって、ミミたちはそれぞれの成果を報告した。
「調べたところ、敷地は全て高い塀で囲まれ、しかも塀の上部には先端の鋭い鉄柵がある。どの門にも見張りは居る。正攻法の侵入ではまず無理だろう」とイザヤール。
「屋敷の中も、変な抜け穴とかそんなのはなかったよね」とリッカ。
「私はね・・・ちょっと気になる噂を聞いたの」これはルイーダ。
「私たちを最初に案内してくれた、若い雇い人さん居たでしょ。・・・あの人、数日前、旦那様と言い争いしていたって、メイドの何人もから聞いたわ」
「そう・・・」
ミミは少し考え込んで、一同にある可能性を伝え、明日の作戦を告げた。
いよいよ、予告の満月の晩となった。ミミはお嬢様の身の周りの世話をするメイド、として娘の側に待機し、残りのメンバーはそれぞれミミの指示した場所に待機した。
「・・・ミミ。くれぐれも、気を付けて」
結局庭師風はやめ、闇のターバンに漆黒のマントの目立たない装備に変えたイザヤールが、瞳と彼女の頬に触れた指先に感情の全てを込めて囁き、部屋を出ていった。
ミミは、ぽうと頬を染め、瞳の煌めきを増してうつむく。そんな彼女に、娘は尋ねた。
「あの方とミミさん・・・もしかして?」
若い娘らしく、恋の話に興味津々といった様子。ミミはますます顔を赤らめ、ようやく頷く。
「いいですね・・・みなさんに祝福されているのでしょう?」
その口調に僅かな寂しげな様子を感じたミミは、目を上げて娘を見つめた。
「・・・あ、ごめんなさい、無遠慮なことを言ってしまって。そうだ、ミミさん、お茶でも飲みません?」
娘は見つめられて、いくらか慌てたように言った。
「お茶なら、私が」
ミミが申し出ると、娘は首を振った。
「いえ、お世話になるのですから、これくらいさせてください。私、こう見えてもお茶の淹れ方は褒められるんです」
娘は、美しいシルバーのティーセットでお茶の仕度を始めた。
「今日新しく買ったお茶なんですの」娘は茶葉の入った壺の封を切り、嬉しそうに言う。「他のみなさんにもお持ちするよう頼みましょう」
呼び鈴を鳴らし、メイドにお茶を持たせると、ミミと娘もお茶を飲み始めた。
半分ほど飲んだ頃、ミミの目蓋が下がり始めた。長い睫毛が、ゆっくりと下りていく・・・。
ミミの目がすっかり閉じられると、ふいに部屋の灯りが消えた。娘は、恐怖感からか、鋭く息を吸い込む。
やがて、闇に紛れて、何者かがそっと部屋に入ってきた。それは娘を抱き上げると、素早く部屋を出ていった。娘は恐怖のあまりからか、声も出さない。
賊は娘を連れて静かに、巧みに人気のないルートを選んで、屋敷の裏門まで来た。そこの見張りも、どういう訳かぐっすりと眠っている。
音も無く門から出ようとした時、誰かが賊の前に立ちはだかった。
「・・・やはり見張り人数の一番少ないここに来たか。ミミの予想通りだ」
闇のターバンの下で、形のいい唇が弧を描く。屋敷の外にスタンバイしていた、イザヤールだった。
賊は慌てて来た方へ逃げようとしたが、そこには眠った筈のミミが立っていた。いつの間にか、ルイーダとリッカも来ていて、賊はすっかり囲まれていた。
「どうして・・・」
