俳句エッセイ わが愛憎句

毎月1回原則として第2土曜日に愛憎句のエッセイを掲載します。

第7回  我が俳句空間の座標  無時空映

2018-07-22 10:42:26 | 日記
 俳句を始めたばかりのころ、佐藤文香氏の句会に行って「無時空さんなら気に入ると思うよ~」と言って攝津幸彦のことを教えてもらった。早速、週末に図書館に行って「自選句集」を借りてみたところ大変面白く、興奮し、翌朝目覚めたら寝床でそのままそれっぽい俳句を40句くらい書いたことを覚えている。

「自選句集」には面白いものがいっぱいあって、例えば、

子宮より切手出て来て天気かな

という句についていうと、一般に子宮から出てくるものは赤ちゃんや胎盤など生物的なものであるにも拘わらず、切手のような無機物を出してもいいのだということを知った。また、子宮から出てきた切手と「天気」との関係のなさも面白いと思った。
 筆者は幼稚園の頃からダリの絵画が好きだった。柘榴から虎が飛び出して、その刺激的な映像の背景彼方には異様に脚の長い像が彷徨しているというような情景を幼いころから好んだのである。筆者にとって柘榴から虎が出るのも、子宮から切手がでるのも同じように刺激的で面白い。「子宮から出る」にしても、子宮頚管の先端から出るのか、膣を経由して陰門からでるのか、或いは虎が柘榴から出るように、子宮のフォルムを破って一枚、又は無量大数の切手が噴き出すのかで、かなり異なる展開になるだろう。大量に噴き出す方が「天気」とはバランスが取れるような気もする。もうひとつ挙げると、

太陽の純白の死の桜谷

太陽の死と桜谷の無関係さが「の」で繋がれて訳の分からない世界観が立ち上がっている。太陽が死ぬのもカッコイイ。桜谷には複数の太陽の死骸があるのだろうか?白色矮星の溜まり場と考えられないこともないが、、。

 おそらく、そのついでに書架で見つけて借りたのが金原まさ子の「カルナバル」。この句集も大変好きである。

にこごりは両性具有とよ他言すな

にこごりというある種の食物に性別と生殖器があるという発想はなかなかのもの。俳句における発想領域の広さを知った。

エスカルゴ三匹食べて三匹吐く

この句には可笑しさとしての「俳」をたっぷり感じる。「サンビキ」という4音の同じ単語を繰り返すところも挑戦的で心地よい。

 俳句を始めたきっかけは「高柳蕗子全歌集」の「あとがき」に作者の父親が俳人だとあったため、高柳重信の「現代俳句の世界」を借りてみたら面白かったからだ。その重信の師匠が富澤赤黄男とのことだったので、これまた「現代俳句の世界」を借りてみたら面白かった。中でも「黙示」が一番刺激的だった。

黒い舌が舐めてゐる 白い灰

誰の舌なのか判らないが、白い灰を舐めるときの感触は想像できる。と同時に、蠢く舌の様子も目に浮かぶ。あまりにも寂寞とした虚無感が凝縮されている。

零の中 爪立ちをして哭いてゐる

「零の中」という空間設定が素晴らしい。爪立ちをしている状態の体感を共有することもできるので、その状態で「哭く」時の感情も想像しやすい。あまりにも深刻過ぎて虚無化した絶望なのだと思う。

 というわけで、俳句界には色々と刺激的な作家がいるということが判ったので、刺激的なものを探して色々と借りてみたところ、西川徹郎と出会った。枚挙に暇はないが、

あああと舌は抜かれて帰る竹の花

「あああ」という擬音語とも詠嘆ともとれる母音の連続。抜かれた舌が自走してどこかへ「帰る」という異様さ。そして多分、関係のない竹の花。異様さと支離滅裂感の相乗効果が刺激的だ。

サフランは子をひとりづつ食べて

サフランは植物なので「子」というと「種子」なのだろうが、それは理屈で、筆者としては「我が子を食らうサトゥルヌス」を想起せざるを得ない。サフランの鮮やかな黄色が人肉食を明るく飾る。この異様さにも俳句表現の広さを感じた。

