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コーイチ物語 3 「秘密の物差し」 184

2020年11月14日 | コーイチ物語 3(全222話完結)
「さあ、出来たぞ」
 姫の声がする。コーイチは立ち上がり、台所へ行った。そこには内掛けを脱いでたすきを掛けた姫がいた。
「何じゃ?」姫は言いながら、料理の乗った膳を取り上げた。「何をしに来たのじゃ?」
「いえ…… 出来たって聞こえたので、取りに来たんですけど……」
「何だ、ずいぶんと腹を減らしておるのだな」姫は言うと笑う。「今から部屋まで持って行くので待っておれ」
「いえいえ、作ってもらった上に運んでもらうなんて、申し訳ないですよ」
「何故じゃ?」姫は合点が行かぬと言うように首をかしげる。「男は座って待っておれ」
「そうはおっしゃいますけどね、そんな偉そうな事、ボクには出来ませんよ」
「……お前の国では、男子は皆そうなのか?」
「みんながみんなってわけじゃありませんが……」
「ほう……」姫は興味深そうにうなずく。「……では、これを持って行ってくれ」
 姫はコーイチに膳を差し出す。コーイチは受け取った。ずっしりと重い。
「……重い……」コーイチは思わずうなる。「……こんなに食べられませんよう……」
「何を言っておる! 腹が減っては戦が出来ぬのだぞ!」
「戦なんてしませんよう……」
「わたくしとの事は、戦ではないのかえ?」
「え?」
 コーイチは姫を見る。姫は意地悪そうな顔でコーイチを見ている。……そうだった。逸子さんのためにも、殿様に首を斬られないように、姫様とは結婚しないようにと頑張らなきゃならなかったんだ。コーイチは膳をしっかりと持って食事の部屋へと向かった。
 部屋に戻り、自分の前に膳を置く。そこへ姫がたすき姿のまま、軽々と膳を持って入って来て、コーイチの正面に座った。姫の膳にもコーイチと同じだけの量が乗っている。
「さあ、食べるのじゃ」姫は言う。「出来たてじゃから、ちと熱いかも知れん。気を付けるが良かろう」
「はあ、ご丁寧に……」
 コーイチは頭を下げかけて止めた。ちらと姫を見る。
「そうじゃそうじゃ」姫は満足そうにうなずいている。「男は無闇に頭を下げてはならぬ」
「……では、頂きます」
 汁の入った椀を取る。出汁の香りが椀を口元に運んだあたりでもう漂い、鼻腔をくすぐる。味噌の味はやや甘めだったが、疲れたからだに染みわたるようだ。具は長ネギのざく切りだったが、柔らかすぎず、実に歯ごたえが良い。
 ご飯を口にする。粒が一つずつ立っているような炊き上がりだ。そして、噛むたびに程良い甘さが広がる。
 山菜の煮付けを盛った小鉢に箸を伸ばす。醤油でやや辛めに煮てあるが、山菜そのものの味と歯ごたえを邪魔することはなかった。また、この味付けがアクセントになって、甘いご飯をさらに進める。
 ……うむ、こりゃあ、チトセちゃんと良い勝負だぞ。いや、姫様の方がちょっと大人な味かもしれない。コーイチは感心する。……でもね、やっぱりボクは逸子さんの料理が一番だと思うね。コーイチは心の中で惚気ていた。実際は、「美味い、美味い」と言いながら、箸も置かずに食べ続けているコーイチだった。姫はそんなコーイチを楽しそうに見ている。
「どうじゃ?」人心地ついた様子のコーイチな姫が聞く。「美味いか?」
「はい、とっても!」コーイチは答えた。「とっても美味しいです!」
 姫は子供のような答え方をしたコーイチに笑った。不意に姫はコーイチに向かって手を伸ばす。
「え? 何を?」
「動くでない!」のけ反るコーイチに、姫は厳しい声で言う。「そのまま、じっとしておれ」
 言われたままじっとしているコーイチの顔に姫に手が伸びる、コーイチは思わず目を閉じた。姫の指が一瞬頬に触れたかと思うとすぐに離れた。コーイチは目を開けた。
「全く、行儀の悪いヤツじゃのう……」姫の指先に米粒が二つ付いていた。「頬に米粒を付けるとは、コーイチは子供並みじゃ」
 姫は言うと笑い、指先の米粒をぱくりと食べた。
 それから、二人は残りを黙々と食べた。
「いやあ、美味しかったです!」膳をすっかり空にしたコーイチは満足そうだ。「ごちそう様でした」
「もう良いのか?」姫は呆れた顔をする。「男のくせに小食じゃな」
 姫は小馬鹿にしたように言う。……そんな事を言われてもなぁ、びっくりするくらいの量だったんだけどなぁ、でも美味しかったなぁ。コーイチは思った。
 やがて姫も完食し、膳を持って立ち上がった。コーイチもそれに倣う。
「おや? どうしたのだえ?」姫が不思議そうな顔をする。「コーイチは満腹ではなかったのかえ?」
「ええ、そうですけど……」コーイチは答える。「片づけをするんでしょ?」
「何を申しておるのじゃ?」姫は言う。「わたくしは、おかわりじゃ。見て分からぬか? このからだのためには、この量では足らぬのじゃ」
 姫はそう言うと部屋から出て行き、すぐに膳を取り換えて戻って来た。最初の膳よりも量が多そうだ。良く見ると、一品増えている。特大の饅頭が二つ、皿に乗っていた。
「……そのお饅頭……」
 コーイチが呆れ顔で言うが、姫は平然としている。
「これか? これは餡子のたっぷり入った饅頭じゃ。膳を食した後で食べるのじゃ。甘くてな、とっても美味なのじゃ。……コーイチには、やらんぞ」
 姫は言うとにこりと笑う。……なるほど、姫の体型の理由は大食いと甘い物か。コーイチは思った。


つづく

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