むらくも

四国の山歩き

三嶺~剣山縦走…徳島県

2013-07-15 | 剣山系

三嶺、カヤハゲ(東熊山)、平和丸、高ノ瀬、丸石、次郎笈、剣山  

みうねもしくはさんれい、かやはげ(ひがしくまやま)
へいわまる、こうのせ、まるいし、じろうぎゅう、つるぎさん


山行日      2013年7月10日~11日
標高       1893.4、1720、1700.m、1740.8、1683.8、1929、1954.7m
登山口      東祖谷名頃
下山口      東祖谷見ノ越
駐車場      登山口、下山口双方にあり
トイレ      名頃、三嶺ヒュッテ、剣山山頂ヒュッテ、西島駅、見ノ越
水場       三嶺の池150m南下、白髪避難小屋50m南下、高ノ瀬南面岩の下、次郎笈トラバース道
         、剣山トラバース道2ヶ所、西島駅、見ノ越
メンバー     単独



いつもの散歩道ではしきりとキリギリスが鳴きだした。
今年は例年より梅雨が明けるのが早かった所為もあるのだろう、合唱する個体数が多く、大オーケストラ、喧噪そのもの。
キリギリスと言えばイソップ物語「アリとキリギリス」子どもの頃この話を聞かされて、イヤな思いをした。
言って聞かせてるヤツがどうにもイヤミな感じで、遊んでばかりいて働かない怠け者はキリギリスのような運命になるんだぞ、みたいな、勉強嫌いなわたしには胸にズンと堪えた覚えがある。

しかし、ひねくれ者はそんな作り話聞かされても、その後も勉強はとんとしなかった。
胸に重石になって堪えるのと、実際の行動とは直接結びつかない子どもだったようだ。
夏休みが終わると、あれやこれや、これでもかと出された宿題は、表紙に名前だけ書いて、中はまったくの白紙で提出した。
不思議なことに注意された覚えはない。
担任は放任主義のいい先生だった。

このアリとキリギリスには裏話がある。
アリは自分たちのためにせっせと働くが、それはあくまでも自分たちのためにだけで、こういう人間は独善的でケチで他人の痛みをしろうとしない冷酷人間だ。
いずれにしても生あるものはいつかは死が訪れる。
キリギリスは生涯バイオリンを弾いて、精いっぱい楽しく生きたんだから素晴らしい。
こういう考え方もあるんですね。
キリギリスにしてもアリにしても、人間が勝手に自分たちの表面的な姿を見て作り上げた話で、迷惑なことです。

地球の生きものは、すべて命を繋いで生きていく。
みんな一生懸命なんだわ。
ただちょっとだけ繋いでいく方法が違っているように見えるだけのこと。
アリもキリギリスも変わりゃしないよ。
せっせと働くことを諦めてしまったわたしは、今日も山へ歌いに行く。

なんかよく分からんプロローグというかモノローグになったわ。
ということで山泊第二弾、前回の葛籠堂から剣山・次郎笈を繋ぐべく、三嶺~剣山を歩くことにした。

ところでキリギリスはなんでギリー…チョンと歌うのか、アリはなんで黙々と働くのか?
分かったら苦労しない。
当人たちの勝手でしょ。
しかし、昆虫の世界は厳しい。
アリの雄は一ヶ月ほどで成虫になり、メス(女王アリ)と交尾するとコロリと死ぬ。
女王アリは栄養たっぷりに食事をとり、延々10年以上生きる。
カマキリは交尾を終えるとメスはオスを食って栄養にする。
人間の世界も同じような…男は強いようで実際は弱い、生涯馬鹿な夢を見る、そして破壊的だ。
女は弱いようで強い、夢も見るが現実的だ。

いかん、何が言いたいのか、とうとう惚けてきたわ、いよいよ訳分からん。



剣山~三嶺は四国のゴールデンルート、四国外から多くの登山者が訪れる。
ときおり外国の方も歩かれ、縦走中の方に2回ほど出合ったことがある。
そのうちの一組は日本語を話すことができなかった。
オーマイガット。
日本人が片言も話をすることが出来ない英語圏以外の国へ行くのと同じことで、よくぞ迷わずに登山口まで来て、縦走出来るものだ。
勇気いるわ。

