神戸学生手話サークル「それいゆ」

関西の大学手話サークル同士の意見・情報交換や、交流の場となることを目的に活動しています。

この一年を振り返って~小さな渦を大きな渦へ~

2022年12月24日 | コラム


皆さん、こんばんは。
たねです。

とある人と話していて、久しぶりにコラムを書こうと思い、深夜の今パソコンの前に座っています。
いわゆる深夜テンション(/・ω・)/(/・ω・)/(/・ω・)/で書くので、まあまあ文章が変かもしれません。
ご了承ください。

あと、毎月コラムを更新するという目標を持っていましたが、、、、。
残念ながら、達成されることはありませんでした、すいません(笑)
なので今後は、自分が何かをしていて大切だ!!と思ったときに、思ったことを書いていこうと思います。
よろしくお願いします。

ーーーーーーーーーーーーーーーー
今回のテーマは、「この1年を振り返って」です。

たねの今年度が始まって、今まで自分が何を成し遂げて、何を成し遂げていないのか。
それを振り返りたいと思います。
まあ、年末ですし、こういうのでいいじゃないですか!←
始まり、始まり~。

私は最近、修士論文を書きながら、空いた時間に手話の勉強をしたり、いろんな大学の手話サークル(5つくらい)に行っていろんな人と交流をしたり…という生活をしています。

なぜそんなことをしているのかと言うと、
今年度のたねの目標である、「手話を楽しいと感じる学生を増やしたい」という目的を達成しようとしているからです。
(SNSで活動するのも一定の効果があり大切ですが、現地に行ってでしか見えないものも多くあると思います。)

今の学生手話サークルは、昨今のコロナ禍の影響をかなり受けています。
それは、オンラインでの手話活動で運営が大変になったり、自分の学校の勉学や活動に精一杯になったり、自然と外部に出るという発想であったり、他の学校の学生と交流するためのノウハウや機会がなくなってしまったり…コロナの収束を待っている間に、「手話を楽しい」と感じるため大切なことが、失われてしまっていることが原因なのかなぁと感じます。

そして、そのような状況の中、私がいろんなサークルに行っていて一番変えたいと思ったのは、「手話を楽しいと感じ、手話を学ぼうとする学生」が、本当に少なくなってしまった状況、そして、「手話を楽しいと思っていても、それをどこで広げていけばいいのか分からない」という状況です。


(自分が学部生の時にはもっと多くの方が楽しむ場があったような…?)


誰かがその状況を改善してくれるだろうなんて思っていては、無くなってしまう。自分が動かないといけない。

そう思ったとき、私は大きく分けて2つの取り組みを行おうと思いました。

①自分の手話を見た人が、「手話ってすげえかっこいい!」「手話っておもろそうだ!」って思えるような、魅力的な表現を使いこなそうと手話を練習し始めたこと

②自分が小さな渦を作り、色んな交流の場を作ること

ーーーー
①自分の手話を見た人が、「手話ってすげえかっこいい!」「手話っておもろそうだ!」って思えるような、魅力的な表現を使いこなそうと手話を練習し始めたこと
手話を楽しいと感じる学生が少なくなった現状において、まずは自分自身が「手話と言う言語って、そもそも何なんだ?」ということを勉強し、「手話ってこんだけ魅力的なんだぜ」ってことを伝えていかないといけないと感じました。


今までの私は、手話言語学の専門書であったり、ろう者との交流や、手話通訳の養成講座の受講を通じて、手話を理解することに努めてきました。その一方で、まだ理解してないこともたくさんありました。
そのため、今年1年は、調べてもなかなか出てこない情報を自分で集めようと思いました。
(インターネット上で、手話の文法を体系的に記したものにあまり出会ったことがないので、そう思っています。原始人さんのブログとかありますが、自分はあまりピンとこなかった…。)

そこで、今年種村は、とある日本手話を習う講座に通いはじめました。
そこではネイティブのろう講師から、首振りやロールシフトのやり方、「あ」「お」などの口型の使い方、眉毛の動き、目の開閉、などの非手指動作について教えてもらうことができました。

また、講座に通う中で疑問に思っていることを講師の方に質問したり、個人的に知り合いの手話言語学の研究者に表現を確認してもらうなど、自分の知っていることを増やそうとしてきました。