 特に「憎い」俳句というものはないが、今のところ俳句を刺激的エンタテイメントとして扱っているようである。恋愛と死で埋め尽くされたイタリアオペラやハリウッド映画と同じジャンルである。自作についても、作っている時に興奮してドーパミンが出ている感覚が好きだし、作品そのものよりもドーパミンを味わうために創作モードに入ると言わざるを得ないような時期もあった。とはいえ、ドーパミンには中毒性があるといわれており、刺激に慣れるとどんどん強いものを求めるらしいのでそのような創作態度を改めつつある。今のところ、セロトニンやオキシトシンなどのリラックス系脳内物質がでるような作品や創作態度を模索している。そのような役割での俳句を発見し、創作するのが現在の課題だと思っている。

 上記の区分を別の観点から整理すると、①攝津・金原のような可笑しさとしての俳味、②富澤・西川のような深刻さ・絶望感の衝撃としての違和感、③高柳重信などの多行形式、④蕉門やホトトギスなどの季語ルール俳句、という4つを頂点とした4面体が自分にとっての俳句空間だった。今後の希望としては、この4面体内部では得られない快としての脳波状態を特定し、それを励起するような俳句を第5の頂点として創作し、自分にとっての俳句空間を6面体に進化させたい。
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第6回  天上の歌   丑丸敬史

2018-05-05 18:42:44 | 日記
  霧襖わが幼年を差し出さん     豊口陽子「LOTUS」誌掲載句

 恐縮ではあるが、筆者が所属する同人誌「LOTUS」仲間の豊口陽子の俳句を取り上げる。「LOTUS」の最新号(第37号)で彼女の特集が組まれ、それを契機に彼女のこれまでの全句業に接する機会を得た。『花象』(1986年)、『睡蓮宮』(1992年)、『藪姫』(2005年)とこれまでの歩みを見るに、すでに豊口は第一句集で完成していたことを知る。

 山中でいつの間にか霧襖に囲まれた経験を持つ。人間は今という瞬間をのみ生きる、そんなことを改めて思い知らされる、そんな不思議な経験である。前も後ろも見えない世界。その霧襖に差し出すものが「わが幼年」だという。幼い頃の恥ずかしい黒歴史を隠したい人もいようが、そのようなつもりで幼年を霧襖に差し出しているわけではない。この幼年は字義通りの幼年ではなく、幼くも見えよう来し方これまでの自分全てとその行為全てである。未来の私と過去の私とが今の自分を接点として出会う。この行為はこれまでの自分を贄として差し出す行為であり、過去の自分を未来の自分に祝福してもらうことを切望する行為である。

 豊口の俳句に安井浩司の俳句を感じる人は多かろう。彼女と安井の関係を知るまでもなく、彼女が安井に多大な影響を受けていることはこの句一つを持っても窺い知れる。眩暈を感じる。この句を安井句として提出されても筆者はそう信じるし、作者名を告げられなければまず安井の句かと思う。

 ある創作物が傾倒する芸術家のそれに似てしまうということは当たり前のことであり、ましてやわずか17文字しか持たない俳句の世界観が私淑する俳人の俳句に似てしまうということは、これはもう止むを得ないことである。良い悪いの話でなく。影響を受けるということはそういうことである。傾倒する芸術家がいるということは幸せなことであり素晴らしいことである。しかし、そこからいかにオリジナリティーを出してゆくか、そこが作者の力量である。

 この俳句は作者名とともに銘記されるものではなく、作者不明として我々の記憶に残る俳句であって欲しい。「俳句は無名性が良い」とかつて高名な俳人が言ったが、理由は異なれどその言は正しい。複雑な芸術作品と異なり、単純な芸術作品である俳句は、ことさらその作者名に引きずられて付加価値がつきやすい。モーツァルトのように優れた作曲家は、頭の中に天から舞い降りてきた曲を自動書記のように書き留めるだけである。優れた俳人の仕事も同じである。この俳句が、安井の口からこぼれ出たにせよ、豊口の口から溢れ出たにせよ、その価値は変わらない。ただ、この俳句が、筆者の口から紡がれたものでなかったという、この一事が、愛憎句の所以なのである。

 筆者は安井俳句を愛する者であるが、安井句がたとえ他の俳人の口から溢れ出たものであろうが、それを愛する。作品の価値は作者から自由である。安井は優れた依坐である。ただそれだけである。それは作者を貶めたことにはならない。天上の声に耳を澄ましてそれを書き記すことのできる者、それが優れた芸術家である。