猛暑が続いている。
前回よりも持参する水の量を1リッタ-増やし2リッターに、食糧も少し増やした。
ザック重量はカメラなども含めると18kg、これで1泊2日分だからやりきれない。
2~3泊の山行になってくると20kg前後になるが、正直体力的にもたないわ。
軽くするにはどうするか、わたしにとっては今後の重要な課題だ。

貞光からR438号線を走った、合歓の木にふわふわっとしたピンクの花が咲いている。
早朝の川沿いの道は散歩する方が多い。
女性が圧倒的に多いのは男性よりも健康志向が強いのだろう。
土釜の手前の対岸に落差の大きい滝があった。
細い滝なのでいままで気がつかなかったが、ちょっとした展望所がある。
他にもちょこちょこ道草をしながら、自転車を見ノ越に括りつけて、名頃に。
途中の奥祖谷二重かずら橋のところでは受付のおばさんだろうか、掃除をしたりして準備中。

8:34、ザックのウエストベルトを思いきり締め上げて名頃登山口を出発。
ウエストがキュッと引き締まり、モンローウォーク(気持ワル)。

登山道からはダムの発電所が左下方の谷底に見える。




しばらくで三嶺林道に、左手に歩いて崩れ落ちそうな階段を上り、意識的に歩調をゆっくりめにしながら尾根に乗る。
平日とあって、歩く人は少ない。
気さくに話掛けていただいたご夫妻と、単独男性にお会いしたのみだ。




1517mPに近づいた。
四ツ小屋谷川上流の谷の向こうにこれから向かうカヤハゲと白髪小屋の笹原、その右奥に白髪山の頭が覗いている。




シカ避けネットが張られた緩いダケモミの丘を歩くが、四ッ小屋谷川方面の踏み跡にはテープが張られており、通行止めの様子だ。
最近、登山道がやや荒れてきており、道迷いもあったことから、テープが張られたのだろう。
踏み跡の先には三嶺林道の東屋もあるので、完全な通行止めではなさそうだった。

たぬきのかんざしで親しまれているマユミの木の下を潜り、やがて展望のいい石ザレ斜面を登りだす。
遠くに特徴のある次郎笈・剣山が見える。




30m先に水場と書かれた道標を過ぎ、岩場の下に作られたテキサスゲートを渡る。
鹿避けネットもテキサスゲートも真冬にはほとんど雪に埋まってしまう。
先ほど通過した石ザレの斜面は特に旧勾配で、積雪時には危険なところだ。




赤い屋根のヒュッテには寄らず三嶺山頂へ。
池の縁を通るときに生きものがいないか水面を覗いてみたが、やや赤く濁っていて、動く物は見えなかった。
サンショウウオが棲んでいそうな感じなのだが、見たことはない。
瓶が森の瓶壷には小さなサンショウウオがいるそうで、生まれて間もない小さい頃だけ壷の中でジッとしているとか。




いつ見ても優美な景色だ。
立ち止まり、眺め、カメラを構えては、山頂に立つ。
誰もいなかったが、やがて白髪山から縦走してきた若者三人、登る途中でお会いしたご夫婦、単独男性の方たちが次々と到着。

蠅に混じってアブが身体の周りをブンブン飛ぶ。
油断してるとシャツの上に止まり、プチッと咬みにくる。
ペシペシッ!
敵はすばしこい、負けておれず、5回に4回ほど空振りして自分の身を叩くが、一度くらいはヤツをペシャンコにした。




山頂に咲くイワキンバイ。




コンビニで買ってきた巻き寿司を食べ終え、みなさんとお別れして白髪方面へと下る。




今年初めて出会ったシコクフウロ。
秋に種ができたら採種して、自宅で実生で育ててみたいと思うが実現していない。




テキサスゲートを越えて、三嶺にお別れ。




展望の好い大岩を過ぎ、鞍部からカヤハゲに、青空に2羽のトンビがゆっくりと輪を描いている。
1羽が頭上すれすれに近寄ってくる。
目が合った。
鋭い目がくるくると動いている。

視力は人間の8~10倍、相当な上空からカヤネズミなどを見分けることができる。
アフリカのマサイ人は昼間の星が見えるそうで、視力は8だそうだ。
トンビには昼間の星などチャンチャラチャン、歩いている人間の服を透かして見ているかも知れない(信じないように、いつもの大ボラです)。




オトギリソウ、昔は血糖値を下げるなど漢方薬として重宝されたらしい。
白髪分岐が近づき、三嶺がだいぶ遠くなった。




14:22、白髪小屋に到着したが、だいぶ疲れてきた。
一先ず小屋に入って休むことにしたが、先に進むかどうか、ザックを床に降ろしながら思案した。

このまま進むとして、丸石小屋へはまだ2時間半以上掛かりそうだ。
予想到着時刻は夕方5時半頃。
次郎笈にはそれからさらに1時間半程度で、予想到着時刻は日没後の7時半~8時頃になるだろうか?

