電車の窓に切り取られたいつもの街は赤を介せずして青から黒へと変化しつつあった。煌々と光る車内の照明がやけに寒々しい。それとは相反する、座席の下の方から足元に吹き寄せる熱風がやつれ顔の乗客の眠気を誘っている。
青と黒の境を彷徨い続ける空のところどころを灰色の雲がどんよりとした重量感をかもしだしながら、ちっとも流れず居座っている。
ローカル線とはいえ比較的利用者の多い、住宅街の中にある駅をいくつか過ぎると、それなりに混んでいた車内も広くなり、人が去ったあとの特有の侘しさが漂いはじめる。
もし今、車内に閉じ込められたら、とふと考えた。誰もが心のどこかで自分はきっと有用な人間だと信じているはずだ。だから自分だけは助かる、一番に助けてもらえる、と勘違いしているに違いない。かくいうわたしも含め。
もしくは、と違う可能性を打ち出してみる。この車内に高貴な存在の人がお忍びで来ていたとしたら。例えば、斜め右前で携帯電話を触っている女性がどこかの中小企業の社長令嬢だったり。ドアの横に立つ青年が天皇家の血をひいていたり。
しかしそんなことはなかなかない。そういう人はまずこんな時間にこんなローカル線なんかに乗らないものだ。もしあったとしてもその可能性は限りなく低い。でも万が一いるのだとしたら、その人から助け出されるのだろうな、と先ほどの問いに答えを書き加えた。
もう少し有り得そうなこと、と別の切り口を探す。もしも……。
もしも、ここに恐ろしく成績のいい人がいたら。例えば、目の前で数学の教科書を見ながらときどき手にしているシャープペンシルで何やら答えらしきものを書き付けている女子高生。たしかあれはこのあたりでは有数の進学校の制服だったはずだ。靴や鞄が指定のものでないあたり、間違いなさそうだ。けれど、と教科書を開いたまま携帯電話を触り出した女子高生を視界の端で捕らえながら思う。確かにあの学校はかなりのハイレベルなことをやっていると聞くが、果たして彼女はそれについていけているのだろうか。
というのは、もはやお節介の域に入ってしまっている。その考えもさっさと打ち消して、わたしの意識はまた窓外へ向かった。
青みが薄れ、モノクロウムのコントラストですべてのものの輪郭だけが浮かび上がる。それを眺めるのは何だか心地よく、案外落ち着くものだった。
いつもの降車駅の名を車掌が告げ、わたしは立ち上がる。重たそうな外界に一歩踏み出すと、意外に軽やかな冷気がわたしをさっと取り巻いた。もう二、三歩進むと電車のドアがぴしゃりと閉められた。乗車客はいなかった。勝手にすべてをリセットしたがるひとりぼっちのわたしには、このいつまでも裏切らぬ黒がいちばん優しいらしい、と改札へ向かいながら考えた。