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東芝ワープロ発明訴訟事件 14: 技術者の名誉にかけてJW-10はユーザ本位の設計に徹しました

2007年12月31日 | Weblog


この画像はJW-10のキーボード右上の部分の操作卓にあるスイッチ類です。


 左側に,「漢字指定」/「文節指定」と「一括選択」/「逐次選択」の切り替えスイッチがあります。「漢字指定」,「文節指定」は入力モード切替です。入力中,いつでも切り替えることができます。

 ところで,読者の皆様は「文節」を正確に説明できるでしょうか?99.9%以上の方はできないと思います。文節の概念は学校文法と言われる橋本文法で提案されたものですので,中学校で習ってもよいのですが,実際には国語の先生でさえ正確には説明できない面倒な「机上の理論*」なので教えられていないのではないでしょうか。私自身,習った記憶がありません。精々「ネ」を入れられる切れ目,程度の知識しか教えられていないと思います。「今日ネ,駅前でネ,松葉カニのネ,大安売りをネ,していたよ」のようにです。


  *:橋本文法では概念を述べているだけですので,具体的な文を文節に区切る区切り方の正解というものはありません。文法学者の「説」に分かれてしまうのです。もちろん,概念にさえ一致しない完全な間違いというものはあります。例えば,「今日,駅前ネでネ・・・」は完璧な間違いです。また,「文節などという概念は存在できない」という反対説もあります。東京女子大学教授をされていた水谷先生とある学会の懇親会の席上でご一緒した時,「天野さん,文節などはないのですよ」と具体的な例を挙げられてのお説を拝聴したことがあります。ただ,機械に教える論理的な方法としては文節が最も綺麗な体系であることは確かなのです。



 JW-10を研究しているとき,ためしに情報システム研究所の研究者たちに,A4で1ページの文章を出して,文節の切れ目に「/」を入れる問題をアンケート方式でやってもらいました。世間的には,超優秀な人たちということになっていますが,結果は悲惨なものでした。誰も,文節など知らないのです。

 それで作ったのが「漢字指定式」モードでの入力法です。時々見かける説明で,「漢字をカッコでくくる」方式で,「(さくねん)の(こっかよさん)は・・・」のように入力すると書かれていますが,これは誤りです。考えれば分かると思いますが,漢字と平仮名は交互に出てくるため,頻繁に切り替えが起こります。「」,「」というカッコはシフトキーを用いて入力しなければならない面倒な記号です。しかも,頻繁に使う記号ではないので,使い難い位置にキーを割り当ててあります。そのような方法を考えるというだけで,既に研究者ではありません。ユーザにそのような負担をかけてはいけません。そもそも,文節を見極めることが難しいからというユーザを思いやる動機で作られたモードでユーザ不在の方法を考えてはいけないのです。当然,使いやすい方法を考えました。

 当時の普通のキーボードは親指の位置に長いスベース・バーが置いてありました。長いのでキーと言わずバーと呼びます。今のパソコンのスペース・バーの2倍ほどあります。英文タイプでは単語の切れ目にスペースをおくためのバーです。もっとも頻繁に使われるものなので,左右どちらの親指でも使えるようにそのようにしてあるのです。親指は大きくて,力が強く,打鍵にもっとも使いやすい指ですね。

 JW-10では,このスペースバーを2等分しました(実際には,英語ほどは使わないとは言え,スペース・キーも必要なので少し小さくなっています)。左を「漢字シフト」バー,右を「ひらかなシフト」バーとして,親指で漢字と平仮名を楽々と切り替えられるようにしたのです。ですから,頻繁に漢字←→平仮名の切り替えが起きても負担になりません。

 このように,「漢字指定」モードとは,漢字と平仮名をシフト・バーで指定して入力するというモードなのです。文節で切るということは考える必要がありません。JW-10はこのシフト情報を見ながら自動的に文節を推定して切ってくれるのです。私は,これを「自動分かち書き」という特許にしました。

 ついでながら,「一括選択」と「逐次選択」は同音語をいつ選択するかを指定するモードです。今の仮名漢字変換は,同音語をその場で決めないと次を入力できませんが,JW-10では,どんどん入力できました。「一括選択」というのが,そのモードで,普通はこのモードで使われていました。JW-10では同音語は選択せずに記憶されていますので,文章を作り終えてから,選択キーを押せば自動的に最初の同音語の位置にカーソルが飛んでいきます。そこで「次候補」キーを押せば,今のワープロやIMEのようにくるくると変わります。ちなみに,このくるくると変わる方式も(他にこのような機械は存在しないので)当然ながらJW-10で考案されたものです。そこで適切なものを「選択」すると,カーソルは次の同音語の位置に自動的に飛んでいきます。このようにして,一括で簡単に選択できる方式なのです。

 この方式と,今問題の訴訟の対象となっている「一度選択した単語が次からは最初に出てくる」という特許を組み合わせていますので,実際には選択キーをポンポンと押しているだけで良く,次候補キーでクルクルまわす必要がありません。これは使ってみると分かりますが一つのキーから手を離す必要がありませんので非常に楽な操作で,強力な同音語選択方式なのです。
「逐次選択」方式は言うまでもなく,現在普通に用いられている方式です。

 JW-10では現在のワープロあるいは,かな漢字方式に比して,このように様々な工夫が凝らされていました。残念なことに,多くの企業が参入する中で,人工知能も言語学も知らないと思われる技術者のためにワープロの中核技術は堕落の道を歩んだのです。ハードウェアだけは半導体技術の進化のおかげで進歩しましたが,言語学的,人間工学的(ヒューマン・インタフェース)には,一部の製品を除いて退化の方が激しかったと思います。産みの親としては残念に思います。

  とはいえ,携帯電話の「予測入力」は便利ですね。あれは,NHKのプロジェクトX第95話で,河田氏がマジックの話で思いついたと話していた「予測」方式の途中結果という舞台裏を表示してしまっているものです。もちろん,加えて多少の工夫はしているでしょう。パソコンなどのキーボードでは,キーを叩くスピードのほうがカーソルを移動しているスピードより速いので不要の機能ですが,ケータイの不便なキーでは非常に便利な機能で,重宝しています。

 また,東芝には「ルポエース」と言う「一文丸ごと変換」の素晴らしい変換率を持つIMEがあります。これは私の功績ではありません。後継者たちが汗水たらして開発したものです。まことに,「青は藍より出でて藍より青し」,出藍の誉れなのです。私がWindowsに搭載されているMS-IMEの言語学無視のあまりの変換率の低さに閉口していた時に,同僚がその存在を教えてくれたものです。その変換率の素晴らしさに感動したものです。しかし,残念な事に,東芝からは次の発表がされています。 有償で販売できないならば,日本の技術の世界遺産とも言うべき,このソフトはパブリックドメインにして,ソース公開すれば良いと思います。しかし,東芝がそのような社会的貢献を行うというアナウンスは聞いていません。実に惜しいことです。これも技術軽視の一端なのでしょう。

== お知らせ ==

Rupo ACE Ver.3.0 の販売は都合により休止いたしました。
また、ソフトパーク以外から購入する方法もございません。
http://softpark.jplaza.com/software/rupoace_stop.html

 
このブログの第一回
東芝ワープロ特許訴訟プレスリリース
東芝ワープロ発明物語:車上のワープロ技術史
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