次郎笈まで行ったとして、翌日は剣山に登って下山するのみ、朝の9時には見ノ越に降りてしまうことになる。
丸石小屋は以前南京錠が掛かってたことを思い出す。
ここでゆっくりして、明日早朝に剣山へ縦走するのには時間的にも余裕があるし、いいんじゃないか。

予定変更、白髪小屋泊に決定。




夜の星を眺めるため、小屋のすぐ傍のテン場でツェルトを張ろうかとも思ったが、これも止めた。
小屋があると、やはり寝るにも荷物を広げるのにも、汗で濡れたシャツを干すにも楽なのです。

日が沈むまでテン場の石の上に腰掛けて、ゆっくりと流れてゆく時間と、変化してゆく山や空の色合いを楽しむ。
残念ながら期待した夕焼けは低い雲に遮られ起きなかった。

チャチャットと食事を済ませて、シュラフに入り、ラジオを聴きながら、単行本を読む。
夜、自分の鼾で目が覚め、慌てて外に出た。
ヘッドランプの先でシカの目が光っている。
15mほどの距離だが、逃げない。
しばらくしてピョンと跳ねた。
笹原を跳ねるが、まったく音を立てない、不思議だ。

空を見上げた。
小さな星たちが夜空いっぱいに広がっている。
天の川もくっきり、感動とともに、わーっと吸い込まれそうな気がした。

しまった、三脚を持ってたので写真を撮れば良かったのだが、いつものオオボケだっす、後の祭り。
小屋に入ったあとも、シカたちは周りで歩いたり走ったり、このときは音がガサゴソと聞こえてくる。
やがて静かになり、心地よいいい眠りについたようだ。

夜中にときおり小屋をトンと叩くような音がしたが。
夢???





7月11日(木) 二日目
グッモー、4時起床、外はまだ暗い。
起きて、朝陽を待つ。

4時12分、東の空が白みかける。
食事の準備。
広げたものを片付け、出発の準備。
5時11分、剣山の少し左側から太陽が顔を出した。
歯をカショカショと磨いて、5:23、出発。

空気は凛として爽やか、山を歩くには、やはり早朝のこの時間だね。
7時やかでは遅い。
8時!とんでもなく遅い。
そんな山歩きしてたんじゃ、ダメだわ。カハハハ




山歩きの醍醐味はこの景色だ。
光が歓びに満ちあふれ、乱舞している。




津志嶽~黒笠山の眺め。
写真を引き伸ばして、壁に掛けようかなっと。




石立山




白髪山と雅の丘。
後方は口西山をはじめとする物部の山々。




矢筈山~黒笠山~津志嶽




耳に届く音はなにもなく、静寂のみ。
空は淡い青一色。




三嶺がだいぶ遠くになった。
平和丸の山頂には昨年にも来たが、山頂標識はなかった。
どなたかが、風で飛ばされた山頂標識を見つけて、立てたようだ。




6:20、緩やかに笹原が広がる1732mPが近づいてきた。
昨年にここから名頃ダムへと下ったことを思い出す。
あのときはガスってて、景色は真っ白だったな~。




虫たちも眼を覚まして活動しだした。
シコクアザミの鮮やかな花、花から花へと蜂が飛ぶ。
朝の登山道は、小動物立ちのうんこの山。
人間ほどに汚くは見えない
ところどころで獣の臭いが漂ってくる。




どこからか、大きな乳をぶらんぶらん揺らしながら、親牛・子牛が現れそうなのんびりした景色。
シカの鳴き声が聞こえてきた。
警戒音ではない、親が子を呼ぶときのような鳴き方だ。
ピュ~、真似て声をシカの方に向け発してみた。