そう呟いたのは、賊ではなく、娘。ミミたちは、答える代わりに手の甲を見せた。・・・その指に光るのは、「めざましリング」。
「何か入れるとしたら、みんなが飲むお茶だと思ったの」ミミが娘に向かって言った。「あなたが関わっているにしても、関わっていないにしても」
娘は、泣きそうな顔でうつむき、賊の腕にすがりついた。賊も溜息をついて、覆面をはぎ取った。その下から表れた顔はやはり、ミミたちを案内したあの若い雇い人だった。
娘は、すすり泣きながら事情を話し始めた。
「私たち・・・本当に互いに愛し合っているの・・・。でも、お父様は許してくれなくて・・・」
「どうしてデュリオに濡れ衣を着せるようなことを?」
ミミが尋ねると、娘は申し訳なさそうに唇を噛んだ。
「普通の駆け落ちではすぐ捕まってしまうから・・・名のある盗賊にさらわれたことにすれば、すぐには探し出せない、そう考えたの」
「考えたのは俺です、お嬢様は何も」
若者は必死に娘をかばう。
「とにかく、無責任に人に濡れ衣を着せて、逃げ出してしまうのは良くないと私は思うわ。・・・ね、お父さんに、本当のことを言ってもう一度とことん話し合ってみたらいいんじゃないかな・・・二人の気持ちが真剣なら、きっと伝わると思うの。・・・私も一緒に行くから」
ミミの懸命な言葉に二人は素直に頷き、一同は屋敷の主の元へ向かった。
真相を聞いた主は、しばらく驚き呆れて声も出なかった。
「お父様、お願い!・・・私、この人となら、どんな苦労もできる、そう思ったの!」
「旦那様、俺は・・・お嬢様には決して苦労させない、そう決めてお連れしようと・・・!」
やがて、屋敷の主人はぽつりと呟いた。
「・・・バカもん。世の中そんなに甘くないわい。世間に出ていったら、娘が苦労するのはわかっておる」
「あなた・・・」主の妻は、悲しそうに、また取りなすように夫を見つめた。
「おまえはこの家から出ていけ。今すぐだ」
主人の言葉に若者はうなだれ、娘は唇を震わせて涙を浮かべた。
「・・・出て行って、妻子を立派に守れる生活を歩める男になったら・・・そのときに戻ってきて、娘に求婚するがいい。おまえたちが本気なら、それまで待てる筈だ」
主のその言葉を聞いて若者の顔は明るく輝き、娘の涙は喜びの涙に変わった。
「ふ~ん。意外に話せるじゃん、このオッサン。ミミの言う通りにしてよかったネ☆」
ミミとイザヤールにしか聞こえないが、その言葉が一同の気持ちを代弁していたと言ってもいいだろう。
こうして、デュリオの濡れ衣も晴れた。
「デュリオという方に、本当にごめんなさいと伝えてこれを渡してください」
娘はそう言って、駆け落ちしてからの生活資金に変えるつもりでした、と美しい宝玉を手渡した。
デュリオはミミから話を聞き、宝玉を受け取って眺めた。
「・・・ミミ、伝えてくれよ。二人が無事結婚して、揃ってオレに会いに来て謝ったら、許してやるって」
ただしちゃんと護衛つけねえと危ないぞ、そう付け加えて彼は楽しそうに笑った。
「ありがとな、ミミ。これはおまえにやるよ」
デュリオはミミにその宝玉をくれた。ミミはパープルオーブを手に入れた!
