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荒木田みつ殺法帳 Ⅱ その七

2022年10月15日 | 荒木田みつ殺法帳 Ⅱ
 その翌日、文吉と若い衆とが現われた。水ごりをして艶やかに光る黒髪と、真新しい晒しを巻き付けた胸元が着物から覗いているみつの、妙に神々しい雰囲気に、文吉はほうっと見惚れてしまった。
「……じゃあ、行くぜ」文吉は邪念を掃う様に頭を振る。「他の連中もすでに集まっているだろう」
「どのように進めるのだ? まさか、一斉に斬り合いをさせるわけではあるまい?」
 みつが文吉に訊く。
「何故そんな事を?」
 文吉は訝しそうな顔をする。
「いや、話だと『松竹梅の三馬鹿』と言う事だから、何を考えているかと不安になってな」
「三馬鹿……」文吉はつぶやくと、おてるを睨んだ。「おてる、お前ぇが吹き込みやがったのか?」
 おてるは固まってしまった。そんなおてるの前にみつが立つ。
「三馬鹿は偽りか?」
「え? ……いや、その……」文吉も歯切れが悪い。「松吉と竹蔵に比べれば、マシだが……」
「梅之助は持っていた縄張りを取られたそうだな?」
「どうして、それを……って、おてる、そんな事まで喋りやがったのか?」文吉はみつの後ろにいるおてるを睨む。そして、諦めたようにため息をつく。「……まあ、誰でも知っている事だけどな」
「争いじゃなくって、騙されて縄張りを奪われたんだ。何でも、借金のかただってさ。馬鹿みたいだろ、おみつさん?」おてるはみつに言う。みつが楯になっているので、結構ずけずけと話している。「そんで、ここに流れて来たってわけさ。馬鹿は馬鹿を引き寄せるって、おじじが言って笑ってたよ」
「兄い、良いんですかい、親分をここまで言われて!」一緒にいる若いのがいきり立つ。「おてる! 黙っていやがれ!」
「宗助よ、そういきるな……」文吉は若い宗助を治める。「とにかくだ、おれたちの行く末は斉藤源馬先生に預けられているんだ。親分もそう言っていなさるからな」
「……へい……」
 宗助は不承不承と言った態だ。
「竹蔵の所は村上清左衛門の旦那に託されている」
「あの優男野郎め!」宗助は村上が気に入らないようだ。「この宿場の娘どもが色めきやがってよう!」
「お前ぇもそれなりの色男なのになぁ」文吉が宗助をからかう。「……まあ、それはどうでもいいとして(宗助は少しむっとする)、そろそろ行くぜ」
「松吉の所の黒田伝兵衛はどうだ?」みつが文吉に訊く。「三人の中で、一番物騒だと言う事のようだが?」
「ああ、あのお人は恐ろしいぜ……」文吉はやや青褪める。「前にな、うちの若いのが黒田の旦那のおでこの傷をからかったら峰討ちされて、今じゃ寝たきりだ。それから、誰もあのお人には手を出せねぇ。それじゃいけねぇってんで、うちの親分と竹蔵とで用心棒を雇ったんだ」
「そう言う経緯か」みつはうなずく。「で、用心棒同士の斬り合いは無かったのか?」
「まあな。居るだけで銭になるし、先生、先生っておだてられるしさ。だったら無駄な事はしねぇわな」文吉は不満そうだ。「その分、子分たちがぴいぴい言ってらあ」
「ならば、此度の話、渡りに船ではないか?」みつが言う。「親分が一人に決まれば用心棒も不要になろう」
「まあな。確かに三馬鹿よりは一馬鹿の方が色々といいかもな……」文吉は言う。「まあ、うちの親分が仕切る事になるだろうさ」
「だと良いがな……」
 みつは言うと、文吉たちと一緒に店を出た。
 みつは文吉たちの後を無言で追う。
 ……やはり、黒田伝兵衛は額の傷を恨んでいるようだな。みつは思う。……ならば、何故手当をさせなかったのか?
 見くびっていた女に手傷を負わされた。それだけでも恥辱と感じる。しかも、手当までされると言う事が、剣に生きる男には耐えがたい恥辱になる。みつには、そう言う男の誇りの様なものが分からない。
 あれこれと思案しながら歩いていると、文吉たちの足が止まった。
「ここだ」
 文吉が言う。
 門扉の右側が無くなっており、塀も所々穴が開き、藁が剥き出しになっている。本堂も崩れかけていて、残っている瓦の間から雑草が生えている。境内も雑草だらけのようだ。まさに荒れ寺だ。
「おみつさ~ん!」
 みつが入ろうとすると、背後から声が掛けられた。声はおてるのものだ。みつは振り返る。おてるの他に太助をはじめ、宿場の者たちがたくさんいた。中には娘たちも居て、振り返ったみつに黄色い声を上げている。
「ははは、村上の旦那、振られちまったな」文吉が笑う。「ところで、どうして宿場の連中が?」
「わたしはあの者たちの用心棒と言う事だ」みつが答える。「だから、わたしが勝てば、お前たちは宿場の者たちの言う事を聞く事になる」
「何だってぇ!」文吉は驚く。「そんなの聞いてねぇ!」
「そりゃそうだろう。昨夜思いついたのだから」みつは平然と言い放つ。「それがイヤなら、三人の用心棒たちで斬り合うんだな」
「……ちょっと待って居やがれ!」
 文吉は苦々しげに言うと、寺に入って行った。しばらくして文吉が戻ってくる。
「……親分たちは、絶対に自分の所が負けねぇって言い張っている。お前ぇなんざ目じゃねぇそうだ。勝手にどこぞの用心棒でもやりやがれ、だとさ」文吉は自棄になっている。「オレが凄腕の女侍だって言っても聞きゃしねぇ!」
「そうか」みつはにやりと笑う。その顔も美しい。「じゃあ、わたしは宿場の用心棒と言う事で入らせてもらう」
 みつは歩を進めた。


つづく

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