セントシュタイン三丁目

DQ9の二次創作(主にイザ女主小説)の、全くの個人的趣味なブログです。攻略の役には立ちません。悪しからずご了承ください。

忘れ草〈4・連作完結編〉

2015年09月17日 12時21分36秒 | クエスト163以降
遅くなりましたが連作完結編です。当サイトではお馴染み?の二人でいつものように歩いていてそれがただの移動ではなくちゃっかりデートになっているという普段の光景(笑)完全にこの二人の日常シーンというか。日常だから余計に幸せというか。様々な辛いことがあった分、こういうなんでもないこと何もかもが、二人にとって幸せなのかなと思います。これからもこの二人の日々と冒険は続きます、読んでくださってありがとうございました☆

 もう夏も終わりかけていた。ウォルロの滝が作る流れの側を歩いていたイザヤールは、鮮やかなオレンジ色の百合のような花が岸辺にたくさん咲いているのを見つけた。
「忘れ草、か・・・」
 呟いてから彼は、ずっと前にも同じように呟いたことを、ふと思い出した。ついこの間のことのようにも思えるが、それは百年以上も昔のことだった。弟子の為に少し季節外れの忘れ草を手折って持ち帰ったあの日。ウォルロの地の光景はその頃からほぼ変わっていないように見える。だが、実際は何もかも変わったのだ。何より、その光景を見ている自分たちが変わったのだから。
「ミミ」
 そしてそもそも、イザヤールは今は一人で歩いていなかった。彼は微笑んで、傍らに並んで歩いている恋人を呼び、彼女の手を引いて花の傍まで行き、花があることを教えた。教えられてミミは、濃い紫の瞳を輝かせ、彼の手をそっと握りしめたまま、花々の傍に立ち止まって眺めた。
 あの頃、師弟の間柄で互いに叶わぬと思っていた想いは、様々な試練を経て、こうして実を結んだ。本来は永遠に叶わぬ筈だった想い。イザヤールは一度命を落とし星となり、ミミは堕天使エルギオスを止める為に人間となってしまっていたから。だが、運命だったのか、それとも運命をも越えたのか、二人は人間として共に生きていけることとなった。
 天使と比べて格段に短く儚い人間としての命。だがだからこそ、互いを想い共に過ごす時間が、とても大切で愛おしい。
「身に着けてなかったからかもしれないけれど、忘れ草、全く効き目無かったの・・・」ミミはグラデーションを描く美しい瞳を花からイザヤールに向けて、言った。「イザヤール様を好きだという感情・・・。いけないって思ったし、知られてはいけないって苦しかったのに・・・全然忘れられなかったし、忘れたくなかった」
「そうだな」イザヤールも花からミミに視線を移し、優しくも真摯な力強い眼差しで見つめた。「私も忘れられなかったし、忘れたくなかった」
「きっと忘れ草は」ミミはつないでいない方の手をそっと伸ばして、触れるか触れないかくらい優しく花びらに指先を滑らせながら呟いた。「綺麗だから、その姿を見たら、束の間でも辛いことを忘れさせてくれる・・・。そういうことだと思うの・・・」
「ああ、きっとそうだな」
 そう答えてイザヤールも空いている方の手を伸ばしたが、向き直って触れた先は鮮やかなオレンジ色の花の方ではなく、ミミのクリーム色と淡い薔薇色のやわらかな頬だった。花に触れるより優しく、愛しげに指先を滑らせてくる感触に、彼女はその頬の薔薇色を更に濃くし、瞳を潤ませて彼を見上げた。
「おまえが、私にとって、忘れ草だったんだ・・・」イザヤールは、ミミの方頬を大きなあたたかな手で優しく包み、更に上向かせながら、囁いた。「どんな辛い任務でも、戻っておまえの笑顔を見たら、体の疲労も忘れ、疲弊した心が、あたたかく癒されていくのをいつも感じていた。・・・それは、おまえを愛していると気付く前から、ずっとそうだった。きっと・・・気付かないうちから、愛していたんだ・・・」
 守護天使の務めは、毎回必ず報われるとは限らない。救えなかった命、人間たちの浅ましい争い、魔の者たちの罠。それらはいくら強靭な精神力と言えども少しずつ蝕み、心を荒ませていく。天使界でも屈指の実力の持ち主と言われたイザヤールさえそうだった。
 だが、そんな凍えた心も。一日の務めを全て終え、自室に戻ってくると、窓からは暖かな色の灯りが漏れていて、扉を開ければ・・・ぱっと顔を輝かせて立ち上がり、「おかえりなさい、イザヤール様」と花開くような笑顔で言ってくれるミミが居てくれて。彼女の顔を見たとたんに、和み慰められ、解れていくのを、イザヤールはいつも感じていた。美しい花が心を洗い、暖炉の火が安らぎを与えるように。愛しいと、傍らに居てほしいと願ってしまうようになるまで、自覚しないまでもきっと時間はかからなかった。
「イザヤール様・・・私だって・・・」弟子だった頃から、あなたの微笑みが、褒めるときになでてくれるあたたかな手が、凛とした生き方の姿勢が、私にずっと力を与えてくれた、ミミは囁いた。イザヤール様のようになりたい、イザヤール様のような立派な守護天使になりたいという思いが、恋心だと気付くのに、やっぱりそうかからなかった・・・。イザヤール様を喪って心が壊れそうだったそのときさえも、優しい思い出という形で、ずっと寄り添ってくれていた。そして、これからは。「あなたが居てくれれば。辛いことなんて忘れてしまう。ううん、辛いことなんて、今は何もないの」
「ミミ・・・」
 花を愛でなくても、恋をしなくても、誰かを愛さなくても、生命体として体は維持し、生きてはいける。だが、それらに伴う優しい感情は、辛い状況を生き抜くのに大きな力を与えてくれた。叶わぬと思い苦しかった恋も、決して不要なものではなかった。二人は今、それが素直に嬉しかった。
 イザヤールは、ミミの頬に添えていた手を、艶やかな髪を梳くように後頭部に滑らせ、ゆっくりと唇を重ねた。もう片方の手は互いに固く握り合ったままで、手から、体から、唇から、生きている証であるぬくもりが、伝わっていく。
 ほんの短い間だったのか、それとも、かなり長い間だったのか。とにかく、ようやく二人はかすかに照れくさそうに顔を少し離して、微笑み合った。それから、二人で忘れ草の中で一番気に入った花を一本選んで、それだけ手折り、イザヤールはミミの髪にそれを挿してやった。もう二人の恋は、辛い恋ではないから。身に着けていても、大丈夫だと。

 その日の深夜。ベッドの脇の小卓に、昼に摘んだ忘れ草が一輪、活けられている。互いのぬくもりにぴったりと包まれて眠る二人を優しく見守るように。明日には散ってしまうにしても、今このときは美しい花弁をいきいきと開いて。
 たとえ心の中の記憶が奪われたとしても、体の全てが、愛しい恋人の愛も声も感触も香りもあたたかさも、何もかも、覚えている。だから、決して忘れてしまうことはないのだと、融け合うように密着した体は告げて、二人はどんな夢よりも幸せな眠りを、朝まで続けた。〈了〉
コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 忘れ草〈3〉 | トップ | わすれそうパニック! »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