ミミとイザヤールは、カラコタ橋から帰路に就いた。イザヤールがぽつりと呟く。
「盗賊とはいえ、いい若者だな・・・おまえを盗まれなくてよかった」
そのセリフ、クサ過ぎ、とサンディがぼやく側、不思議そうに首を傾げるミミだった。〈了〉
「おう、ミミじゃねえか。いいタイミングで来てくれた、ちょっと面倒なことがあってよ。話聞いちゃあくれないか?」
断る理由はなく、ミミは樽の上にちょこんと腰かけ、話を聞く態勢に入った。
「あ~らいらっしゃい☆」
元エルシオン学院の女子生徒、現在酒場の女主人が、相変わらず制服姿で出迎える。エルシオン卿にすごく嘆かれそうだが、それはさておき。
「実はな、オレの名を騙る奴が現れたらしいんだ」デュリオは、少し顔をしかめて言った。「確かにオレは盗賊で、義賊だと言い張っても、盗みは盗みだ。悪評を受けるのは仕方ねえ。・・・だがな、絶対やらないことの濡れ衣を着せられることだけは、我慢ならねえんだ」
「これはあっしが聞いた情報なんですがね」デュリオの仲間が話を引き継いだ。「さる金持ちの屋敷に、親分の名前を使った予告状が届いたんですよ。『満月の晩に、そちらの一人娘を頂く』と。ですがね、親分もあっしらも、どんな理由であれ人さらいなんかしませんや」
「できればオレの手で、名を騙る真犯人を捕まえて潔白を証明してえんだが」デュリオの表情が苦々しくなった。「オレがのこのこ出かけて説明したところで、信じちゃあもらえねえ。特にいいご身分の連中にはな」
ミミは樽の上で膝を抱えるように座り、静かに聞き入っている。頼まれそうなことは予測がついた。
「デュリオ・・・私が真犯人を捕まえるわ。それでいい?」
伏せていた長い睫毛を上げて、濃い紫の瞳を更に濃くして、ミミは呟いた。やっぱりこの展開かい、と隣でサンディがぼやく。
「さすがミミ!話が早いな!明日がその満月だ、じゃあ済まねえが頼んだぜ!」
デュリオの顔が晴れやかになり、こうしてミミはクエスト「ニセモノ義賊を捕まえろ」を引き受けた!
ミミは教えてもらった屋敷に行く前に、ルイーダの酒場に戻り、クエストを引き受けたことを告げた。
「ニセモノ義賊とは許せないわね」
現在職業盗賊のルイーダ、憤りで目を燃やす。
「でもどうしてお嬢様を狙っているのですかしら」
首を傾げるロクサーヌ。
「誘拐して身代金を取るならわかるけどね~」
ルイーダも首を傾げる。
「すごく綺麗な人なのかな」
リッカもにこにこして話に加わった。
「しかしミミ、犯人の意図が見えない以上、油断は禁物だぞ」
イザヤールは言い、いそいそと冒険の仕度を始めた。
「イザヤールさん、付いてく気満々ね」
ルイーダは笑い、あと二人は誰が出かける?と、皆で相談を始めた。
結局ルイーダとリッカが残りのパーティーメンバーとして加わり、デュリオに教えてもらったその屋敷に行った。すると、そこは用心棒を申し出た冒険者でごった返していた。
「うわあ・・・強そうな人ばっかり・・・」
リッカが目を丸くした。
「自信持ちなさいよ、私たちだって強いのよ」ルイーダが笑って言う。「見た目も強そうな人もちゃんと居るし」
イザヤールはそれを聞いて苦笑した。
すると、ミミたちにその屋敷の雇い人らしい若者が近付いて来て、囁いた。
「どうぞこちらへ、ご主人様とお嬢様が、あなた方を用心棒に雇いたいそうです」
一同が通された豪華な部屋には、この屋敷の主人とその妻と、そして何者かに狙われている問題の娘が座っていた。娘は、如何にも箱入りで育てられたような、おっとりとした美しい娘だった。
「あらくれ者に娘の護衛を頼むより、安心だと思いましてな」
主人は言い、娘を見てにっこり笑って頷いた。
「お任せください、何者からでもお嬢様はお守り致します」
ミミは言って、娘に向かって頷いてみせた。
「よろしくお願い致します」
娘は立ち上がり、優雅に、可愛らしくおじぎをする。この人は、見た目より案外度胸がいいのかな、とミミは思った。普通のお嬢様なら、盗賊に自分が狙われていれば、もう少し怯えていそうなものだけれど。