 最後に、豊口を通して語られた天上世界を引いてさらなる愛憎を深くしたい。

  盲人らやわらかき手を森に入れ      豊口陽子句集『花象』
  滝の僧蝶よりうすくひかりあう      豊口陽子句集『花象』
  睡蓮や陵ひとつ吸い了わる        豊口陽子『睡蓮宮』
  さくらかな闇の切り口ふれ合うて     豊口陽子『睡蓮宮』
  花合歓を抱く関節をみな外し       豊口陽子『睡蓮宮』
  野を裁つにひばりは蛇の長さ以て     豊口陽子『藪姫』
  夢殿へ日は足音を蔵いけり        豊口陽子『藪姫』
  春雷や突如ほっけが身を開く       豊口陽子「LOTUS」誌掲載句
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第5回  上昇せよ 浮上せよ    豊口 陽子

2018-02-19 21:06:11 | 日記
旅人へ告ぐたんすにスルメの頭(かしら)        安井浩司

 三角なのである。
 そして、四角なのである。

 三角と四角はどのような形で交わっているのか。私は、三角は四角に重なりつつ、鋭角の部分は外にはみ出ていると思う。しかし、四角は平面ではなく、直方体である。もの言わぬフォルムの組み合わせが脳裏をかすめる。フリーハンドで描いた三角と四角。速い。かすれる。
 突如、頭上からファンファーレが鳴るのだ。
 旅人へ告ぐ!

 じつは今回の依頼が提示されるまで、この句は難解のまま遠くにあった。しかし「愛憎」という嫉妬のこもる言葉を目にした途端、なぜか突然脳を遡上したのである。読み下すやいなや私を射抜く鋭い直線や面の強さはどこから来るのか。情緒を纏綿とまとった日本語のなかで、一見無機質な、意味を省いたフォルムが時空を切って、切り拓いて垂直に上昇する姿を私は見たことがなかったのだ。
 ここまで書いて、真実私はこのまま筆を止めたい。一句の与える第一印象、それ以外は作品と作者との秘めたる交歓に費やす一生という時間を愉悦としたいのだ。一句の抱える謎は、言葉で解いた途端にのっぺりとした日常の風景に溶け、もしくは観念の固形物となりかねない。そのような思いを幾たびもし、私自身もそれ以上の句解をできたためしがない。しかし、今は覚悟を決めて、この脳中に突き刺さった句に分け入ることを試みようと思う。
 まず、「スルメ」は何を暗示しているのだろう。たとえば、次のような句を安井浩司は書いている。

たんすに裂けこがらしの神のスルメ         「赤内楽」
夜具の泣きスルメを貫くひもである         「 〃 」
旅人へ告ぐたんすにスルメの頭(かしら)       「 〃 」
番台に焼くふるさとのずるするめ          「中止観」
渤海このするめをえさに鼻唇乖(びしんかい)     「 〃 」
命(めい)としてふるさとに立つスルメの姿      「霊 果」

 たんすに裂けるスルメ。ひもで貫かれるスルメ。ずるするめ。命としてふるさとに君臨するスルメ。これらの句のスルメに作者は喩のはたらきを与えたのではなく、スルメという存在にどのようなはたらきを与えることができるかを試みたのではないかと思われる。その結果、スルメはそのひからびた異形のまま、かつて一度も俳句史上にあらわれたことのない〝呪的な生命〟を獲得したのではなかったか。

 志賀康は、その精密な評論集『不失考』(風蓮舎・平成16年刊)の〈安井浩司〉論において、「埜をやくやしじまの空に馬具ひとつ」(安井浩司)の馬具を次のように論考している。「野焼きはもと、木や草などの精霊を鎮圧する、山の神のつとめであったようだ。いずれにしても、農耕民族のやり方である。それと馬具を使う狩猟民族の血をともに受継いでいるのが我々だろう」と、この句に向かうに当たり、農耕と狩猟という二つの背景を示しつつ、次のようなモンゴルの伝承を語る。「モンゴルには英雄の偉業をうたった長大な伝承物語があって、それを語るにはまる九日かかるのだが、正確に語り終えると天から馬具が降りてきて、語り手はそれに乗って天に招かれることになっていたそうだ」と。そして「野焼きの煙が立ち込めるしじまには、異なる二つの方角から来た我々の祖先の神がいる」と読みの一つを示したあと、「しかしここは、もっと直截に、「馬具」はそのまま馬具として読んではどうだろうか」と書き、「野を焼く」の歴史性と「馬具」の地理性を共に抱え込んだ〝ありか〟への憧憬をこの句から読み取っている。かつて志賀を含む数人で「馬具」を論じ合った時の、馬具はやっぱり馬具なんだよね、という嘆息まじりの志賀の結論をなつかしく思い出す。志賀も指摘するように、安井浩司の句にある言葉は容易に喩に辷ることがない。それは、安井浩司が言葉という記号の奥にひそむ実体を深々と抱え、決して手放さないからである。スルメはスルメのまま「呪」を負うのだ。

