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怪談 幽ヶ浜 26

2020年09月17日 | 怪談 幽ヶ浜(全29話完結)
 出入りの引き戸が叩かれた。太吉だった。太吉は入って来るなり、ずぶ濡れのまま坊様の前に座る。
「坊様」太吉は激したような口振りだ。「昨日のあれは何だったんだ? あの変な女は誰だ? 帰ってからも気になって寝られやしねぇ」
「そうか、そうじゃったな」坊様は笑いながら頭を掻く。「太吉さんには訳も言わずに手伝わせてまったのう。すまん事をした」
「……いや、頭を下げてほしくて言ったんじゃねぇんですよ」頭を下げた坊様に戸惑いながら太吉は言う。「オレにも話をして欲しいって事なんで。何か力になれねぇかと思いやして」
「ほう、太吉さんは良い男じゃな。のう、長殿よ」坊様が感心したように言う。「こう言う村の衆のためにも、何とかせねばな」
「へい……」長が言う。それから太吉の方へ顔を向けた。「太吉、これから話は、この村の恥となる事じゃ。誰に言うでないぞ」
 長に言われて、太吉は神妙な顔をする。
「昔、わしの若い頃じゃ。村の娘が村の若い衆に手籠めにされた。それまで大人しかったその娘は、そのせいですっかり男狂いになってしもうた。亭主どもにまで艶目を使い出してな、女房衆に仕置きされたんじゃ。一緒に住んでいたその娘の母者も巻き添えでな、二人共死んだ。墓地のうんと外れに埋めてな、それっきりにしておった……」
「初めて聞いたよ……」太吉は呆然としている。「じいさんもばあさんもそんな話しなかった……」
「村の恥じゃからな…… 役人も呼べんから、内々で処するしかなかったんじゃ」
「二人を埋めた所に墓石代わりの石を並べてあったんじゃがの」坊様が引き継ぐ。「それが倒され、割られておった。何も知らぬ子らの罪無い悪戯じゃろう」
「それで……」
「死んだのはおてると言う娘とその母でな、そのおてるの怨みが深い。石が割られたせいかは定かでないが、怨みが噴き出した。おてるは村を滅ぼすつもりじゃ。いや、それだけでは収まらぬかもしれん。鬼となって地獄に堕ちてやるとぬかしておるでな」
「昨日の女が、その、おてるってわけで?」
「まあ、そう言う事だ。お島さんって人に憑いておったんじゃがな」坊様は奥の方に顎をしゃくって見せた。「あの奥でお島さんは寝ておる。護符も持たせたし、もう取り憑かれる事はあるまい」
「じゃあよ、みんなに護符を持たせりゃ良いんじゃねぇか?」太吉が気が付いたように言う。「そうすりゃ、誰も取り憑かれねぇ」
「じゃが、それでは何も終わらん。いつまでもおてるを怖れておらねばならん。もし、地獄の鬼になったりすれば、護符なんぞ効かんだろうさ」
「じゃあ、どうするんだ?」太吉は立ち上がる。「このままおてるにやられろって言うのか? 坊様よう、何か手はないのかよう!」
「ふむ……」坊様は考え込む。しばらくして顔を上げた。「手はあるにはあるがの。命懸けになるかもしれん。太吉さん、やれるかい?」
「……」太吉は答えられない。女房のおさえの顔が浮かぶ。でも村は救いたい。「……分かった、やるよ。おさえには話をしておくよ……」
「太吉! 何を言っておる!」長が太吉を叱る。それから坊様に向き直る。「坊様、無茶を言いなさるな! 命を懸けるなら、この長であるわしがするわい!」
 坊様は二人の顔を交互に見る。しばらくすると、我慢できなくなったように大声で笑い出した。
「はっはっは! すまんすまん! 二人の村を守りたい気持ち、とくと見せてもらったわい。坊主が他人様に命を懸けさせちゃ、御仏に顔が立たん。今宵、わしがやるよ」
「……そりゃ、どう言う事で?」長が言い、太吉と顔を見合わせる。「坊様が命を懸けなさるって事で? この村のために?」
「ははは、気にするでない。干し魚の礼とでも思うてくれい。……本音を言うとな、勝算は無いわけでは無いのだ」
「何だよ、脅かしだったのかよ」太吉は言う。ほっとしたようだ。「じゃあ、オレがやるよ」
「いや、それは無理だ」坊様はふっと真顔になる。「わしにしか出来んのだよ。それにな、ひょっとしてって事もある。明日の朝、わしの死骸が浜に転がっておるかもしれんぞ。そん時は、とにかくおてるを供養するのじゃ。」


つづく




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