聴者にとっての手話ってなんだろう 「わたしの主観と、手話コミュニティー」
2018年度の1年間それいゆスタッフ代表を務めていた、ひらひらです。
平成が終わるまであと数時間というところ、焦ってPCの前にいます。
誤字脱字等、許してください。
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※このコラムは「手話の基礎知識」「日本手話」「日本語対応手話」等、手話知識について言及するものではないので、その旨ご理解ください。
それについては一部、昨年2017年度代表せんぱいがコラムに書いています。
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わたしは大学生になるまで「手話」に関心はありませんでしたが、1回生5月のある日、なにかのきっかけで手話サークルに入ったわたしはその後4年間手話サークルに通うことになります。
聴者にとっての手話ってなんだろう...?
「わたしにとっての手話ってなんだろう」
と考えたものを3つにまとめてみました。
① 手話サークルという居場所を私に与えた。
わたしの知る手話学習者がよく話すことですが、手話を通して、様々なイベントや交流会に参加するなどして、学生生活の多くの時間を手話学習に費やすことになり、手話サークルが私の居場所になりました。
また、フットワークの軽かった大学2、3回生の私は、いろんな大学の手話サークルや聴覚障害関係のイベント等に参加することで、関西のいろんなところに知り合いが増えました。
② 手話で簡単なコミュニケーションが取れるようになった。
わたしはあまり真面目ではありませんでしたが、手話サークルに参加するうちに簡単な自己紹介や会話もできるようになりました。積極的に、動画資料を集めて、手話言語に関して言及されている本を読み漁るということをしなくても、ある程度は読み取れ、表せるようになりました。
少し前に、手話でのコミュニケーション能力をはかる「全国手話検定」というものを受験しました。人に勧められたというのもありますが、最終的には何か形に残るものが欲しかったので、1級に受かって嬉しかったです。
実際はというと、同年代のろう学生とのコミュニケーションで学生らしい話で盛り上がれるくらいには意思の疎通はできます。が、初対面の手話を母語とする年配の方と手話でコミュニケーションとるのは、少し抵抗があります。ゆっくり表してもらえないと読み取れません。
このブログを見てくださっている方は手話サークルそれいゆの活動が「声なし」で行われていることはご存知かと思いますが、それいゆを通して知り合った聴の友人とは、個人的に会うときもお互い「声なし」「手話」でコミュニケーションをとることもあります。
聴者同士が「声なし」「手話」でコミュニケーションをとることに、違和や嫌悪を覚える人もいるかもしれません。本来聴者同士のコミュニケーションには必要のない手段ですから。
しかし、手話を介して知り合った場合、そこには「声を出さない」聴者のコミュニティーが確かに存在します。これについては、いずれ追記することもあるかもしれません。
③ 居場所だけでなく、「表現する」場を作ること。
それいゆではない場所で講演企画をしました。前に立って自由なテーマで話すというものです。講演が目的ではなく「人の前に立って手話で話す」という経験ができる場を作りたくて、このような企画を立てることにしました。この企画自体は1度きりでしたが、積極的にコミュニティーを築くのが苦手な人にもそんな体験ができる場が、あればいいなと思います。
それいゆでよく見る「みんなが話を分かっているかどうか確認しながらすすめよう!」という状況の一歩先に行けたらいいなと、そんなことを考えた1年でした。
最後に、
大学手話サークルで手話を学んだ人の多くは、卒業から時間が経つとともに手話を忘れていき、手話を通して築いてきた居場所も多かれ少なかれ失わます。少し寂しいです。
自分の学生時代と、コミュニティー、手話コミュニケーションを認められるように、わたしはこれからも手話で誰かと話せたらと思います。それいゆで会ったら、ひらひらと話してあげてください。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
ひらひら
2019年(平成31年)4月30日火曜日
2021年(令和3年)10月16日土曜日 追記・修正
以下の記事も合わせて読んでいただけると嬉しいです。
聴者にとっての手話って何だろう Vol.2
聴者にとっての手話って何だろう Vol.3
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