いきなり初めからこんなタイトルですが、最近しばしば考えることがあり、偶然にもそれ関係の記事を読む機会が多い。
よく外国人の友達が日本に来て電車に乗り始めると、みんなよく言うことの一つに電車内で中年の日本人男性がよくアダルトな雑誌、新聞、たまに漫画を見ていることが信じられないという。確かに、僕が今まで行った国々を考えると、日本だけかな、と思う。でも友達に言われるまで、この事についてはあまり考えることはなかった。確かな答えは未だでていないが、日本人女性友達もこれに関しては不愉快に思っている。そりゃそうだ。男性諸君、公共の場所で人々が男性の裸が載っている新聞をそこらじゅうで見られている世界を想像してみて下さい。あまりいい気分じゃないですね。
しかし、現実は上に述べたとおりです。ここで感じたのは、社会にはまだまだ、ていうか全然女性の価値観が反映、または理解されていないというものだ。大手新聞会社(読売、朝日、毎日など)を調べると働いている女性の数はおよそ1割、その多くが位の低い地位にいるという。つまりニュースの決定権は基本的に男性が持っていると言える。それが新聞、テレビで流れてくるのだからしょうがない。(新聞とテレビは基本的に同じと考えてもいいだろう。というのも新聞会社がテレビを所有しているからだ。例:読売は日テレ、朝日はテレビ朝日、毎日はTBS、産経はフジ、日経はテレビ東京)彼らは女性的価値観からニュースを伝える意思もないように思える。日本と東南アジアから売春婦の関係や女性の平均所得が男性の半分以下など、大きな問題もなかなか取り上げられない。
このような男性的視点のニュースが蔓延している世の中なら、自然と電車でエロ本読んでいても不思議ではないのかもしれない。
ここで終わろうと思ったがもう一つ。なら海外はどうなのか。確かに公共で日本人中年男性がするようなことは見受けられない。しかし、ジャーナリズムの世界はどうも似たり寄ったりみたいだ。
最近面白い記事を読んだ。その記事によると、今年9月のプレイボーイ誌でオリンピックに出場した12人の女性がスパイクや棒、プールのジャンプ台でヌードになっているという(未確認!)。そして、アメリカでもっとも放送されたのが12人のビーチバレーダンサーが踊る、ビーチボール女子だ。なぜか。美しい体を作り上げた女性達が最新の水着で飛んだり跳ねたりするからだ!アメリカのテレビを見ると、日本では放送不可能なレベルであることからうなずける。記事を書いたLydia Sargent いわく、2008年では女性は完全にヌードになり、プレイボーイもヌード写真を撮るのにあまり苦労しなくてすむだろうと推測している。ありえないけど、特に北京では。
個人的な経験からいうと、ニュージーランドの大学いた時、女の子の露出度ははっきり言って日本に比べてはるかに高い。日本の女子高生の冬でもミニスカート根性は尊敬するが、ニュージーランドの女の子も負けてない、彼女らは雪が降ってもへそだしローライズだ!(関係ないが冬の雨の日でも男はTシャツに裸足なんてざらにいる!)不思議なことに、女性へのファッションにおける社会的プレッシャーは西洋の方がはるかに高いと感じる。この差は何なんだろう。しかし時が立つにつれ、まぁグローバリゼーションという名前で世界は均一化されるだろう。最近日本でテニスの試合があった時、シャラポワとかいう身長180センチでモデルもする選手がやたら注目された。明らかに彼女のプレーより容姿が注目されたのは言うまでもない。観客のほとんどが彼女目的で来ていたみたいだ。もちろんスポンサーとしては最新のテニスウェア(あれは本当にテニスのためにデザインされているのか?)を着せ、上のプレーボーイ状態だ。女子テニス選手のウェアでへそだしウェアを着、今じゃローライズスカートを履く選手まででてきた。日本人男性と女性諸君、見ている側から見られる側に来るのは時間の問題であろう。
勝手な意見だが、日本人の女性オリンピック選手にヌードにはなってほしくない。
参考記事:
How the Japanese Press Became Lapdogs Instead of Watchdogs
HOTEL SATIRE: Boobs, Bellies, & Buns
by Lydia Sargent in
Znet