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荒木田みつ殺法帳 Ⅱ その十

2022年10月25日 | 荒木田みつ殺法帳 Ⅱ
「好い加減にしたらどうだ?」みつは静かに言う。「戦う気力の無い者を嬲るなど、不快でしかない」
「……荒木田みつ……」
 伝兵衛はからだをみつの方に向けた。その隙に清左衛門は這いながらその場を離れた。伝兵衛は、その姿に侮蔑の一瞥をくれると、すぐにみつに顔を戻した。
「ならば、お前が相手になろうと言うのか?」伝兵衛は言うと、不遜な笑みを浮かべる。「斉藤は死に、村上は腰抜けだ。定盛が『まだ血が足らぬ』と嘆いておるわ!」
「愚かな……」
 みつは大きくため息をつくと、前へと進み出た。伝兵衛の誘いに応じる事と、宿場の人たちを巻き込む事を避けるためだ。
「あなたはその刀が妖刀だと言うが、証しはあるまい?」みつは腕組みをしたままで言う。「それに、定盛なる刀鍛冶が実在したのかも定かではないのだろう?」
「……何が言いたいのだ?」伝兵衛の表情が険しくなる。「単にお前が知らぬだけだ。これを手にしてからは、オレは変わったのだ」
「それは、たまたま自分に合った刀を手に入れたと言うだけの事ではないのか?」みつは小馬鹿にしたような笑みを浮かべる。「そして、その刀に定盛なる刀鍛冶の作り話が付いていたので、あなたはその気になっただけなのではないのか?」
「何を言うか!」
 伝兵衛は一喝する。周囲の空気がびりびりと震えるような気迫があった。娘の幾人かが悲鳴を上げ、泣き出した。
「ははは」みつは笑う。「あなたの恫喝は臆病な娘たちには利くようだ」
「何だとぉ……」
「凄んで見せても、わたしには利かぬ。むしろその凄んだ顔付きは滑稽でしかない」みつはふと真顔になる。「……刀の虚にすがるとは、あなたは、わたしに討たれてから何をしていたのだ? 構えを地擦りの下段に替えたようだが、それとて修行の成果ではあるまい。妖しの雰囲気を醸し出すための単なるこけおどしではないのか?」
「ふざけた事を言うな!」伝兵衛の表情がさらに険しくなる。「定盛がオレにこの構えをさせているのだ」
「ならば、その構えがその刀を持った時にやり易かったと言うだけの事か……」
「それ以上言うな!」伝兵衛が怒鳴る。「抜け! 定盛の餌食にしてくれるわ!」
「いや、抜かぬ」みつは腕組みをしたままだ。「妖刀と言われるようなものを相手に刀は抜かぬ。刀は神への供物でもあった。それを魔物と共に鍛えたなどと言う邪な話があっては、相手にするのも汚らわしい」
「言い訳か」伝兵衛は笑う。「オレに勝てぬと悟り、言い訳を並べるか。だがな、オレはお前を斬る。いや、定盛がお前の血を欲して、先程からオレの手の中で震えておるのだ」
「それはあなたがそう思い込んでいるだけだ。わたしが揺るがぬ故に、知らずに恐れて震えているのだ。ははは、からだとは正直なものだ」
「ふざけるなぁ!」
「妖刀など有りはしない。あなたのねじれた心が邪な噂話に乗っただけの事だ。……そう言う意味では、あなたはその刀に憑かれているのかも知れないな」
「黙れぃ!」
 伝兵衛は叫ぶと、みつに向かって突進した。下段の刀が地を這う。みつは動かない。
 伝兵衛の切っ先が素早く上がった。硬い物にぶち当たる音がした。
「わああっ! おみつさんっ!」
 おてるが悲鳴のように叫ぶ。松竹梅の配下の男たちも声を上げる。みつの骨が伝兵衛の刀で、妖刀定盛で斬られた。誰もがそう思った。
 しかし、みつは倒れず、相変わらず静かに立っていた。伝兵衛の方が後方へと大きく飛び下がった。
 みつは、ほんのわずか後ろに下がって間合いを作ると、自身の刀の柄に左手を添えて軽く突き出し、伝兵衛の繰り出した刀の刃に当てたのだ。硬い物に当たった音はこの音だった。
「ははは」みつが笑う。「やはり、あなたは修行を怠っていたようだ。手にしたその刀に慢心し、己が勝てる者ばかりを相手にしていたのだろう。わたしが額を討った時から、左程の進歩は見られない」
 周りから安堵と感嘆の息が大きく洩れた。
「あなたは妖刀の言葉に惑わされた愚かで惨めな人だ」みつは言い放つ。「素直に負けを認め、もう一度修行をするのが一番の道だと思う」
「やかましい!」
 伝兵衛は怒りと屈辱とで顔を真っ赤にしながら、上段に構え、みつを睨み据えた。


つづく

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