ミミたちは、翌晩までとりあえず娘の部屋の隣室に待機することになった。ただし、如何にも用心棒よろしく居るのでは賊が警戒するとのことで、ミミとリッカはメイド姿、ルイーダは家庭教師風、イザヤールは帽子を目深に被った庭師、と装備を改めた。
「では私は庭の手入れをしながら周囲の様子を見ておこう。侵入経路がある程度予測できるかもしれない」
イザヤールは言って、部屋を出ていった。簡素なシャツに汚れても構わないようなくたびれたズボン姿でも、その後ろ姿は堂々としていた。その背中を惚れ惚れと見つめ、見送るミミ。
「イザヤールさん、衣装が簡易だとかえって体の見事さが目立っちゃうわねえ。ただの庭師じゃないってバレちゃいそう」
うっとりしているミミをひやかすように軽く小突きながら、ルイーダは苦笑した。
「じゃあ私とミミはお掃除を兼ねて邸内の巡回ねっ」
リッカが張りきってエプロンの紐をぎゅっと締める。
「では私は・・・雇い人たちから情報集めしてくるわ」
ルイーダも銀縁眼鏡の奥の瞳を輝かせ、一同それぞれ持ち場に散った。
夜になって、ミミたちはそれぞれの成果を報告した。
「調べたところ、敷地は全て高い塀で囲まれ、しかも塀の上部には先端の鋭い鉄柵がある。どの門にも見張りは居る。正攻法の侵入ではまず無理だろう」とイザヤール。
「屋敷の中も、変な抜け穴とかそんなのはなかったよね」とリッカ。
「私はね・・・ちょっと気になる噂を聞いたの」これはルイーダ。
「私たちを最初に案内してくれた、若い雇い人さん居たでしょ。・・・あの人、数日前、旦那様と言い争いしていたって、メイドの何人もから聞いたわ」
「そう・・・」
ミミは少し考え込んで、一同にある可能性を伝え、明日の作戦を告げた。
いよいよ、予告の満月の晩となった。ミミはお嬢様の身の周りの世話をするメイド、として娘の側に待機し、残りのメンバーはそれぞれミミの指示した場所に待機した。
「・・・ミミ。くれぐれも、気を付けて」
結局庭師風はやめ、闇のターバンに漆黒のマントの目立たない装備に変えたイザヤールが、瞳と彼女の頬に触れた指先に感情の全てを込めて囁き、部屋を出ていった。
ミミは、ぽうと頬を染め、瞳の煌めきを増してうつむく。そんな彼女に、娘は尋ねた。
「あの方とミミさん・・・もしかして?」
若い娘らしく、恋の話に興味津々といった様子。ミミはますます顔を赤らめ、ようやく頷く。
「いいですね・・・みなさんに祝福されているのでしょう?」
その口調に僅かな寂しげな様子を感じたミミは、目を上げて娘を見つめた。
「・・・あ、ごめんなさい、無遠慮なことを言ってしまって。そうだ、ミミさん、お茶でも飲みません?」
娘は見つめられて、いくらか慌てたように言った。
「お茶なら、私が」
ミミが申し出ると、娘は首を振った。
「いえ、お世話になるのですから、これくらいさせてください。私、こう見えてもお茶の淹れ方は褒められるんです」
娘は、美しいシルバーのティーセットでお茶の仕度を始めた。
「今日新しく買ったお茶なんですの」娘は茶葉の入った壺の封を切り、嬉しそうに言う。「他のみなさんにもお持ちするよう頼みましょう」
呼び鈴を鳴らし、メイドにお茶を持たせると、ミミと娘もお茶を飲み始めた。
半分ほど飲んだ頃、ミミの目蓋が下がり始めた。長い睫毛が、ゆっくりと下りていく・・・。
ミミの目がすっかり閉じられると、ふいに部屋の灯りが消えた。娘は、恐怖感からか、鋭く息を吸い込む。
やがて、闇に紛れて、何者かがそっと部屋に入ってきた。それは娘を抱き上げると、素早く部屋を出ていった。娘は恐怖のあまりからか、声も出さない。
賊は娘を連れて静かに、巧みに人気のないルートを選んで、屋敷の裏門まで来た。そこの見張りも、どういう訳かぐっすりと眠っている。
音も無く門から出ようとした時、誰かが賊の前に立ちはだかった。
