春宮のひとり言

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春宮のひとり言1005

2024-02-29 18:30:50 | 日記
昨年、もう、来客はない…と思って、茶の間を春宮の寝室・客間を春宮のガラクタ部屋にしてしまいました。
日本刺繍の後輩の友人が、春宮の着物の染め直しを見たいから、来たい…と言うのです。客間と茶の間が、ちゃんとあった時にも、刺繍の図案が見たい…と、やって来た事はあります。コロナ以前でした。隣の市に住んでいますが、運転が出来るので、行動力があります。春宮夫と同じペーパー獣医ですし、春宮とは、一歳違いですので、何となく気が置けない方なので、二階の空き部屋でよければ…と、👌しました。
ずっと、使っていないので、エアコンのリモコンの液晶が駄目になっていました。パナソニックなので、他の部屋のリモコンで代用します。
春宮は、着物生活ですが、新しく購入した物は、殆どありません。亡母・亡義母・ご先祖様の戦前の着物に、手を入れて、着ています。更紗が嫌いなので深緑色に染め直したら更紗の墨の細かい柄付けが浮き上がり、何処にも売っていない物になりました。三越は、小紋も格のある物には、ぐし縫い(細かい白い縫い)が入ります。深緑色にぐし縫いの白が、映えます。
母が、稽古着に…と作ってくれた紺地に赤・水色・黄色・白等の花模様の物は、全体を紺色に染めて貰いました。色の花の部分が元からの柄の様に浮き上がって、面白くなりました。やはり、ぐし縫いの白が、映えます。
戦前の錦紗という生地は、もう織られていません。薄い色合いでしたので、色がやけて、斑になっていたので、伯母達にも見捨てられていたようですが、柄の一番濃い色(臙脂色)に染めたら、やはり以前の柄が微妙に浮き上がり、綺麗ですし、これも、ぐし縫いが映えます。
絞りが、所々に入っていた物は、絞りを無視して、ペタンコにして、青磁色に染めて貰いました。絞りだった所が、うっすら柄のようになりました。
黒い羽織等、着ない家だったのに、形見分けででも譲られたのか、引き出し一杯ありました。黒羽織を二枚上手い具合に使って、被布にしました。夏用も冬用も出来ました。被布の房は、池之端の道明さんで、薄浅黄色や薄いグレーの物を組んで貰い、普通の時も、悲しみの時にも着れるようにしました。
家にあった物を捨てるの勿体ない精神で、いじるのを、三越の古い番頭さん達が、面白がって付き合って下さったから出来た事でした。
着物好き・刺繍仲間ですから、時計など見る事もなくて…。春宮夫が、北里研Hpの眼科(定期検診?)に朝から行き、帰りに、国立博物館で中尊寺展などをゆっくり見て帰宅して雨戸を閉める音で「えっ、もうこんな時間!」と、ピューと帰って行きました。日本刺繍の師の所にある本とは異なる本が、書棚にホコリをかぶっているのを見つけ、帰宅したら、注文をしよう…と言っていました。染め直し物を見る以外にも、収穫はあったようです😊
春宮、日本刺繍、本当に真剣に取り組んでいたんだ…と、再確認させられた感じです。今は、長~いブランクという事にしておきます😓


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