思無垢

正直に生きたい♪♪

東京へ行ってきました

2013年03月28日 | 日記


千鳥ヶ淵

 東京へ行く機会があり、24日に出て27日に帰宅しました。千鳥ヶ淵の桜が満開だと聞き、訪れました。満開の桜が堀の水面に映った美しい景色を楽しみました。桜の名所と聞いていましたので、もっと沢山の桜の木があるのかと思っていましたが、案外木の本数は少ないように思いました。城内の武道館では、日本大学の卒業式が行われていました。靖国神社にも参拝してきました。渋谷のあの大きなスクランブル交差点もわたってきました。

靖国神社

 鳥居をくぐったところに、高い石柱の上に大村益次郎の銅像が立っており、四方を睥睨していました。私には大阪の馬場町の大村益次郎殉難碑の方が落ち着いて趣があるように思えました。
 横浜みなとみらいの大観覧車にも乗って横浜港の全貌も見てきました。イギリス人の大道芸人が達者な日本語を操って松明や背の高い一輪車の芸を見せているのを、石の階段に座って花冷えと港の寒い風にさらされながら長い時間見とれていました。最後に例によって帽子を回して投げ銭をねだっていました。神社やお寺ではないので、一円玉や5円玉ではなく、紙の折りたたんだのが欲しいねと言いながら。中華街で夕食を摂って帰りました。結構多くの人出で賑わっていました。

 東京で感じたことは、人々の顔付が大変厳しいことでした。歩く人も電車に乗っている人も、何か額にしわを寄せて、何かあれば突っかかってやろうと思っているのではないかと見えます。電車にも、若者も年よりもわれ先に乗り込み、座ろうと必死の形相のように見えます。停車駅で席が空くと我勝ちに座ろうとします。大阪では席が空くとやおら周囲を見渡して、座りたいと思っている人がいないかと確認してから、座りますよね。人が多いと競争に打ち勝つためには余裕をもってとは言っていられないのでしょうね。大阪の方が暮らしやすいですよ。


モスクワ最後の日

2013年03月22日 | 日記


クレムリンにて 大きな鐘 火事の際、消防用水に冷やされて亀裂が入り欠けた

 これまでの好天が、打って変わってこの日は雪。午後は帰国のため空港に向かうので、午前中のクレムリンの観光。武器庫などで帝政時代の王冠や宝石、黄金の馬車などを観覧しました。大統領府には、この日はプーチンは不在とのことでした。

ウスペンスキー大聖堂

1586年に鋳造された口径89㎝の大きな大砲。実際に使用されたことはないとガイドブックにあるが、それは間違い、使われたことがあると地元ガイドの話し。砲弾は装飾用とのこと。

 サンクト・ペテルブルグとモスクワの宮殿や美術館などで、目映いばかりの壮麗な建物やきらびやかな宝飾品を見学して、権力者の絶大な力で人民を搾取して収集し、戦利品として強奪したその恐ろしさに、素晴らしい、美しいを通り越した空恐ろしさも感じました。そしてまた、革命や戦争の破壊からよくもまあこんなに残されたものだと感心もしました。破壊され行方不明になったものも多くあると考えられます。権力者のいっときの栄華も、死とともに終わり、人間の営みの空しさも一方で感じます。

 今回の旅行は、季節外れということもあってか、どこへ行ってもゆったりと見学ができてよかったと思っています。ロシアの厳しい寒さも体感できましたし、スーパーマーケットにも買い物に行けました。飛行機も往復ともよく空いており、窓側3席を二人で使えました。成田モスクワ間はおよそ10時間前後で、余り苦になりませんでした。英語が読めたり話せるわけではありませんが、見慣れぬキリル文字には閉口しました。


モスクワ二日目

2013年03月21日 | 日記


トロイツキー聖堂

 午前中はモスクワ郊外の古都セルギエフ・パッサートへ。バスで約1時間45分くらい。トロイツエ・セルギエフ大修道院のウスペンスキー大聖堂、トロイツキー聖堂に入場しました。丁度ミサが厳かに執り行われていて、美しい声で賛美歌を歌っていました。写真撮影の許可を得るために100ルーブルが必要でしたが、おまけに賛美歌のCDを貰いました。帰宅して聞きましたが、なかなか良い音楽でしたよ。

イコン画 聖母子像

 昼食前にマトリョーシカの工房によって、絵付け体験をしてきました。可愛くできましたよ。
 モスクワに引き返して午後からは、トレチャコフ美術館に入館してロシア絵画の名作を鑑賞しました。


モスクワ一日目

2013年03月20日 | 日記


「雀が丘」からモスクワの中心部を眺めています。背後はモスクワ大学があります。正面の円形の大きな建物は、モスクワオリンピックの時のメーンスタジアム。手前の川はモスクワ川。冬のこの時期、このように視界が開けるのは珍しいとのことです。

 サンクト・ペテルブルグから空路1時間40分ほどでモスクワに着きます。モスクワの街はあまりきれいな街とはいえません。空港から市内までの道は、どこの空港でもそうですが、殺風景で雪で覆われて余りわかりませんが、道の両側はがれきが転がった薄汚れた景色です。道を走る車は、どれも泥まみれで、わずかにリアウィンドウがワイパーで拭った跡が見えて視界が確保されているといった状態です。市街地を走っている車も同じようなものです。渋滞もあります。

ヴァレクレセンスキー門

 「赤の広場」を散策しました。石畳の広場ですが、ソ連時代軍事パレードが行われたところときいていましたので、もっと広大な広場かと思っていましたが、それほどでもありませんでした。門をくぐると、右側にクレムリンの城壁が聳えており、左側には、グム百貨店があります。レーニン廟は、修復中で白いテントがかかっています。反対側にスケートリンクが設けられていました。それほど賑わってはいませんでした。
 「赤の広場」というので、赤軍の軍事パレードを行うことからそう呼ばれているのだと思っていましたが、実は、赤はロシアでは美しいということなのだそうです。昔からずっと「赤の広場」と呼ばれてきたそうです。でも処刑台の後も残されており、帝政時代には多くの血が流された忌まわしい場所というイメージが拭えませんでした。

国立歴史博物館


グム百貨店 アメリカンコーヒーを飲んで一服しました。

 夕食後、暮れなずむ頃、ライトアップされた広場を眺めながらホテルに帰りました。

聖ワシーリー寺院


サンクト・ペテルブルグ二日目

2013年03月19日 | 日記


エカテリーナ宮殿

 この日はまずエカテリーナ宮殿の見学に行きました。きらびやかで堂々とした建物でした。第二次世界大戦でのレニングラード攻防戦で大きな破壊を受けましたが、美しく復旧されていました。

宮殿内部の廊下をずっと見通しています。開館一番乗りで見学しました。

宮殿内の「琥珀の間」 こっそりと撮影しました。

 庭園も素晴らしいと聞いていましたが、雪で覆われ美しさをしのぶよすがもありません。午後は、ロシア美術館のイコン画をはじめとしたロシア美術のコレクションを楽しみました。
 夕食後、エルミタージュ劇場でチャイコフスキー作曲の「眠れる森の美女」のバレーを鑑賞しました。ダンサーもオーケストラも超一流ではありませんでしたが、一応本場の舞台芸術を堪能しました。広島からクラブツーリズムできたというおばさんが、「あなた方はツアーの代金に入っているのですか!私たちはオプションで18,800円を払ったのですよ。」と大変羨ましがっていました。
 終わって、サンクト・ペテルブルグの夜景を見ながらホテルに帰り、明朝早い出発に備えてあわただしくスーツケースに荷物を詰め込みました。