その結果、ろう者がなんとなく表してる手話や、細かいNM表現の意味が色々分かり始めたのではないかと感じることが増えていきました。

そして、専門書やろう者の語りを根拠とし、以前よりも、今までの自分の経験や得た知識をいろんな場所で還元できたと感じる機会が増えました。
そして、手話の表現が以前よりも変わってきたような気がしました。
やったぜ!!!レベルアップだ!!!ひやっほ―――――!!!(/・ω・)/
(しかし、口が裂けても「手話が表現できる」と言うことはできません。←急に冷静)



そうすると、ある一定、自分の話している内容に興味を持ってもらえ、以下の理由で聴者の学習者が手話を楽しんでくれたように感じました。

・聴者の自分が楽しそうに手話を表すことで、「手話っておもろいかも…」って思わせることができた
・新しく手話の学習を始めた人に、手話学習者ならではの悩み・躓きや知識を共有する
・手話と言う言語に「どのような文法があり、どのように表現することが可能なのか」を学習者ならではの立場から、理解しやすいように伝える(本当にできたのか怪しいですが…)


その人たちが、さらに学びを深めて手話が上達していくことはもちろん、後輩ができたときにその知識を伝えていくことで、より手話に興味を持ってくれる人が増えていくこと。
そういう機会があったらいいなと思うばかりです。最後まで見届けていきたいですね。

手話に関する質問をされたなら、本やネイティブの人の考え方などの根拠を持ち、間違いが少ない情報を伝えたい。ネイティブではない自分は、そういう思いを持ち続けてきました。ただ、自分の示した根拠自体が間違いないのかどうかということを踏まえ、まだまだ自分が勉強していかないと感じています。


これからも、自分の知っていること、経験してきたことを増やし、いろんな場面で還元できるように頑張りたいところです。


②自分が小さな渦を作り、色んな交流の場を作ること
何でもそうですが、私は基本的に、思い立ったら即行動してしまう人間です。

でも、一人ではうまくいかないことも多々あります。だって、人間の体、一つしかありませんもん(笑)

学校同士のつながりを一人で取り戻すのは困難です。
そこで、私はコネを集めに集めて、とある交流会を開催しようと、いろんな大学のサークルの友人を頼りました。

コロナ禍では他者と交流する機会がなくなっているので、過去を知っている人間がそのような機会を作ることは大切だと思いました。そして機会を作ったのなら、これからの世代の人々がその活動を後世に受け継いでいって欲しいと思っていました。 


過去のブログでも書きましたが、自分が学部生の時に一番楽しんでいた「話を通じた他大学の人との交流」のお力を借りして、学生手話コミュニティを盛り上げよう!ということですね。

なんだかんだ急ピッチで企画して、
その割には、なんだかんだうまく進んで
なんだかんだ、その企画に多くの人が集まり、

自分が思っていたよりも反響があったようです。
そして、今後どのように他大学との交流をしていくのか、と言う話で盛り上がっているようです。当初の目的である、きっかけづくりを達成できて、私は嬉しい限りです。
なお、1月にも、他の大学の人達と交流をする場を作る予定です。



このような他者との交流とは
恒常的に手話を使う場所、手話を磨ける場所、手話が面白いって感じる場所、手話で負けたくない相手が見つかる場所、など…手話が上手くなるためのいろんなメリットが埋め込まれていると思います。

そして、手話と言う言語の性質上、地域性が(良くも悪くも)大きいので、他者との交流を通じて、手話の多様性に触れ合う機会になります。

手話と言う言語を一つのクローズドな場所だけではなく、いろんな場所で使うことで得られるものも多くあると思います。

ドラマのsilentの影響もあると思いますが、もっと積極的に他者と交流し、手話を楽しいと感じてくれる人が増えたら何よりです。そして、その影響を受けて、それいゆと言う場が盛り上がってほしいと切に願っています。


ーーーーそして、やり残したしたこと。----

今年度で、私はそれいゆのスタッフを引退します。

それは、今日までさまざま活動してきて新しい芽が出てきたと感じたので、自分が2年間それいゆの代表として課せられた使命が終わったと思えたからです。

それいゆと言う場所は、
大学2年時に人生で一番疲弊していた自分にとって、唯一の居場所を作ってくれました。
そして、私が手話を楽しいと思わせてくれた場所でした。

そして、自分が、自分らしい手話をすることができる、唯一無二の場所でした。

だからこそ、コロナに負けず、この場所をより良いものにしたいと強く思ってきました。
それが、先輩方にスタッフに誘ってもらい、いろんな相談に乗ってもらったことの恩を返せる、唯一の恩返しだと思ったのです。