 ここで別の疑問が湧く。「頭(かしら)」とは何だろう。私はつい今の今まで三角形のあたまだと思っていたが、考えてみればスルメの頭は胴と足のあいだに腸のように秘められている。では頭領という意味か。我を総べる者。しかしこれはスルメが頭領の代名詞となることでも、頭領がスルメの代名詞となることでもない。この一句のスルメは、ぺしゃんこの胴からひからびた足をおずおずと伸ばし、三角の〝あたま〟を持って箪笥の中にぺたりと横たわっているのだ。この日常の極にして醜なるものに呪性を与えたのは、「旅人へ告ぐ」といういずこからともなくひびく言葉である。声は次第に上昇する。浮遊する。私は急いで、いま呟いた独り言のすべてを閉じることにする。静寂(しじま)は戻る。

旅人へ告ぐたんすにスルメの頭(かしら)

 三角である。
 そして四角である。
 一句は蒼穹へ吸われてゆく。限りなく。たゆたいながら。

                                   (初出 『LOTUS』第11号 2008.7)
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第4回  ― 羽の音 ―  井東 泉

2018-01-28 16:12:40 | 日記
  ひかり合ふ石と雲との間の鳥   高屋窓秋

 私が目指したい俳句を書く俳人として、一番をつけるとしたらこの人です。一番好きな俳句かどうかはわかりませんが・・句集『河』『石の門』から『ひかりの地』へと自分の思いを転換させた心の重さを思うと涙が止まりません・・。人間がおこす戦争によって心の中に硬い石の門が造られます。そこから鳥となって心を軽くすることの困難さこそ、人間の持つ宿命でしょうか。
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第3回 抱艫長男  酒卷英一郞

2017-11-05 13:54:30 | 日記
Ⅰ Prelude

 ある日こんな原稿依頼が飛來してきた。凡そ豫測してゐたことではあるけれど。「私にとって、俳句作品**とは如何なる存在か」というテーマのもとに、それぞれの俳句人生において決定的な衝撃を受けた『わが愛の、わが宿敵の、俳句作品』を古今問わず、具体的に挙げてもらい、その愛憎を存分に書いていただくことで、各同人の俳句観ならびに掲句へのあらたな視点が窺えるものが出来ればと思います。……云々」


Ⅱ Allemande 

 課せられた命題をどのやうに理解したらよいのだらう。「決定的な衝撃を受けた」俳句作品の存在。その衝擊ゆゑに「わが愛の、わが宿敵の」と成り遂せた「愛憎」の存在の有無。難義の周邊を低囘するのはこちらとしても得手なことではないのだから、早々に切りあげたいのだが、愛と憎しみとをほぼ表裏のものとして括ることには贊同できても、愛憎一句と宿敵の一句の存在とは必ずしも、あるひは大方重ならないのではあるまいか。
 愛の缺如をひとは言ふ。しかし、過不足なき愛などといふものが、果たして存在し得るのであらうか。こころみに愛憎の、その憎しみにややも情動を傾ければ、たちまちに愛憎の一句は宿敵の一句へと變幻するのだらうか。いやことはそれほど簡單なことではなからう。宿敵と見定めた刹那からその關係性のアンビバレントへと大きく目盛りを振り切らないかぎり、言語喫水の水平線に新たな夜明けは顯はれない。性急な心持ちはどうやらこの命題を「わが愛の、もしくは(※「もしくは」に傍点)、わが宿敵の、俳句作品」とは解したくないらしい。

   
Ⅲ Courante 

 謂はれなき憎悪のみが増殖し、眞の崇拜、敬愛がいよいよ以つて輕んじられるのは偏に時代位相のみではなからう。早晩俳句の世界の寓話でもある。小林秀雄風な物云ひをすれば「解析し分析する眼はちつとも恐かない、崇敬する眼は恐ろしい」とでも言ふことにならうか。冷靜に解析、分析する眼もときどきは羨ましくもあり、また疎ましくもあるのだが。


