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荒木田みつ殺法帳 Ⅱ その五

2022年10月13日 | 荒木田みつ殺法帳 Ⅱ
 翌日の昼過ぎ、宿場外れの小川の岸辺で、みつは白刃を素振りしていた。一日でも剣の修行を怠ると全身を重い鉛で包み込まれたような感じになってしまう。みつは一振り一振りに集中していた。風切り音が凄まじい。
 そんなみつの元へ、おてるが駈けてきた。
「おみつさ~ん!」
 おてるは叫びながら両手を振り回している。みつは手を止め、おてるの方を向いた。
 みつの傍まで来ると、おてるは膝に手を当てて、はあはあと荒い息遣いを繰り返す。ずっと走って来たのだろう。
「おてるさん、どうした?」
 みつが尋ねるが、おてるはちょっと待ってと言わんばかりに右手を上げる。みつは手にした刀を腰の鞘に納める。鍔がちんと涼やかな音を立てた。
 しばらくすると、おてるの息も整い、からだを起こす事が出来た。
「はあ~っ、やっとしゃべれる……」
 おてるはにっこりと笑う。
「それで、何があったんだい?」みつが改めて訊く。「文吉が来たのかな?」
「あれっ、知っていたのかい? 凄い神通力だなぁ……」
 おてるは呆気にとられたように、ぽかんとした顔をしている。
 おてるには不思議な事だったろうが、みつにしてみれば昨夜の文吉たちとの事から容易に察する事が出来た。
「それで、文吉は何と言って来たのだ?」
「え? あ、そうそう……」おてるは、呆気にとられた顔から眉間に皺を寄せて必死の顔つきになる。文吉の言葉を思い出そうとしているようだ。「ええとね…… 明日の明け四つ(午前十時)頃に迎えに来るって言ってた」
「他には?」
「後はねぇ……」おてるは自分の頭をこんこんと叩き始めた。しばらくして、その手が止まる。「そうだ! 迎えに来たら、宿場外れの経福寺に行くって言ってた」
「経福寺……?」
「うん。山の方にある、もう坊さんも居なくなって随分経つ荒れ寺なんだけどさ……」おてるは顔を曇らせる。「夜には幽霊がいっぱい出るんだってさ……」
 みつはうなずいて見せた。幽霊の話を信じてはいないが、頭ごなしに否定する気にもならない。その土地その土地に色々と謂われがあることくらいはみつも知っていた。
「あ、そうか! 文吉たちも幽霊が怖いから、陽のあるうちに、おみつさんを呼び出したんだな! な~んだ、臆病者じゃないかあ!」
 おてるは一人で合点すると笑い出した。
 そうではあるまい…… みつは思った。松吉と竹蔵の所に話を持ち込み、都合がついたのが、明日の明け四つだと言う事なのだろう。
「ところで、おてるさん……」みつが言う。「それぞれの所に用心棒がいると言う話だったが、どんな連中か知っているかい?」
「うん、知ってるよ」おてるが答える。さん付けで呼ばれて、おてるはにこにこしている。「まずは文吉のいる梅之助の所だけど、斉藤源馬って名前でさ、何とか流免許皆伝だって言ってた。ごっつい大男だよ」
 ……やはり流派は分からないか。みつは思う。……まあ、どこの流派だろうが、どこの誰であっても構わないが。
「竹蔵の所のは、村上清左衛門って言うんだ。この人も何だか流だよ」おてるの言い方に妙な艶っぽさがある。「村上様は若くて良い男なんだ。わたしと同じくらいの娘はみんなきゃあきゃあ言ってる」
「おてるさんもその一人かい?」
 みつはわざと話を振った。純朴な娘の反応が面白かったからだ。
「まあね……」おてるは赤い頬をさらに染める。「うちの店に来る事もあってさ。声をかけてくれるんだ。……でもね、どこで嗅ぎつけるのか、そう言う時に限って他の娘たちも店に来ちゃってさ。わたしは調理場で大忙し。結局、話なんてできゃあしない……」
「それは難儀だな」みつは同情する。確かに店の手伝いが無ければ、もう少し娘を楽しむ事が出来ただろう。みつは自分の事は勘定に入れていない。「ごつい男と優男か……」
「松吉の所のは、何だか、おっかない感じなんだ……」おてるは言うと、軽く身震いする。「おじじが言ってたけど、相当人を斬っている筈だってさ……」
「ほう……」みつの右手が無意識に柄に掛かる。「で、名前はなんて言うのだ?」
「黒田伝兵衛って言ってたよ」
「なっ!」みつの眼差しが険しくなった。「黒田…… 伝兵衛……」
「どうしたんだよ、おみつさん! そんな怖い顔しちゃってさぁ……」
 おてるは、みつの様子におろおろし、泣き出しそうになった。


つづく

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