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ジェシル 危機一発! ㊹

2019年12月28日 | ジェシル 危機一発!(全54話完結)
 深夜。病室と通路は消灯している。明かりがついているのはナースセンターだけだ。泊まりの看護師が五名、顔を突き合わせ、束の間の休憩を楽しんでいた。キャシーもその一人だった。キャシーは昼間のビルの出来事を仲間に話した。
「あの時のビルの顔ったらなかったわ。余命告知を受けた患者さんより深刻そうな顔だった」
 キャシーがそう言うと皆笑った。
「あの病院一の良い男でもジェシル捜査官には歯が立たなかったってわけね」
「何でも、宇宙で最古の貴族の直系だってことだから、ビル如きじゃ太刀打ちできないわよ」
「でも、ビルは今傷心中でしょ? わたし狙っちゃおうかな」
「わたしも狙っちゃおうかしら」
 看護士たちはきゃあきゃあと笑っている。
「でね、ジェシル捜査官って『愛のべラン・エアポート』を読んでたのよ」
 キャシーが新情報を伝えると、皆歓声を上げた。
「わあ、意外だわ!」
「わたしも読んだわ! 主人公のマッケイが純情で良いのよね」
「それで、わたし『そんな純愛物を読むんですね』って聞いたのよ……」キャシーが言って間を開ける。皆がキャシーに注目する。「そうしたらジェシル捜査官『そうよ、だって、女の子だもん』って答えたの!」
 一斉に歓声が上がる。
「可愛い!」
「何よそれ! 鬼捜査官じゃなかったの?」
「わたし、ジェシル捜査官のファンになっちゃいそうだわ!」
「みんなでファンクラブ作りましょうよ!」
「そしてね、良く眠りたいって言うから、薬も持って行ったのよ」キャシーが続ける。「激務の捜査官だから効き目の強いのを持って行ったのね。そしたら、にっこり笑って『ありがとう』って言われちゃって。その笑顔、女のわたしでもドキッとしちゃって……」
「まあ! キャシーったら、いけない世界に踏み込んだのね!」
「そんなこと無いわ。ジェシル捜査官ってすごく可愛いじゃない。ちらっと見たわたしだってときめいちゃったわよ」
「わあ、わたしも会ってみたい!」
「やっぱりファンクラブを作りましょうよ!」
 看護士たちの笑い声が流れる中、ナースセンターの脇の暗い通路を身を屈めながら過ぎて行く影があった。
 黒のコンバットスーツを着込み、顔も黒い防御マスクで覆っている。壁にぴたりと寄り添い、闇と同化している。看護師たちを一瞥すると、そのまま進む。幾つかの病室の前を過ぎると足を止めた。ジェシルのいる病室の前だ。じっと動かず、病室内の気配を探っている。
 やがて、ゆらりと影が動き出した。
 扉のタッチパネルをグローブを嵌めた手で操作する。音に過敏な患者もいるため、扉は無音のまま開いた。影も音を立てず室内に入る。防護マスクは闇でも物が見えるようで、まっすぐにジェシルの寝ているベッドに顔を向けた。ベッドからはすうすうとジェシルの寝息が聞こえてきた。影はゆっくりとベッドへ進む。その足が止まる。ジェシルが寝返りを打ったからだ。そのまま様子を探る。再びすうすうと寝息が立ち始めた。影はベッドへと動き出す。
 影は仰向けになっているジェシルの顔を真上から覗きこんだ。ぐっすりと眠っているようだ。影の両手がゆっくりとジェシルの細い首に伸びる。影の指先がジェシルの喉に触れた。
「そこまでよ!」
 鋭い声と共にジェシルは目を開けた。素早く布団から右手を抜き出すと、持っていた小型のメルカトリーム熱線銃を相手の防御マスクに向ける。影は後方へ飛び去る。ジェシルは枕元に置いてあったリモコンを操作し、室内の照明を点けた。白い病室内に立つ黒ずくめの姿は異様だった。手足の長い男だった。
「やっと会えたわね、ニンジャ野郎!」ジェシルは壁に背を付けて立っている相手に言った。「モーリーもクェーガーも居なくなったんだから、次にわたしを狙うのはあなただと思っていたわ」
 ジェシルは銃口を相手に向けたまま、ベッドから降りた。男は微動だにしない。
「強い睡眠薬を飲んで寝てるって言う情報がどこかから漏れたろうと思って、飲んだふりして待っていたのよ」ジェシルはにこりと笑う。「思ったより早く現われてくれたわね。あなた、誰に頼まれてここへ来たの?」
 男は答えず、不意に窓まで跳躍し、そのまま窓ガラスを突き破って飛び出した。ジェシルはとっさにメルカトリーム熱線銃の引き金を引いた。熱線は男の左の二の腕に当たった。コンバットスーツが避け、肉片が飛んだ。
 ジェシルは破壊された窓に駈け寄り、外を見た。
「えっ?」ジェシルは外を見ながら驚いている。「そうだわ、ここは二十三階だったわ……」
 ジェシルは見下ろした。真下の路面まで何も障害物が無い切り立った壁だった。街灯に照らされている路面には、ジェシルを見上げている黒い影が見えた。しばらくジェシルを見ていたが、影は走り去り、夜の闇に溶け込んでしまった。
 物音を聞きつけて看護師たちが入ってきた。室内の様子を見て、口々に悲鳴を上げている。
 ジェシルは室内に残った相手のコンバットスーツの切れ端を見つけた。それを手に取る。
「何よ、これぇ……」ジェシルはうんざりしたようにつぶやく。「機械じゃないの……」
 切れ端には、メルカトリーム熱線銃によって焼け焦げた機械の部品がこびりついていた。
「じゃあ、あのニンジャ野郎は、サイボーグ……」 


つづく


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