その後鳴き声は聞こえなくなった。




やがて1732mPも遠く後方に去り、右手には中東山の丸い頂が見えてきた。
中東山はここから2km余り、ほぼ真南に位置する1684.6mの山で、わたしはまだ登ったことがない。
頂直下の尾根には一本の踏み跡がくっきりと見えていた。
白髪山から別府峡温泉に至る林道が崩壊したいま、西側にある中東山への登山口には近づけないでいる。




石立山分岐の道標には中東山へ2.2km、石立山へ6.2kmと記されていた。
過去この稜線は歩きにくい藪だったようだが、最近は随分歩きよくなっているらしい。
わたしには、機会があれば是非歩きたい稜線のNo1候補だ。
しばらく、小さな岩場に座り込んで、瞼にその景色を焼き付けてはみたが、帰宅したら消えていた。
にわとり並みのノンコの悲しさよ。




7時半、高ノ瀬山頂が近づいてきた。
ここへは何年か前に妻とオオヤマレンゲを見に来たことがある。
オオヤマレンゲがなければ、なんの特徴もない山頂で、この日もどこがそうだったっけという感じで、いつの間にか通過してしまった。
しかし、昔見た風景とは随分と変わってしまったなという印象で、オオヤマレンゲになんとなく元気がないように思われたが気のせいだろうか。
(※写真はオオヤマレンゲとは異なる木)




8:21、奥祖谷二重かずら橋への分岐に到着。
日が高くなり、気温が上昇してきた。
どこからかオオルリの鳴き声が聞こえてくる。

すぐに丸石避難小屋、鍵が掛かっていて、小屋の前には焚き火の跡がある。




8:49、丸石に到着。
汗が流れ、しばし休憩、ペヒペヒ、立ち止まるとアブが寄ってくる。
この時間にここから次郎笈を眺める景色は最高だ(右から次郎笈、剣山、丸笹山)。
昨日、強行してここを歩いていればどうなったことやら、疲労困憊で景色を楽しむ余裕は生まれなかったのじゃないかな。
目の前の木から蝉の鳴き声、ジーギー…ジョーギー…ジギジギジギ~。




丸石からアザミロードを下りながら、鞍部に目をやると、道は三叉路になり、右へと下っているのが見える。




右手下方には剣山スーパー林道が走っており、次郎笈から駆け下った前方にはやや低く不入山、新九郎山が嫋やかな線を描いていた。
※写真は石立山方向に見たスーパー林道とその法面




次郎笈がぐんと近づく。
カッコーの鳴き声が木霊する。




次郎を撮って、太郎を撮らないわけにはいかない。
トンボがしきりと飛んでいる。
アキアカネのようだが、細い胴体はまだ黒い。




次郎笈巻き道との分岐点。
昨夜、白髪小屋でごはんを焚くのと、飲料水として用意した麦茶が足りなくなったので麦茶を作ったが、2リッターのほとんどを使い切ってしまっている。
一先ず、山頂に登って、再びこの分岐まで降りてきて、250m先の巻き道途中にある水場で水を確保するべきか迷った。
ここからは剣山まで2時間と掛からずに行くだろう。
ヒュッテで蕎麦をいただいて、お茶を飲めば、あとは下山するのみだわ。
汲むのは止めた。




10:35、次郎笈山頂。
だーれもいない。
すぐに下山しながら、いままで歩いてきた三嶺までの稜線を振り返る。




ナナカマドの花は終わっていた。




11:33、剣山山頂。
測候所跡への木道を辿り、ヒュッテへ。
月見蕎麦を食って、おつゆも全部飲んで、お茶を5杯、がぶ飲み。
あ~、人心地ついたわ。

わずか二日間の山旅は、終わったね。




咲き残っていたイシタテクサタチバナ。




ぽつぽつと登ってくる方たちと挨拶を交わしながら、ゆっくり下る。
持参した水4.5リッターのうち4リッターは使ってしまったし、7食用意した食料は3食を食ってしまった。
まだ4食残ってはいるが、ザックは軽い。
水を確保すれば、もう一晩泊まれるわ。




見ノ越で抹茶ソフトクリームを食べて、空身で自転車で名頃まで。
名頃で車に乗って、見ノ越へ引き返している途中、ふと右に目をやると、民家の軒下でシロ(わんちゃん)が舌を出してヘロヘロの様子。
可哀相に、いったい気温は何度あるんだろう?
この二日間で、真っ黒けに焼け焦げた。
今夜のお風呂はしみるだろうな~。
二日間の汗をさっぱりと流した後、冷たいビールをちょっこしいただくことにしましょう。




一日目
名頃登山口8:34-11:40三嶺12:22-カヤハゲ(東熊山)13:27-14:22白髪避難小屋
二日目
白髪避難小屋5:23-平和丸5:54-6:50石立山分岐7:09-高ノ瀬7:31-奥祖谷二重かずら橋分岐8:21-丸石小屋8:23-8:49丸石9:08-次郎笈10:35-剣山11:33-11:39剣山山頂ヒュッテ11:55-12:14西島駅12:28-見ノ越12:55-(自転車)-13:24名頃


※地図上左クリック→グーグルマップへ移動


次郎笈・剣山…徳島県

2013-07-05 | 剣山系

次郎笈、剣山       じろうぎゅう、つるぎさん



山行日          2013年6月30日~7月1日
標高           1929m、1954.7m
登山口          つるぎ町葛籠
駐車場          なし
トイレ          夫婦池、見ノ越、西島駅、剣山山頂ヒュッテ
水場           葛籠ルート標高おおよそ1080m沢、同じく標高おおよそ1290m沢
             見ノ越、大剣神社下二ヶ所、次郎笈巻道
メンバー         単独




昔、葛籠堂から登って、剣山から三嶺まで縦走しようと試みたことがある。
まだキスリングの時代だったが、ザック、テント、キャラバンシューズなど一通り揃えたものの、お金がなくなりニッカボッカには手が届かなかった。
当時はまだぺーぺーの安月給で、下宿代と食事代で汲々としていた頃だ。
自分でボロズボンを裾上で切って、パンツのゴム紐を通して、ニッカボッカらしく仕立てた。
長い靴下を履いて、折り返しておけばわかりゃしない。

自分では鼻高々で、これで山男だなどと勝手にポーズを決め込んでいたが、鏡を見たことはないので、どんな姿だったか確かめてはいない。
どうせ野暮ったい変なにいちゃんだったと思ってる。
国鉄のガソリンカーに乗って、貞光まで出かけ、そこからバスで葛籠堂まで。
葛籠堂から登って夫婦池に着いたときはすでに夕方だった。
キャンプ場で一泊し、翌日見ノ越から剣山、次郎笈までは順調だったが、丸石辺りでへばってしまった。
ホーホーの態で二重かずら橋へ下山し、名頃まで車道を歩いて、バスに乗り、大歩危から国鉄で帰った。

もうかれこれ40年にもなるが、つい最近まで葛籠堂から登ったものと信じ込んでいたが、思い返してみるとどうも様子が違う。
記憶に残っている登山口や登山道の様子からも、そして夫婦池に着いた地点からも、桑平コースを歩いたようだ。
いい加減なもんだ。
いまも信じられないような道迷いをやらかしてしまうが、どうやら若いときから相当なおっちょこちょいだったようで生涯治らない。
小学校の先生にも、通信簿にいつも書かれていたのを思い出す。
カナクギのような字体で、この子は授業中もしょっちゅう落ち着きがない…と。
あの先生、元気にしてるだろうか。

三嶺まで行く根性はさらさらないが、とりあえず、葛籠道コースだけは歩いてみよう。
次郎笈辺りでテント(正確にはツェルト)張って、星空を眺めるのもいいかもしれない。
天気予報は二日とも「曇り時々晴れ」、この日を外すと、あとはまたしばらく梅雨空が続く。




4時に眼を覚まして、自宅の窓から空を見上げる。
どんよりしている。
テレビで天気予報を確かめた。
いつの間にか、時々晴れの字句が無くなっていた。
山は雨かな~、とりあえず出かけよう。

5:10自宅出発、貞光川では鮎釣りをしている方が長い竿を出していた。
川釣りのことはよくは分からないが、友釣りだろうか。
コロコロ釣りというのもあるそうだ。
川沿いのマタタビの葉がこの季節白っぽい。

7:10に標高おおよそ620mの位置にある葛籠堂に到着。
お堂にお参りして、登山口の階段へ。
ところが、その道標には「登山道崩落のため、進入禁止」と赤書してあった。
一瞬目が点になった。
どうしよう、見ノ越からに変更して、三嶺へ縦走しようか。
名頃から見ノ越へのバスの時刻表はメモ帳に控えてはいるのだが…。

登れるところまで行ってみて、先へ進めないようだったら引き返そう。
気を引き締めて歩き出した。




ユキノシタの花咲く小さな橋を右に渡って、イノシシ避けの柵が施してある畑の道を縫うようにして登っていく。
すぐに杉植林帯へ入る。
枝打ち、間伐がこまめに行われ、天に向かって真っ直ぐに伸びている。




小さな道標が迷い易いところに適切に立てられてる。
丁石もところどころに残っていて、踏み跡もはっきりしていた。
やがて四つ辻に差し掛かるが、上、直進方向の踏み跡には一本の間伐材が横たわっており、この道は違うぞという意思表示が読み取れた。
道標は右方向に案内している。
左への踏み跡は川又への踏み跡(国土地理院地図、破線の道)らしかった。




四つ辻を右に折れて、しばらく歩くと自然林に替わる。
右下方からザワザワと沢水の流れる音が聞こえてきて、その沢に突き当たったところで渡渉することになるが、ピンクのテープが着いた丸太棒のところで、足を滑らし、沢水へドボン。
仰向けにひっくり返って、もがいたが立ち上がれない。
テント、水、食糧、シュラフなどで、お泊まりザックはいつもより重量がある。
情けない、亀の気持にさせられた。

下半身ずぶ濡れ。
あ~、さい先悪いな~。




立ち上がったものの、対岸に続く踏み跡が見当たらない。
岩伝いに沢を少し登って行くと、古い道標が右対岸にあった。
これだ。

再び杉の植林地帯。
73番(善通寺・出釈迦寺)と刻まれたお地蔵さんが出迎えてくれた。




いつの間にか辺りはガスに蔽われ、細い雨になった。
カメラにビニール袋を被せ、ザックカバーをつけたが、カッパを着るのは止めた。
どうせ沢水で濡れているので着ても着なくても同じこと。

天然ミストシャワー。
熱中症対策100%だわ、冷たくて気持ちいい~。




俯いて歩く斜面には落ちたばかりの白い花がふんだんにばらまかれている。
サザンカのように花びら一枚一枚ではなく、花まるごと一個そのまんまの姿が保たれている。
なるほどね、ナツツバキだわ。
傍にある木の梢を見上げたが、すでに花はなく、なにもない。
空はどんよりと暗く、霧が漂うばかり。

左斜面の上に小屋が二つ、一つは小さくてトイレのようだ。
トイレじゃないな、ぽっちゃん厠だべ。
大きい方の小屋は入口には小さな庇が付いて、窓ガラスが三ヶ所ほど填められていた。
作業小屋にしては立派なもの、寝泊まり用として使われていたものかもしれない。




樹林越しに少し開けたが、霞んで見えるのは西にあるすぐ隣の尾根、おそらく桑平道のある尾根だろう。




再び沢に突き当たった。
最初の沢ほどには水量はない。
渡るのによろけながらも安心感がある。

渡り終えたところで
斜面は苔だらけの岩がごろごろ転がっている。
綺麗だ、しばらく見惚れた。

ほんの少し上の斜面に四角い道標が立っている。
しかし、道には見えなかった。
むしろ直進方向にうっすらと踏み跡があるように感じたので、上には上がらずそのまま前進。




ところがギッチョンチョン、やがて、踏み跡は消え、急斜面になり前進できなくなった。
急斜面の先には踏み跡らしきものが、ある?ない?どうなの?
無理矢理横切ろうとしたが、斜面は足下から崩れる。
ダメだ。
ここまでか。

いやいや、諦めてはいかん、迂回しよう。
少し引き返し、斜面をよじ登る。

まだしっかりした、ロープがあった。
助かった。
どうやら道を間違え登山道を外してしまったらしい。
先ほどの苔蒸したところにあった道標根元から、斜め左上へと登山道は続いていたようだ。(復路の折に確認した)




やれやれ、ほっとしながら歩いていると、三つ目の沢にぶつかるが、小さい。
何物かに道がおがされてくぼんでいる。
いましがたまで、居たのだろう、堀上げられた土は真新しい。
イノシシではないようだ。

オヨヨ、沢を渡って7分ほどで、落石注意の看板。
へたくそな絵が描かれている。
エッセイスト、沢野ひとしのような絵だ。




崩れた斜面を恐る恐る横切るが、石には苔が生えたりしていて、古そうだった。
いまはやや落ち着いて見えるが、またいつか豪雨などの際には崩れるのだろう。




空からしとしとと舞うようにして落ちてくる雨は止みそうにない。
今夜はテントの中でラジオを聞くしかないな~。




お地蔵さんがあって、深くほれ込んだ登山道に変わった。
そこからほどなく夫婦池湖畔に建つラ・フオーレつるぎ山の駐車場に飛び出た。

大型バスが数台駐まっている。




トイレ休憩後、出発。
時刻は11時を少し回ったとこ、お昼ご飯は見ノ越だな。
車道歩きは退屈だ。
丸笹山へ登って見ノ越に下るルートもあるにはあるが、実際しんどいので止めにした。
40年前の若い頃にここを歩いたことを思い出しながら、とぼとぼとときおり車が往来する438号線を歩く。
あの頃はどんな青年だったのだろう。
まだ独身だったが、寡黙でオツムテンテンな青年だったことには間違いない。

30分弱で見ノ越に。




閉じてしまった店舗の軒下を借りて、お昼ごはんとした。
当時のこの辺りのお店は賑わっていて、軒先には剣山に棲息する動物の剥製や、熊の写真を看板にしてあった。
今日はお天気の所為もあるが、その雰囲気はガラリと変わってしまって、静かだ。




リフトの下のトンネルを潜って、慣れ親しんだ登山道を歩く。
カッパを着たたくさんの若者たちとすれ違った。




意外と多くの登山者たち、どなたも前日までの天気予報を疑うことなく登ってきたようだが、当てが外れた。
もう少し山頂で頑張れば、晴れるような気がするという黄色くしゃがれた未練がましい声も聞こえてくる。
風も強い。
ポンチョを着た方がおられたが、裾が強風でまくれ上がっていた。

次郎笈でテントをと考えていたが、予定変更、弱い雨だがこの風ではね~。
山頂は相当に吹いていることだろう。

駅のちょい下の野営場(無料)をお借りすることにした。
時刻は13時を回ったとこ。
早いな~、早すぎる。
困ったが、仕方がない。

テント(ツェルト)を張って、濡れたシャツなどを着替え、テント内に吊す。
こんなことをしても気休めに過ぎなくて、乾かないのだが、濡れたのをぐしゃぐしゃにして置くのもなんとなく気持ち悪い。




風はますます強くなってきた。
散歩に出るのも億劫で、テント内に留まった。
そうだラジオがある。
スィッチを入れてもウンともスンとも言わない。
滑って沢水に浸かったときに、ラジオも濡れたらしい。

壊れかけのラジオ…じゃない。壊れたラジオ。
することがなく、シュラフに潜ってボケーッ、ひたすらボケーッ!
時刻はまだ14時だ。

どうする。
ここでテント張らずに三嶺方面へ行けば良かったのか?
この風では丸石小屋…かな。
もう一泊分の食糧を積んどけばよかった。
というのは頭で思うだけで、実際に歩くとなるとしんどいことだわ。
アゴが上がるんじゃないかな。

やがて瀬戸内方面が少しだけ夕焼けとんび。
もそっと起きて、夕食にした後、眠りについた。
目が覚めて、テントから首突きだして空を見た。
風はまだ吹いていたが雨は止んで雲の間から星がチラホラ、空全体がボーッと明るい。
月夜らしい。
時計はまだ10時過ぎ。
寝た。
背中が痛くて何度か目が覚め、寝返りを打った。





7月1日
グッモ~
時刻は4時半、晴れている。
しまった、日の出は済んでいる。
遠くでツツドリがボーッボーッ!

