「さとみちゃん、大丈夫? いつもならちゃんと息が出来るのに……」
百合恵が心配そうに、座り込んださとみを見る。さとみは座り込んで下を向いている。
「さとみちゃん……?」
さとみはゆっくりと顔を上げた。
溢れ出た涙でぐしゃやぐしゃな顔になっている。声を出すまいと唇を皺が出来るくらい強く閉じている。
「……ゆ、り、えさん……」
さとみは抑えた声で言う。百合恵はさとみの前にしゃがみ、優しく微笑む。
「良いのよ。泣いて、良いのよ…… いや、今は泣きなさい。泣いてすっきりしちゃいなさい」
百合恵の言葉にさとみは泣き出した。
「みんな、みんな、わたしのせいで! わたし、何にも出来なくって! わたしが調子に乗ってしまったから、だから、みんなを巻き込んじゃって! アイまで怪我させちゃって! わたしは何にもしない方が良いんです! わたしなんか、わたしなんかぁぁぁ!」
わあわあ泣く声は廊下に響き渡る。百合恵はその背中を優しく撫でている。
邪な霊たちが、にやにやしながら見ている。元々臆病なので傍には寄って来ない。遠巻きにして眺めているだけだ。百合恵が睨みつけると、そそくさと姿を消し、違う場所に現われて、さとみをにやにやしながら見ている。わあわあ泣き続けるさとみは気が付いていないようだ。
「全く、碌で無しどもが……」
百合恵は霊たちにうんざりした顔を向ける。
しばらくすると、さとみはすんすんと鼻を鳴らすまでに治まって来た。
「……さとみちゃん」百合恵の呼びかけに、さとみは顔を上げる。涙と鼻水とで顔中ぐしゃぐしゃになっている。霊たちは笑い転げている。百合恵が睨みつける。霊たちは姿を消す。「臆病野郎どものくせして!」
「百合恵さん……」大きな声で泣いたせいか、さとみの声が嗄れている。「ありがとうございます…… 落ち着きました……」
「そう、良かったわ」百合恵は言うとスカートについているポケットから赤いハンカチを取り出した。「これで顔を綺麗にしなさい。さとみちゃんって、泣くと大変だから」
「……あ、はい」さとみは素直に受け取り、顔を拭き始める。「……これで良いですか?」
「そうねぇ」百合恵はさとみからハンカチを受け取ると、仕上げとばかりにさとみの顔を拭き始める。さとみは、為すがままにされている。「……さあ、これで良いわ」
「あ、洗濯してお返しします」さとみはハンカチに手を伸ばす。「ぐちょぐちょになっちゃから……」
「良いのよ。わたしが洗うから」百合恵は言うと、ハンカチを畳み直してポケットにしまった。「……さ、もう泣き言はおしまいよ!」
「……はい!」
さとみは立ち上がった。
「良かったわ。『めそめそ少女 さとみ』にならなくって」百合恵は言って立ち上がり、さとみの背後を指差した。「……ほら、見てごらんなさい」
さとみは振り返る。そこに、富と静と珠子とが立っていた。
「……おばあちゃんたち……」
さとみは霊体を抜け出させ、三人に駈け寄った。
「さとちゃん、良く立ち直ったね」冨が笑顔で言う。「さすが、わたしの孫だ」
「それは言えてるね」静が言う。「ちょっとの事でくよくよして泣くなんざ、富の子供の頃とそっくりだよ」
「お前がどうかしているんだよ」珠子が静をたしなめる。「お前はくよくよしなさすぎだよ。その逆で、友達を泣かしてばっかりだったじゃないか。わたしはどれだけあちこちに頭を下げ回ったか」
「そんな古い事は覚えちゃいないよ」静が鼻を鳴らす。「そんな事はその場で言うもんさ。今さら言われたって、どうしようもないよ」
「どうして、ごめんなさいが言えないかねぇ……」珠子はため息をつく。「でも、その強気と負けん気が怨霊を鎮める力にはなったけどさ」
「じゃあ、問題ないじゃないか」静は言って、さとみを見る。「なぁ、さとみもそう思うだろう?」
急に話を振られたさとみは意味も無く笑みを浮かべる。
「こらこら、いたいけな孫を困らせるんじゃないよ」冨は静かに言う。「そんな事よりも……」
「そうそう……」珠子がうなずく。「それで、さとみちゃん、現われたんだって?」
「え?」
「ほら、さとみちゃん」百合恵が助け舟を出す。「屋上のさゆりの事よ」
「……はい、そうです」さとみはうなずく。「わたしはまだ見ていないんですけど、霊感のほとんどないアイにも見えたって言っていましたし、直接攻撃もされちゃって……」
「そりゃ、大した霊だねぇ」静が感心したように言い、にやりと笑う。「何だか、厄介な相手のようだ」
「静、楽しんでんじゃないよ」珠子が言う。「良いかい。ここいらには、かなりの悪の霊波が高まって来ている。油断していると、囚われちまうよ」
さとみは、豆蔵たちを思い返していた。何としてでも助けたいと思いを新たにした。
つづく