「・・・やはり見張り人数の一番少ないここに来たか。ミミの予想通りだ」
闇のターバンの下で、形のいい唇が弧を描く。屋敷の外にスタンバイしていた、イザヤールだった。
賊は慌てて来た方へ逃げようとしたが、そこには眠った筈のミミが立っていた。いつの間にか、ルイーダとリッカも来ていて、賊はすっかり囲まれていた。
「どうして・・・」
そう呟いたのは、賊ではなく、娘。ミミたちは、答える代わりに手の甲を見せた。・・・その指に光るのは、「めざましリング」。
「何か入れるとしたら、みんなが飲むお茶だと思ったの」ミミが娘に向かって言った。「あなたが関わっているにしても、関わっていないにしても」
娘は、泣きそうな顔でうつむき、賊の腕にすがりついた。賊も溜息をついて、覆面をはぎ取った。その下から表れた顔はやはり、ミミたちを案内したあの若い雇い人だった。
娘は、すすり泣きながら事情を話し始めた。
「私たち・・・本当に互いに愛し合っているの・・・。でも、お父様は許してくれなくて・・・」
「どうしてデュリオに濡れ衣を着せるようなことを?」
ミミが尋ねると、娘は申し訳なさそうに唇を噛んだ。
「普通の駆け落ちではすぐ捕まってしまうから・・・名のある盗賊にさらわれたことにすれば、すぐには探し出せない、そう考えたの」
「考えたのは俺です、お嬢様は何も」
若者は必死に娘をかばう。
「とにかく、無責任に人に濡れ衣を着せて、逃げ出してしまうのは良くないと私は思うわ。・・・ね、お父さんに、本当のことを言ってもう一度とことん話し合ってみたらいいんじゃないかな・・・二人の気持ちが真剣なら、きっと伝わると思うの。・・・私も一緒に行くから」
ミミの懸命な言葉に二人は素直に頷き、一同は屋敷の主の元へ向かった。
真相を聞いた主は、しばらく驚き呆れて声も出なかった。
「お父様、お願い!・・・私、この人となら、どんな苦労もできる、そう思ったの!」
「旦那様、俺は・・・お嬢様には決して苦労させない、そう決めてお連れしようと・・・!」
やがて、屋敷の主人はぽつりと呟いた。
「・・・バカもん。世の中そんなに甘くないわい。世間に出ていったら、娘が苦労するのはわかっておる」
「あなた・・・」主の妻は、悲しそうに、また取りなすように夫を見つめた。
「おまえはこの家から出ていけ。今すぐだ」
主人の言葉に若者はうなだれ、娘は唇を震わせて涙を浮かべた。
「・・・出て行って、妻子を立派に守れる生活を歩める男になったら・・・そのときに戻ってきて、娘に求婚するがいい。おまえたちが本気なら、それまで待てる筈だ」
主のその言葉を聞いて若者の顔は明るく輝き、娘の涙は喜びの涙に変わった。
「ふ~ん。意外に話せるじゃん、このオッサン。ミミの言う通りにしてよかったネ☆」
ミミとイザヤールにしか聞こえないが、その言葉が一同の気持ちを代弁していたと言ってもいいだろう。
こうして、デュリオの濡れ衣も晴れた。
「デュリオという方に、本当にごめんなさいと伝えてこれを渡してください」
娘はそう言って、駆け落ちしてからの生活資金に変えるつもりでした、と美しい宝玉を手渡した。
デュリオはミミから話を聞き、宝玉を受け取って眺めた。
「・・・ミミ、伝えてくれよ。二人が無事結婚して、揃ってオレに会いに来て謝ったら、許してやるって」
ただしちゃんと護衛つけねえと危ないぞ、そう付け加えて彼は楽しそうに笑った。
「ありがとな、ミミ。これはおまえにやるよ」
デュリオはミミにその宝玉をくれた。ミミはパープルオーブを手に入れた!
ミミとイザヤールは、カラコタ橋から帰路に就いた。イザヤールがぽつりと呟く。
「盗賊とはいえ、いい若者だな・・・おまえを盗まれなくてよかった」
そのセリフ、クサ過ぎ、とサンディがぼやく側、不思議そうに首を傾げるミミだった。〈了〉
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます