タケルはタイムパトロール本部にいた。制服に着替えを済ませ、自分のデスクに座っている。タケルは第三課に属している。課は全部で七つあるが、各課の定員は二十名で、特に課ごとの専門が決まっているわけではない。単に人数を割り振っただけの事だった。基本的にタイムマシンの使用時の違反者への注意と是正の促しが仕事だから、逮捕権のような特別な権限はない。何とも中途半端な組織だと、タケルは常々思っていた。
てきぱきとした動作で出動して行く同僚を、タケルは感心したように眺め、座っている椅子の背もたれを、きいきいときしませながら反り返らせ、大きなあくびをした。第三課はタケルと課長だけになった。
タケルが視線を壁に向けると、笑顔のナナが左手を腰に当て、右手を手の平を上にして軽く肘を曲げたポーズのポスターが張られていた。手の平は「タイムパトロール隊員募集中」の活字を案内しているような構図になっている。
「タケル、どうした? 眠そうだが?」課長が声をかけてくる。「昨日は深夜番組でも見てたのか?」
気さくな課長は勤務態度に関しては何も言わない。タケルは課長のそういう所が気に入っていた。
「いえ、ちょっと人と会ってましてね」タケルは答えた。時代はまちまちだが、人と会っていたのは間違いではない。「遅くまで色々と話をしてましてね……」
言いながらタケルはまた大あくびをする。課長はにやりと笑う。
「寝かしてくれない相手だったのか?」
「ははは、課長、考え過ぎですよ」
タケルは、ふと真顔になって見せた。課長も心なしか緊張の面持ちになる。タケルがそう言う表情をする時には、何か重要な事があることを課長は知っていたからだ。
タケルは椅子からすっと立ち上がると、課長のデスクに向かう。
「ちょっとした情報がありましてね……」タケルは課長のデスクに両手をついて、顔を近づけて小声で言う。「まさかとは思うんですけど、一応話しておきます……」
「何だね?」課長も小声になる。「良い話だと助かるが、その表情だと、真逆っぽいな」
「実はですね……」タケルは一呼吸置く。「……例の『ブラックタイマー』なんですがね」
「解散したと報告を受けているけど?」
「それがですね、復活をもくろんでいるらしいんですよ」
「何だって……」課長はタケルを見つめる。「それって、確かな情報なのか?」
「昨夜は、その情報を持って来たヤツと会って話を詳しく聞いていたんで、今朝はあくびの連続ですよ……」タケルは言うとまた大きなあくびをした。「話だと、元リーダーのアツコが動いていると言う事なんですよね」
「おいおい、アツコはリーダーを辞めて、タロウと言うのが新しいリーダーになろうとして、それが上手く行かずに解散したんじゃなかったか?」
「ええ、そうなんですけどね……」
「確か、解散にテルキが一役買ったと聞いているが……」
課長がじっとタケルを見る。……まさか、テルキ先輩、あの時、ナナや逸子さんがいたことを話したんだろうか? いやいや、ボク以上に無精なテルキ先輩がそんな面倒になりそうな事を言うわけないか。タケルはそう確信して、課長を見返す。
「そうでしたね」タケルは言う。「さすが、ボクの先輩、『ドベラッターのテルキ』ですよね」
「あの巨大な違反集団が解散になってと、ほっとしていたんだがな……」
やはり、テルキ先輩は細かい事は話してはいなかったんだ。タケルはほっとするとともにテルキの無精で面倒くさがりな性格に感謝した。
「アツコが動き出したと言うのか……」課長は腕組みをする。「テルキも言っていたが、アツコはなかなか可愛い娘で、カリスマ性もあるらしい。あっという間に大人数が集まりそうだな」
「一度だけ見た事がありますけどね」タケルは言う。平然と嘘が言えるのがタケルの得意技の一つだ。「まあ、そこそこ可愛いかも知れませんが、ちょっと性格はきついかもですね……」
「そうなんだ……」課長は言う。「でも、リーダーになろうって娘だからな、そう言う面もあるだろうさ」
「そんなもんですかねぇ……」
そう言う事なら、ナナも逸子さんもチトセちゃんもリーダーになれそうだな。タケルは思った。
「……ところで」課長が背もたれをきしらせる。「その情報を持って来たのはどこの誰なんだ?」
「詳しくは言えません。その人物に危険が及ぶかもしれないので……」タケルは言う。知らぬ間に話が大きくなりそうだ。「言えるのは、元『ブラックタイマー』のメンバーです。タイムマシンである調査で過去に行った時、偶然会ったんですよ」
「そうか…… アツコの動向が分かるとなると、タロウとか言う人物じゃないかね?」
「それは……」タケルはにやりとする。「言えませんね」
「そうか……」
課長はうなずく。情報源はタロウだと思ったようだ。……多少はスリルやサスペンスが無いとね。タケルは思った。
「タケル、君が担当になってくれ。そして、もう少し詳しく調べてくれないか。はっきりとした証拠が欲しい」
「分かりました」
タケルは言うと課長のデスクから離れ、壁のナナのポスターを軽く指先で弾くと、第三課の部屋を出た。