Ⅳ Sarabande 

 かがまりて     嚙合せの下駄     花冷えの     
 竈火の母よ  *  母の荷に    *  摺鉢の邊の
 狐來る       蜷のしめり      母とゐて
     大岡頌司『臼處』
 
 多行形式の振出しに大岡頌司は母を待つた。安井浩司であればさしづめ父に侍するところであらう。「遠耳父母」――その兩性を具有せむと高柳重信は懸命した。
 父を恃むか、母を持するかでひとりの俳句生涯は決定する。


Ⅴ Gavotte Ⅰ

 ふるさとの        一足さきに   
 踵の砂を盗る    *  くぬぎ林を  
 ながれ          いま過ぎる
             『臼處』

 もしも          落日はいま
 もしもと茅屋根の  *  靑き棗の
 百の雫を軒として     日中を撮む
       大岡頌司『花見干潟』
 
 時に           存問や
 茅舍の鳩時計    *  熄まざる雨の
 時に非ずと        在るごとし
       大岡頌司『抱艫長女』
 
 とはにとつぎて      近づいて
 おほばこぐさに   *  また遠ざかる
 かがまりぬ        彼岸花
        大岡頌司『利根川志圖』

 これら句群を貫通し、糸紡ぎ綾なす時閒のさまざまなる變幻、時の王(おほきみ)が繰り出だすありとある方途。眩暈を伴ふ時閒論、その時閒差構造。須臾を永劫と錯誤する至福、その時閒計測。およそ言語のみに許されたる祕術の數々。


Ⅵ Gavotte Ⅱ

 花緒なら
 紅なぎさひの
 堅緒擦れ
        『臼處』
 
 祕かにも一句成立の倒錯的顛末を直接作者より明かされ、確と掲句の背景とその命運をともにしてしまつたわが身には、その行く末を見定める負債とやらが生じてしまつたものらしい。初出は「花緒なふ(※「ふ」に傍点)/紅なぎさひの/堅緒擦れ」。即ち「なふ」は綯ふ。あざなはれる繩のごとく一字の誤植、誤謬が一句の命運を司る景色はまゝあるだらう。しかしその時、己が命運に重ねて一句の生死(しやうじ)を引き受ける覺悟があるか否か、すべては詩神の掌中の骰子にある。
 乾坤一擲、女神の賽は丁とでるか、半とでるか。


Ⅶ Menuet Ⅰ

 ぎんなんいる       
 ひるのてぐせ      
 とおもふべし
      『花見干潟』     

 こころざしとは
 よぐそみねばり
 かはつるみ
       『利根川志圖』

 手淫爲樣(オナニスム)風の方法論が言語的ウヰタセクスアリスを伴つて訪れてきた、私が訪ふた。言語オナニスムの濫觴。この夢の王國の成立をたつた獨りに委ねて、手淫と言語榮爲とは夜を繼ぎまひるまを繼いできた。俳句の志を立つるとは即、かはつるみを專らとすることである。ここに存命を、言語の必死を傾けては、片手の一技にをのこの俳諧の開闢が訪れる。

 仔細なし        ぢざうくじかな     せくしよんの
 醉ふてみる    *  つるみとんぼの  *  夜半の鼻學に
 茱萸のくれなゐ     ふたざまかぎり     すぎざれど
     『抱艫長女』
 
 灰買ひこそは      しばらくは       兎穴に墜ち
 をとこの仕事   *  陰に歸らむ    *  猶墜ち續く
 姫糊買ふ        麥の秋         行方かな
     『利根川志圖』
 