駅でトイレを借りて、朝ご飯にしよう。
若者が一人、早くも降りてきた。
う~ん、感心感心、ちゃんと朝陽を山頂から眺めてきたんだ。
わたしゃとは心構えが違うね。




とりあえず、テントはそのままにして、次郎笈と剣山を周回してこよう。
6:05、ペットボトル一本、空身で出発。




次郎へ向かう巻き道にはシコクブシの葉っぱが茂り、ややぬかるんだ道にはカモシカの足跡が残されている。




昨日の強い風は止み、雨も上がった。
早朝の青空がそのまま広がってくれるものと期待していたが、再び山全体をガスが覆う。




山頂は見えない。




空気はそれほど湿ってはいないので、雨が降ることはないようだ。




月曜日の早朝はまだ誰一人歩いていなかった。
先ほどすれ違った青年一人が一瞬のガスの晴れ間を楽しんだようだ。




6:58、次郎笈山頂。
展望なし。
すぐに下山。

ナナカマドに花の蕾が着いている。




一瞬、ガスが退いたが、景色はここまで。




ウグィスが手が届きそうな位置で頻りと鳴くが、姿は見えない。




荷物を背負ってないので、汗をかくこともなく、やがて剣山山頂に。
時刻は7:39。




山頂ライブカメラは左の鉄塔。




木道が浮かんで見える。




ヒュッテで三代目ご主人(たぶん)と朝のご挨拶。

バイケイソウの花




西島のお花畑に咲く一輪のニッコウキスゲ。




テン場に戻って、後片付け、コーヒーを沸かして飲んだりしながら、まったり1時間。
立ち去るときはなんだか胸にキュッと来て寂しくなる。
年のせいだろう、また来るときがあるのかなとつい頭の隅で考えてしまう。




リフトも動き出した。
下山開始。
ぽつりぽつりと登山者が登ってくるが、生憎山頂はガスっぽくて、一瞬の晴れ間に望みを掛けるしかない様子。
外国のご夫婦が元気よく登ってきた。
ご主人は「こんにちは」、うしろの奥さんは「おはよう」
挨拶を返すわたし、一瞬戸惑ったが、同じように「こんちは」と「おはよう」を使い分けた。
どうでもいいことだが…。




剣神社の登山口傍にはおいしそうな山水が蛇口から流れている。
一度ピロリ菌に侵されたわたしはもう二度と飲めない。
飲むと折角退治した菌がたちまち胃の中で繁殖して、元の木阿弥。
自動販売機で水を買った。

夫婦池へ向かう間に、桑平道から帰るべきか、それとも来た道をピストンするべきか、迷った。




桑平道は廃道になっていると聞いていたので、杭を打ち、ロープを張っている葛籠道への入口だったが、再び歩くことにした。
(後日に、昨年歩いたアンジーパパさんの話によると、桑平道は残っているとのことでした)




崩れた斜面を横切り、苔蒸した日本風庭園を歩き、沢を渡り、ロープを伝う。




古い道標と二基並んだお地蔵さん。




斜面に張ったロープ。
そしてひっくり返った沢に、しかし、雨が止んで見ると滑ることのない、なんでもない沢だ。
しゃくに障るので、岩にどっかり腰を降ろし、じっくりとコーヒータイムとした。
あらためて沢を見渡し、パンとバナナを口にねじ込む。

熱く湧かした苦いコーヒーが胃に流れ込む。
目が覚め、落ち着くな~。
小鳥以外には誰もいない。




沢を渡った。
あとは危険なところはもうない。

昨日気がつかなかった、炭焼き窯、周りの土は黒っぽい。
そして作業小屋。




川又との分岐に着いた。
杉林、旅の終わりが近づいてきた。




やがて、民家へと続くモノレール。




畑の道から見おろす民家。




テン場から3時間強、見ノ越から2時間40分ほど、そして夫婦池から2時間ほどで登山口に帰り着いた。
終わった。
意外とあっけなかった。

今回の歩きでラジオが壊れたが、それだけではなかった。
帰宅して、携帯電話の電源を入れたところ、画面は暗いまま、テン場で妻にメールをしたときは動いてたのにな?
防水だのに、水が浸透し壊れてしまった。

買い換えに行って、店員さんに確かめたところ、水道水は大丈夫ですが、泥水汚れ水だとか、水道水でも長く浸かるとダメですね、と言われた。
ありゃりゃ、そういうことなんだ、防水といっても、弱いんだね。
バシャバシャッと水をぶっかけて、大丈夫ですよみたいな宣伝を鵜呑みにしちゃいけないわ。

痛い!今回の山旅は高くつきました。




イシダテクサタチバナ




ショウキラン




一日目
葛籠登山口7:40-11:05夫婦池11:21-11:49見ノ越12:18-西島駅13:06-13:20野営場テント泊
二日目
野営場6:05-次郎笈6:58-剣山7:39-西島駅8:08-8:13野営場9:18-9:49見ノ越-10:32夫婦池-12:30葛籠


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