「……さあて、最初の種は蒔いたぞ。次はどこに蒔きに行こうかな?」
タケルは言うと、隣の第二課のドアを開けた。
つづく
てきぱきとした動作で出動して行く同僚を、タケルは感心したように眺め、座っている椅子の背もたれを、きいきいときしませながら反り返らせ、大きなあくびをした。第三課はタケルと課長だけになった。
タケルが視線を壁に向けると、笑顔のナナが左手を腰に当て、右手を手の平を上にして軽く肘を曲げたポーズのポスターが張られていた。手の平は「タイムパトロール隊員募集中」の活字を案内しているような構図になっている。
「タケル、どうした? 眠そうだが?」課長が声をかけてくる。「昨日は深夜番組でも見てたのか?」
気さくな課長は勤務態度に関しては何も言わない。タケルは課長のそういう所が気に入っていた。
「いえ、ちょっと人と会ってましてね」タケルは答えた。時代はまちまちだが、人と会っていたのは間違いではない。「遅くまで色々と話をしてましてね……」
言いながらタケルはまた大あくびをする。課長はにやりと笑う。
「寝かしてくれない相手だったのか?」
「ははは、課長、考え過ぎですよ」
タケルは、ふと真顔になって見せた。課長も心なしか緊張の面持ちになる。タケルがそう言う表情をする時には、何か重要な事があることを課長は知っていたからだ。
タケルは椅子からすっと立ち上がると、課長のデスクに向かう。
「ちょっとした情報がありましてね……」タケルは課長のデスクに両手をついて、顔を近づけて小声で言う。「まさかとは思うんですけど、一応話しておきます……」
「何だね?」課長も小声になる。「良い話だと助かるが、その表情だと、真逆っぽいな」
「実はですね……」タケルは一呼吸置く。「……例の『ブラックタイマー』なんですがね」
「解散したと報告を受けているけど?」
「それがですね、復活をもくろんでいるらしいんですよ」
「何だって……」課長はタケルを見つめる。「それって、確かな情報なのか?」
「昨夜は、その情報を持って来たヤツと会って話を詳しく聞いていたんで、今朝はあくびの連続ですよ……」タケルは言うとまた大きなあくびをした。「話だと、元リーダーのアツコが動いていると言う事なんですよね」
「おいおい、アツコはリーダーを辞めて、タロウと言うのが新しいリーダーになろうとして、それが上手く行かずに解散したんじゃなかったか?」
「ええ、そうなんですけどね……」
「確か、解散にテルキが一役買ったと聞いているが……」
課長がじっとタケルを見る。……まさか、テルキ先輩、あの時、ナナや逸子さんがいたことを話したんだろうか? いやいや、ボク以上に無精なテルキ先輩がそんな面倒になりそうな事を言うわけないか。タケルはそう確信して、課長を見返す。
「そうでしたね」タケルは言う。「さすが、ボクの先輩、『ドベラッターのテルキ』ですよね」
「あの巨大な違反集団が解散になってと、ほっとしていたんだがな……」
やはり、テルキ先輩は細かい事は話してはいなかったんだ。タケルはほっとするとともにテルキの無精で面倒くさがりな性格に感謝した。
「アツコが動き出したと言うのか……」課長は腕組みをする。「テルキも言っていたが、アツコはなかなか可愛い娘で、カリスマ性もあるらしい。あっという間に大人数が集まりそうだな」
「一度だけ見た事がありますけどね」タケルは言う。平然と嘘が言えるのがタケルの得意技の一つだ。「まあ、そこそこ可愛いかも知れませんが、ちょっと性格はきついかもですね……」
「そうなんだ……」課長は言う。「でも、リーダーになろうって娘だからな、そう言う面もあるだろうさ」
「そんなもんですかねぇ……」
そう言う事なら、ナナも逸子さんもチトセちゃんもリーダーになれそうだな。タケルは思った。
「……ところで」課長が背もたれをきしらせる。「その情報を持って来たのはどこの誰なんだ?」
「詳しくは言えません。その人物に危険が及ぶかもしれないので……」タケルは言う。知らぬ間に話が大きくなりそうだ。「言えるのは、元『ブラックタイマー』のメンバーです。タイムマシンである調査で過去に行った時、偶然会ったんですよ」
「そうか…… アツコの動向が分かるとなると、タロウとか言う人物じゃないかね?」
「それは……」タケルはにやりとする。「言えませんね」
「そうか……」
課長はうなずく。情報源はタロウだと思ったようだ。……多少はスリルやサスペンスが無いとね。タケルは思った。
「タケル、君が担当になってくれ。そして、もう少し詳しく調べてくれないか。はっきりとした証拠が欲しい」
「分かりました」
タケルは言うと課長のデスクから離れ、壁のナナのポスターを軽く指先で弾くと、第三課の部屋を出た。
「……さあて、最初の種は蒔いたぞ。次はどこに蒔きに行こうかな?」
タケルは言うと、隣の第二課のドアを開けた。
つづく
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