だから私は、
・他のスタッフが不安なく活動できるように、
・それいゆに多くの人に来てもらえるように、
・魅力的な場所であれるように、
・今後も受け継がれていくように、
自分が必要と思うことはすべてやろうとしてきました。



(診療だってやってきました←)

そして、その場所で
2020年にはコロナを耐え、

2021年にはそれいゆの今後の在り方を考え、
2022年には学生手話コミュ二ティの雰囲気を変えるために、それいゆとしても、個人としてもできる範囲の活動に全力で取り組んできました。

たかがサークル、されどサークル。所詮余暇活動なのかもしれません。
他の人から見たら、意味わからない・かっこ悪い・馬鹿だね・無理に決まってるじゃん、って思われるようなこともあったかもしれません。

しかし、私は、自分のことについては
失くなって困るプライドなら、はじめからそんなプライドなんか必要ないって思っていました。
さらに、他人が僕の理想に「無理だ」とネガティブな言葉をかけてきても、その人の中の物差しで測っている「無理」であって、私は常に「できる」と思ってなんでも行動してきました。

全く分からない未来に答えを求めても、答えは分かりません。

今「できること」を積み重ねていくことでしか、答えは導き出せません。

私は、それいゆを守るために、
自分のしょうもないプライドを捨て、妥協をせずに、目の前のできることに最善を尽くし、
このコロナ禍の3年間を駆け抜けました。


一度きりの人生、このコロナ禍で過ごしたそれいゆでの3年間に後悔などありません、あろうはずがありません。
なんて贅沢な時間だったのでしょうか。

私は、
自分のしたいこと全部やっているのですから。
手話に真剣に向き合って、時には悩みながらも、楽しんでいるのですから。
自分の後悔のないように人に自分の意見を伝え、決断しているのですから。
(ただ、心残りを言えば、周りを振り回してきたので、それは申し訳ないと思っています…。)


それいゆから離れることは寂しいです。

ですが、下の世代が活躍したり、頑張っている姿を見て、「自分が活動するよりも面白いものができるのでは?」という期待で、胸が高鳴っています。

下の世代にバトンタッチしていく時間を迎えたのです。
私の役割はもうすぐ終わるのです。

そして、
私は、この思いを引き継いでくれる人たちがいるという確信を持っています。
あえて名前を出すことはありませんが、その人たちが私の行動を見てくれていたと信じています。
そして、その人たちが、これからの未来を何とかしてくれると信じています。


僕にできて、みんなにできないことはない。間違いありません。

これからのそれいゆ、そして学生手話コミュニティーを任せましたよ。

ーーーーーーーーー

私は、「自分の経験してきた知識や技術を伝える」という自分の最後の使命をやり残しとしつつ、スタッフとしての終わりを迎えたいと思います。
最後の例会が終わるまで、私は全力でそれいゆに取り組みます。
そして最後の最後まで、泥臭く足掻いて学生手話コミュニティの振興に努め、小さな渦を大きな渦へと変えていきます。

それいゆでのたねの雄姿を見たい方、是非、1月、2月、3月、どこかの例会でお会いできることを楽しみにしております。(1月は22日、2月・3月は26日です。今から予定空けてくださいね~(/・ω・)/)


あ、ここまでなんかめちゃくちゃ真面目に書いていますが、たねは今後も元気に生きていきますよ。




ここまで12000字超…。書きすぎました。
まだ書き切れていない思いがたくさんありすぎます。
・なぜそれいゆを盛り上げるために、それいゆと関係ないことしていたのか、
・このたねの1年を他のスタッフや元スタッフの人はどう見ていたのか、
・自分の手話がどう見られていたのか、
など…
気になるところが山盛りですが、それは後日の別頁にて。

スタッフとして残された最後の時間まで、私は全力で駆け抜けます。
そして、全力で手話を楽しみます。

文章では一方的なコミュニケーションになるので

このブログを見て私に興味を持った方らいらっしゃれば、
是非、お会いしましょう。

お待ちしています。
様々な学生が、スタッフを務める、このサークルで。

2022.12.24
スタッフ:たね

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« ☀️2022年度 12月クリスマス例... | トップ | ☀️2022年度 1月例会宣伝☀️ »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

コラム」カテゴリの最新記事