「しばらくは」一句、「陰」をかげと讀むではおおひに作者を嘆かせたことも、今となつては懷かしい。


Ⅷ Menuet Ⅱ

 ふなくぎあとの       寸烏賊は
 いはぬへのへの   *   寸の墨置く
 いはぬへのへの       西から來て
     『花見干潟』

 火の見櫓は         松の皮の
 影をつちかふ    *   駱駝を剥がし
 影でござるか        家來を剥がす
    『抱艫長女』

 大岡頌司の言語ナショナリズムとは、そもそもいかなる干潟跡に顯現しては寂しい言語相を遺していつたのであらうか。「寸烏賊」一句について、「寸断されたフレーズの何処かに語源明示詞なるものが匿されている」(『現代俳句全集』「自作ノート」)と記し、その端緒を『臼處』跋文の加藤郁乎言「言葉は單元(モナード)に繁る」に尋ねてゐる。大岡宅を訪れた粗方の客人が、挨拶もそこそこにいきなり始まり、しかも延々と續く、曰く「卑彌呼考」やら「昴探査行」「黄道光跡攷」果ては「小用、大用地名論」と云つた話柄、話しぶり(※「話しぶり」に傍点)にあるひは魅了され、あるひは辟易したのかも知れないが、廣範な言語狩猟を縱走して在野の大岡民俗學を夢見た最後の遺言とも言ふべきが、當時、病床より僅かの人間に託した色紙言であつた。のちに『大岡頌司全句集』所收の未刋句集『慫慂』「あとがき」として收められた一文には、ヘブライ語の贖罪の山羊を望見して、かの斷崖に佇たしめ、言語ナショナリズムの軌跡を言語インターナショナリズムの彼方へと臨ませてゐる。
 松のことは松に習へ、言葉のことは言葉に習へとは、大岡宅忘機庵存問の折り、俳句初學の唯一にして絶對の命題として倣つた。

Ⅸ Polonaise 

 風袋の        内聞の         そよいでは
 たおごし母郷   *  なんきん咲かす  *  靜もる笹の葉に
 ほぼろ籠       浦戸ばかり        臼處
          『臼處』       

 ちづをひらけば     釣瓶つる      山中に
 せんとへれなは  *  錨もありぬ  *  朝市  
 ちいさなしま      忘機庵       ともに隱れあふ
    『抱艫長女』
 
 利根川圖志の     川下に向つて       山海經の
 表紙を讀むは  *  左側が左岸である  *  郭注に言ふ
 あきみとせ      どのごおとんか      赤い鮭
     『利根川志圖』
 
 俳句評論系の目覺しい句的方法論に、地勢的ユートピアの構築ならびに書誌學的換骨奪胎がある。先師高柳重信の『伯爵領』『罪囚植民地』『山海集』『日本海軍』然り、寺田澄史『がれうた航海記』『新・浦嶼子伝』然り、志摩聰のとりはけ漢字表記に殉じた諸作また然り、折笠美秋『虎嘯記』もこれらのヴァリアントと解して宜しく、さらに岩片仁次の多行作品にも勿論それらは通底してゐる。大岡頌司はいまは無き、そしてまたいまひとつの、いまふたたびのふるさとの創出に端を發し、不在郷(ユートピア)、黄金郷(エル・ドラド)、隱れ里、稱郷遁花(ドノゴオ・トンカ)を連綿させてはここに言語千年王國の桃花源記、その殘闕をひとり祕かに繕つてゐた。
   
Ⅹ Gigue
 
 海の貰はれ         今は花なき花いちじくの
 海靑く        *  日は龍宮の
 この靑海の聲かぎり     杖のつりざを
          『花見干潟』
 
 一介の言語榮爲が、人をしてかくも果てなき遠つ方へまで、かくも無窮の寂しさ、その盡(はたて)へと連れ立つものだとしたら、もはや一句が俳句と、各々の一卷が句集と稱ばれまいが一向に構ひはしない。
   
ⅩⅠ Chaconne 

 高柳重信多行俳句の本然を貫く起承轉結の四行構想を打つ棄(ちや)つて、ここにたつた一行を干滿する序破急の時閒干潟が立ち顯はれたとき、大岡多行構造の發明が發見されたのではあるまいか。

ⅩⅡ Passacaglia 

 以上に偏在するアナクロニズムをひとは糾彈するであらう。句的資材がこの方たかだか百年が程の代物であつたなら、一句はたちどころに蒼ざめて卒倒するかも知れない。言語水位の言語觀とことば見(※「ことば見」に傍点)とをいつたい何處に標準するのか、俳句方法論の語られぬ要諦であり、しかもそれは昨夜出來(しゆつたい)した出來事であり、未來のモノガタリでもある。

ⅩⅢ Finale
 
 愛憎一句の消息がいまひとつ判然としない。わが句的生涯は未だ憎むほどに愛すべき一句と相見(まみ)えてゐないのではないか。ことばの端くれに連なる言語奴婢のひとりとして、この一事を最大の不幸と謂はずして何と……。


                                       (初出 『LOTUS』第11号 2008.7)

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