人其々、想い出の品が在る。
吾は、過去の想い出としての品は一切棄てた。
邪魔だからだ。
青春時代の若かりし頃、交際していた幾人の女性と交わした手紙、デート先で撮った写真やプレゼント等は一切棄てた。
破局し、関係を絶って以後も其れ等を後生大事に取って置く趣味は無い。
そんな物はゴミである。
結婚し、子供が産まれ、家族旅行した時に撮った写真。
離縁して家を出る時、阿婆擦れの元妻から想い出に持って行ってはどうかと云われたが、阿婆擦れの元妻と、吾の種では無い浮気相手の種の子供と吾と三人が写った写真をなにゆえ有難がって貰わねばならぬのか。
抑々、過去の想い出の品を保管しておく癖が無いので、吾のプライドがズタズタにされた想い出の品等は要らぬ。
例え、楽しい想い出での品とて要らぬ。
矢張り邪魔である。
そんな想い出の品を眺めて、過去を懐かしんでみた処で何の得にもなりはしない。
何の癒しにもならぬ。
繰り返すが、例え楽しい想い出だとしてもだ。
記憶の中からも消してしまいたいくらいだ。
此れは余談であるが、吾は中学生一年の秋に転校の経験が在る。
其れ迄に仲良くしていたクラスメイトは結構居た。
転校する時、色紙に寄せ書きをして手渡してくれて、皆が送り出してくれたのである。
嬉しかった。
転校してから月日が経ち、いつだったか確かFacebookで当時の友人等が同窓的な窓口を開いていたのを見付けたので、吾はコメントを入れて是非仲間に加えて欲しいと願い出た。
メンバー等は画像を添付していた。
皆は歳を食っていたが、面影は当時の儘だった。
懐かしく憶えの在る名前が其処には在った。
吾はコメント欄に、
「〇〇です。皆さんお久しぶりです。転校してからと云うものの、慣れない土地での生活や人間関係で皆さんに連絡する事も出来ずすみませんでした。憶えておられますか?」
と投稿した。
すると直ぐに反応が在った。
「〇〇...さん...? 記憶に無いなぁ。当時は何組におられましたか? 担任の名前が分かりますか?」
吾は当時の担任の名前を挙げた。
そして、憶えている当時仲の良かった連中の名前を挙げた。
其処に参加していた他のクラスメイト等も、吾の事は知らない、記憶に無いと声を揃える。
中には小学時代の卒業アルバムを引っ張り出して確認する者も居て、
「確かに〇〇さんの名前が在り、顔写真も在るけど、当時の記憶が無いんです、すみません」
との返答。
此処に参加しているクラスメイト等の殆ど、殆どと云うか全員が憶えが無いらしい。
誰でもいい、吾の事を憶えていてくれないかと、抗ってコメントのやり取りをしてみたが駄目だった。
此れ以上、不毛な遣り取りをしても意味が無いと思い、吾は退出した。
此処のサイトでは、同窓会も開かれていて、卒業アルバムや名簿等から幹事が連絡を取っている。
散り散りになったクラスメイトを探し出し連絡を取ってもいる。
どうりで吾には其の声が掛からなかった訳だ。
抑々、誰の記憶にも無い者を探し出す事も無いし、あとは当時の存在感の有無である。
吾は存在感が無かったか、嫌われていたかの何方かである。
では、転校時に寄せ書きをして手渡してくれた色紙、あれは一体何だったのか...。
振り返る度に不思議でならない。
当然此の色紙も廃棄した。
まぁ、別に其れはどうでもいいし、気にはならぬ。
他人はそうではないと思うが、吾にとって過去の想い出は邪魔でしかない。
中学生時代、高校生時代の当時のクラスメイト等も同窓会を数回行っていたと聞いたが、吾は一切知らない。
矢張り、物好きな奴がサイトを立ち上げてコミュニティを作っていた。
少し覗いて見た。
当時の連中等が其処に寄り集まっていて、3年前も同窓会が在った様だ。
同窓生と一堂に会して親睦を深めるのは良い事である。
人生を豊かにするイベントの一つでもある。
其れ等のイベントは、吾には無縁の事であった。
吾の記憶に強く残っている事は、祖父母の恩だけである。
今こうして何とか元気にやれて、こうして悪態を吐けるのも祖父母の存在だった。
今は亡き両親が居なければ吾も居なかった。
両親が吾を捨てなければならなかった当時の気持ちは何だったのかは未だに解らない。
そうせねばならぬ事情が在ったのかも知らぬが、其れを確かめようにも、両親は既に他界している。
吾には、過去の良い想い出は殆ど無い。
ん?
そう云えば、祖父母の恩以外にもう一つ在った。
吾を忘れて周りが見えぬ程に惚れ合った女が居た。
唯一在る想い出と云えば、毎週末に逢えばSEXに興じて体を貪り合った想い出が在る。
まぁ、碌な想い出は無い。
過去の豊かな善き想い出は、其の人の人生も未来も豊かにする。
其の逆で、過去の悪しき想い出が、其の人の人生の軛となって邪魔をし、軌道を外れた人生と未来を歩む事にもなる。
悪しき想い出の記憶は消える事は無いが、せめて悪しき想い出の品だけでも捨て去ってしまった方がいい。
だが、吾は善き想い出の品とて邪魔である。
過去を懐かしんでみたとて、何の益も無い。