赤穂の海洋科学館にて。
濃いい海水(かんすい)を採るための装置で、昭和27年~昭和34年にかけて入浜式塩田からこのような装置(流下式)に転換された。その後イオン交換膜となっていきます。
この風景を見たとき、以前竹原の公民館のロビーでお話を伺ったおばさんの言葉を思いだします。
「わたしか嫁いできた昭和30年代。竹原駅の南側は竹で作った流下式の製塩施設がばーーーーっと広がっていた。」と。
復元とはいえ、圧巻です!
濃いい海水(かんすい)を採るための装置で、昭和27年~昭和34年にかけて入浜式塩田からこのような装置(流下式)に転換された。その後イオン交換膜となっていきます。
この風景を見たとき、以前竹原の公民館のロビーでお話を伺ったおばさんの言葉を思いだします。
「わたしか嫁いできた昭和30年代。竹原駅の南側は竹で作った流下式の製塩施設がばーーーーっと広がっていた。」と。
復元とはいえ、圧巻です!