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荒木田みつ殺法帳 Ⅱ その八

2022年10月18日 | 荒木田みつ殺法帳 Ⅱ
 荒れ寺の朽ちた門をくぐり、正面の廃墟となった本堂の右側を見ると、すでにわいわいと騒ぐ下衆な声がしていた。そこが境内だ。だが、今では単なる雑草の生えた野原でしかない。長四角の土地の三つの隅にそれぞれ十人前後の男たちが固まって立っている。
 ひときわ大きなからだをした髭面の浪人が腕組みをして立っている。これが梅之助の所の用心棒の斉藤源馬で、源馬の隣に立っている辛気臭い様子の男が梅之助なのだろう。立ち止まっているみつを放っておいて、文吉と宗助は小走りにその二人の方へと駈けて行った。
 別の隅には、すらりとした立ち姿の若く小ざっぱりした浪人が笑みを浮かべて立っていた。その隣には、父親くらいの歳の、酒のせいか鼻の頭の赤いでっぷりとした男が立っている。これが、優男の村上清左衛門と竹蔵だった。みつに続いて現われた宿場の娘に気がついた清左衛門は、笑みを浮かべて手を振って見せた。しかし、振り返す娘はいない。清左衛門は訝しそうな顔をする。
 そして、もう一つの隅には額の古傷も生々しい黒田伝兵衛が、じっとみつを睨んでいた。既に殺気が漲っている。その隣にはもじゃもじゃの髪を撫でつけていない三人の中で一番凶悪そうな表情の男が立っていて、伝兵衛同様にみつを睨んでいる。これが松吉だ。
「……お前ぇが宿場の用心棒の女侍か?」
 そう言ったのは梅之助だ。
「そうだ」みつは答える。「勝ち残った用心棒の言う事を聞くのだったな?」
「わあっはっはっはあ!」哄笑したのは竹蔵だった。「おい、小娘よう! 分かったような口をきくんじゃねぇよう! お前ぇなんざ、一ひねりだぜぇ! それとも、うちの先生に惚れちまったか? 村上の旦那は良い男だからなぁ!」
「へん! 村上様より、おみつさんの方がずっと良いよぉだ!」みつの後ろから大きな声が飛んだ。みつが振り返ると、宿場の者たちがついて来ており、その中にいるおてるが腕を振り回していた。「ここの娘たちはみんなおみつさんに乗り替わったんだよぉだ!」
 おてるの言葉に娘たちはきゃあきゃあと賛同の声を上げている。
「これ、変な事を言うんじゃない!」
 みつが叱責するが、それすらも嬉しいのか、娘たちはさらにきゃあきゃあと囃す。困惑するみつに、清左衛門は鋭い眼差しを向ける。
「荒木田みつ!」
 重く鋭い声が飛んだ。その声の迫力に娘たちの声が止まった。みつが声の主、黒田伝兵衛の方を見た。
「オレを忘れてはおるまいな……」伝兵衛は言うと不敵な笑みを浮かべる。「ここでお前に会えるとはな。オレの思いが天を動かしたのだろう」
「……あの時、手当てをしていれば、そのような傷も残らなかったものを……」みつが言う。「あの時、素直になっていればよかっただろうに……」
「え?」おてるがみつの隣に立って訊く。「じゃあ、あのおでこの傷はおみつさんが付けたのかい?」
「まあ、そう言う事になるかな……」
「すごい! こりゃあ、宿場の勝ちだね!」
 おてるが叫ぶと、宿場の連中がどっと沸く。
「……いや、あの者は以前と違っている。以前よりも強くなっている……」みつが伝兵衛を見ながら言う。「相当の修羅場をくぐったようだ……」
「そうなのぉ……」おてるが絶句し、宿場の連中に振り返る。「どうしよう……」
 皆、先程の勢いはすっかりなくなってしまった。
 そんな中、文吉が真ん中へと進み出た。
「それじゃあ、決めた通り先生方に腕を振るってもらいやしょう」文吉がそれぞれの陣営を見回しながら言う。文吉は、皆の中では一番の知恵者のようだ。「で、決めた通り木刀での総当たりで、勝ち数の多い者の勝ちと言う事で……」
「手緩い!」伝兵衛が一喝し一歩前に出る。「そんなまだるっこしい事などしておられん! 所詮、斉藤も村上もオレの敵ではない。オレとあいつ(伝兵衛はみつを指差す)の一騎打ちで事は足りる」
「そう言いやすがね、これは松吉親分も含めた親分たちで決めた事でやすぜ」文吉が言う。言いながら伝兵衛の殺気に気圧されて後ろへ下がる。「松吉親分、何か言って下せぇ!」
「うちの先生がそう言うんなら、そうに違ぇねぇ」松吉が言って、煽るような笑みを浮かべる。「竹蔵と梅之助の所の先生はダメって事だな」
「なんだとぉ!」斉藤源馬が怒鳴ると進み出て抜刀した。「ならば、ここで黒田と討たせろ! 前から偉そうにしていやがって、気に食わなかったのだ!」
「そうだな……」村上清左衛門も抜刀し進み出た。「わたしも黒田さんが嫌いだ。額の傷が醜くてね、美しい物が好きなわたしには耐えられない」
「何ぬかしてやがる!」松吉が清左衛門に言う。「宿場の娘の人気をあの女侍に掻っ攫われて、焦ってんだろうがよう! ここで良い所を見せようって魂胆だろうがよう!」
「なっ!」
 図星だったのか、清左衛門は二の句が継げない。
「……一度刀を抜いたのなら、それはどちらかが死ぬことだと分かっているのだろうな?」伝兵衛は言いながら抜刀する。「良いだろう、二人そろって来るが良い」


つづく

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