百合恵が心配そうに、座り込んださとみを見る。さとみは座り込んで下を向いている。
「さとみちゃん……?」
さとみはゆっくりと顔を上げた。
溢れ出た涙でぐしゃやぐしゃな顔になっている。声を出すまいと唇を皺が出来るくらい強く閉じている。
「……ゆ、り、えさん……」
さとみは抑えた声で言う。百合恵はさとみの前にしゃがみ、優しく微笑む。
「良いのよ。泣いて、良いのよ…… いや、今は泣きなさい。泣いてすっきりしちゃいなさい」
百合恵の言葉にさとみは泣き出した。
「みんな、みんな、わたしのせいで! わたし、何にも出来なくって! わたしが調子に乗ってしまったから、だから、みんなを巻き込んじゃって! アイまで怪我させちゃって! わたしは何にもしない方が良いんです! わたしなんか、わたしなんかぁぁぁ!」
わあわあ泣く声は廊下に響き渡る。百合恵はその背中を優しく撫でている。
邪な霊たちが、にやにやしながら見ている。元々臆病なので傍には寄って来ない。遠巻きにして眺めているだけだ。百合恵が睨みつけると、そそくさと姿を消し、違う場所に現われて、さとみをにやにやしながら見ている。わあわあ泣き続けるさとみは気が付いていないようだ。
「全く、碌で無しどもが……」
百合恵は霊たちにうんざりした顔を向ける。
しばらくすると、さとみはすんすんと鼻を鳴らすまでに治まって来た。
「……さとみちゃん」百合恵の呼びかけに、さとみは顔を上げる。涙と鼻水とで顔中ぐしゃぐしゃになっている。霊たちは笑い転げている。百合恵が睨みつける。霊たちは姿を消す。「臆病野郎どものくせして!」
「百合恵さん……」大きな声で泣いたせいか、さとみの声が嗄れている。「ありがとうございます…… 落ち着きました……」
「そう、良かったわ」百合恵は言うとスカートについているポケットから赤いハンカチを取り出した。「これで顔を綺麗にしなさい。さとみちゃんって、泣くと大変だから」
「……あ、はい」さとみは素直に受け取り、顔を拭き始める。「……これで良いですか?」
「そうねぇ」百合恵はさとみからハンカチを受け取ると、仕上げとばかりにさとみの顔を拭き始める。さとみは、為すがままにされている。「……さあ、これで良いわ」
「あ、洗濯してお返しします」さとみはハンカチに手を伸ばす。「ぐちょぐちょになっちゃから……」
「良いのよ。わたしが洗うから」百合恵は言うと、ハンカチを畳み直してポケットにしまった。「……さ、もう泣き言はおしまいよ!」
「……はい!」
さとみは立ち上がった。
「良かったわ。『めそめそ少女 さとみ』にならなくって」百合恵は言って立ち上がり、さとみの背後を指差した。「……ほら、見てごらんなさい」
さとみは振り返る。そこに、富と静と珠子とが立っていた。
「……おばあちゃんたち……」
さとみは霊体を抜け出させ、三人に駈け寄った。
「さとちゃん、良く立ち直ったね」冨が笑顔で言う。「さすが、わたしの孫だ」
「それは言えてるね」静が言う。「ちょっとの事でくよくよして泣くなんざ、富の子供の頃とそっくりだよ」
「お前がどうかしているんだよ」珠子が静をたしなめる。「お前はくよくよしなさすぎだよ。その逆で、友達を泣かしてばっかりだったじゃないか。わたしはどれだけあちこちに頭を下げ回ったか」
「そんな古い事は覚えちゃいないよ」静が鼻を鳴らす。「そんな事はその場で言うもんさ。今さら言われたって、どうしようもないよ」
「どうして、ごめんなさいが言えないかねぇ……」珠子はため息をつく。「でも、その強気と負けん気が怨霊を鎮める力にはなったけどさ」
「じゃあ、問題ないじゃないか」静は言って、さとみを見る。「なぁ、さとみもそう思うだろう?」
急に話を振られたさとみは意味も無く笑みを浮かべる。
「こらこら、いたいけな孫を困らせるんじゃないよ」冨は静かに言う。「そんな事よりも……」
「そうそう……」珠子がうなずく。「それで、さとみちゃん、現われたんだって?」
「え?」
「ほら、さとみちゃん」百合恵が助け舟を出す。「屋上のさゆりの事よ」
「……はい、そうです」さとみはうなずく。「わたしはまだ見ていないんですけど、霊感のほとんどないアイにも見えたって言っていましたし、直接攻撃もされちゃって……」
「そりゃ、大した霊だねぇ」静が感心したように言い、にやりと笑う。「何だか、厄介な相手のようだ」
「静、楽しんでんじゃないよ」珠子が言う。「良いかい。ここいらには、かなりの悪の霊波が高まって来ている。油断していると、囚われちまうよ」
さとみは、豆蔵たちを思い返していた。何としてでも助けたいと思いを新たにした。
つづく
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