吹く風ネット

ほら吹き

2002年4月21日

 K-1を見ながら書いている。ぼくはK-1のことをよく知らないので、テレビでK-1を見るたびに、「これとキックボクシングと、どう違うんだろう?」と思っている。またその連想から、沢村忠やロッキー藤丸の名前を思い出している。

 キックボクシングは、ぼくが小学校高学年から中学にかけて、一大ブームを起こした格闘技だった。その中でも、沢村忠はひときわ目立っていた。プロレスでいえば力道山、野球でいえば長嶋茂雄、ボーリングでいえば中山律子的な扱いの人だった。いわゆる時代の寵児である。
 この人の半生をつづったアニメ『キックの鬼』は、クラスの男子全員が見ていた。また、カネボウハリスが発売していた『キックガム』の点数を集めたらもらえるメダルシールは、当時の男子の憧れの一品だった。他にも、チャンピオンベルトをもらえる企画などがあった。

 沢村忠といえば、いつも思い出すことがある。
 キック全盛の頃、ぼくは柔道を習っていた。町道場に通っていたのだが、そこの先生のことである。
 先生は柔道家というよりも、実業家タイプの体格をしていた。事実、ある会社の創業者だった。
 柔道は八段で、他にも数々の古武術の段位や、柔道整復師などの国家資格を持っていた。今も先生の名刺を持っているが、名刺にはそういう肩書きばかり書いている。

 さて、この先生、肩書きどおり腕も達者だったのだが、口も実に達者だった。確かに実績のある方で、勲章をもらったり、新聞雑誌に紹介されたりしていたのだが、言うことが大きかった。いつもいつも、自慢話を聞かされたものだ。時には、
「力道山は先生が教えた」
 などと、大それたことを言うこともあった。

 ある日のこと。突然先生が
「今度、沢村忠が先生を訪ねてくる」
 と言い出した。ぼくが、
「先生、沢村忠知ってるんですか?」
 と聞くと、先生は、
「沢村忠はなあ、先生の弟子だ」
「沢村忠は、先生のところに泊まるんですか?」
「おう」
 それを聞いていた全員が、「すげえ」「会いたい」などと言っている。もちろんぼくも会いたかった。
「で、いつ来るんですか?」
「○月×日の土曜日に来る」
「え、本当ですか?」
「おう」
 ということで、みんなその日を楽しみに待っていた。ぼくは学校で柔道を習っていることを、誰にも言ってなかったので、沢村忠の件も口外しなかった。しかし、他の人はその通っている学校でかなり広めたらしい。そのため、沢村忠に会いたいという理由で、道場に入門する者も出てきた。

 さて、その○月×日土曜日。土曜日の練習は、午後3時から5時までだった。しかし、その日はみな学校が引けてから、すぐに道場にやってきた。1時半には、大半が集まっていた。誰もが、沢村忠を見たい一心だったのだ。
 しかし、練習が始まる、で、沢村忠は来なかった。練習が始まったが、誰も真剣にやっているものはいない。いつ沢村忠が来るのか、そればかりを気にしていた。
 途中で先生がいなくなると、「沢村忠が来たんやろうか?」などと言っている。しばらくして先生が戻ってくると、「先生、沢村忠は来ましたか?」などと聞く。
 結局、沢村忠が来ないまま、練習は終わった。誰もが、
「沢村忠、何しよるんかのう」
「おれ、ちょっと待っとこう」
 などと言っている。
 5時半を過ぎても誰も帰ろうとしない。
「何をしよるんか。早く帰りなさい」と先生が言った。
「でも、沢村忠がまだ来てないけ・・・」
 と誰かが言うと、先生は
「沢村忠から、さっき『夜中になる』と連絡があった」
 と言った。しかたなく、みんな帰って行った。
 しかし、ぼくは残っていた。道場の奥に、こそーっと隠れていたのだ。
 午後7時が過ぎた。まだ来ない。
 午後8時になった。もうだめだ。
 結局あきらめて、家に帰った。

 次に道場に行った時のこと。誰もが
「しんた君、沢村忠来た?」
 と聞いてきた。そこでぼくは
「おう、来たよ」と答えた。
「あーあ、待っとけばよかった」
「握手もしたし、サインももらった。それと、いっしょに風呂にも入った」
「えっ、風呂にも入ったと。いいのう」
 午後8時まで待ったのである。このくらい言っておかないと、気がすまない。

 しかし、本当のところはどうだったんだろうか?ぼくは、道場にいた先生の孫に訊いてみた。
「おい、本当に沢村忠は来たんか?」
「さあ、ぼく知らんよ。ちょっと、お母さんに聞いてくる」
『お母さん』、先生の長女である。同じ家の敷地内に住んでいたのだ。
 しばらくして孫が戻ってきた。
「来てないらしいよ」
 話を聞いてみると、道場の練習生が、あまりに「沢村忠、沢村忠」と言って騒ぐので、先生が妬んでそういうほらを吹いたんだろう、ということだった。

 そんな先生も、十数年前に他界してしまった。今では懐かしい思い出である。
 K-1で思い出したが、今度極真の国際大会を福岡でやるらしい。
 極真と言えば、空手バカ一代『大山倍達』。彼も先生の弟子の一人である。もちろん、先生の中では、であるが。
 

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