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ジェシル、ボディガードになる 111

2021年05月10日 | ジェシル、ボディガードになる(全175話完結)
 ミュウミュウは『姫様』の前に回り込むと、己を楯とすべく、ジョウンズに背を向けた。強く『姫様』を抱きしめる。
「……ミュウミュウ……」
「『姫様』。わたくしはいつも共に居ります……」
「ふん! 何だ、それは?」ジョウンズの声に侮蔑の色がにじむ。「本当に下らないな! 二人まとめて、この拳で貫いてやる!」
 ジョウンズの拳が、手首から撃ち出された。が、拳はミュウミュウたちに当たらず、壁に向かって弾き飛ばされた。
「ジェシル!」 
 ジョウンズは叫んでジェシルに振り返る。ジェシルは床に座り込んで右手に熱線銃を握っていた。ジェシルはこの熱線銃でジョウンズの拳を弾き飛ばしたのだ。ジョウンズと顔が会うと、ジェシルはにやりと笑った。
「下手糞、大外れね……」
 ジェシルは言うが、その声に力が無い。
「くそう!」ジョウンズはジェシルを睨みつける。ジェシルの傷口にあるジョウンズの右手が動く。ジェシルは激痛にうめくと、持っていた熱線銃を床に落とした。そのまま床にうつ伏せた。「ははは! 苦しめ! そうだ、もっと苦しめてやる!」
 ジョウンズは弾き飛ばされて床に転がっている自分の左拳を見た。左拳が床から浮き上がった。ジョウンズはジェシルに顔を向けた。それに合わせるかのように拳はジェシルにめがけて突進した。硬く握られた拳はジェシルの背中を強く叩いた。ジェシルは悲鳴を上げる。拳はいったん宙に浮き、再び勢いをつけてジェシルの背中に打ち込まれた。ジェシルの苦悶の声が上がる。背中が幾度も殴りつけられる。脇腹の攻めも強くなった。ジェシルは両手で脇腹のジョウンズの右拳を剥がそうとする。
「ジェシル、言っただろう? 人の力では剥がせないのさ。さらに背中も痛いだろう? 一打ちごとに苦痛に歪むお前の顔、本当、ぞくぞくするよ」
 ジェシルは仰向けになった。背中の苦痛に耐えられなくなり、咄嗟に取った行動だったのかもしれない。しかし、これはより危険を招く事になった。ジョウンズの左拳は、待っていたとばかりにジェシルの腹へと打ち込まれた。ジェシルはからだをねじって腹をかばおうとするが、構う事なく左拳は腕へ肩へと次々と打ち込まれ続ける。通路にジェシルの苦痛のうめき声とジョウンズの残忍な笑い声が流れる。
「もう止めて!」
 そう叫んだのはミュウミュウだった。涙を流している。
「ほう、可愛い娘の流す涙もぞくぞくするな……」ジョウンズはミュウミュウを見て笑む。「しかも、懇願するその眼差しも堪らないな……」
「変態女! あなたなんか……」
 ジェシルが悲鳴を上げる。ジェシルに打ち込まれるジョウンズの左拳に更に力が加わり、最後まで言わせなかった。
「ふん! ぎゃあぎゃあとうるさい女だ!」ジョウンズはジェシルに振り返る。左拳がすっと宙に浮き、指を広げる。「死ね!」
 指を広げた左手はジェシルの喉元へと突進した。そして、ジェシルの細い首を鷲掴みにした。ジェシルは苦しそうにもがいた。
「ははは、ゆっくりと絞め上げてやる……」ジョウンズは残忍に笑う。「その苦しむ顔、ぞくぞくを通り越してうっとりするよ」
「お願い! もう止めて!」ミュウミュウがジョウンズの許まで駈け、左腕に縋り付く。「わたくしたちは、どこにも行きません! ですから、ジェシルさんは……」
「ほう……」ジョウンズは涙を流すミュウミュウをしげしげと見つめる。「お前もぞくぞくを通り越してうっとりとさせてくれるな……」
 そう言うと、ジョウンズは縋り付いたミュウミュウを邪険に振り払った。ミュウミュウは羽毛のように床に倒れた。『姫様』は、ただおろおろと、この状況を見ているだけだった。
「ばばあ!」ジョウンズは『姫様』を罵る。「何が古い貴族の出身だ! 何が女性解放運動家だ! この衛星が停まって騒ぎになった時、あんたの名を出して落ち着かせようとしたが、どうなった?」
『姫様』はジョウンズを見るが答える事は無かった。ジョウンズは険しい表情になった。
「誰も言う事を聞かなかった! 我先にと逃げ出して行ったんだ!」ジョウンズは険しい表情を小馬鹿にした者に変えた。「分かるかい? 周りがあんたを乗せてやっただけなんだよ! あんたは個人には何の価値も威厳も無いって事さ。ただのお飾りなのさ! ははは!」
 ジョウンズの哄笑を浴びた『姫様』はその場に膝を突き、頭を抱えた。ジョウンズはそんな『姫様』に感情の無い眼差しを向けている。
 ミュウミュウは床に座り込んでいる。ジョウンズを睨み付けているが、まだ立てずにいた。
「おい、ミュウミュウ……」ジョウンズは言う。「お前、こんなばばあに忠義立てしているのは、形だけなんだろう? 本音は、こんなばばあ捨ててどこかに行きたいんじゃないのか?」
「……そんな事はありません!」
「そうかなぁ? お前が頻繁にどこの誰かさんと連絡を取っているのを知っているんだよ」ジョウンズは笑う。「相手までは分からないが、きっと手に手を取って逃げ出そうって算段でもしているんだろう?」
「違います! わたくしが連絡を取っていたのは、オーランド・ゼムです!」ミュウミュウがきっぱりと言う。「ここを『姫様』とともに脱出するための算段をしていたのです! 後ろめたい事など何もありません!」
「ふん、まあそんな事はどうでも良い……」ジョウンズはジェシルを見る。「まずはジェシルを殺す。その後にお前とばばあだ。三つの死骸をオーランド・ゼムに送りつけてやるさ!」
 ジョウンズは笑む。ジェシルの首を掴む左手に力が加わる。右手は傷口を攻めている。ミュウミュウは絶望したようにがっくりと頭を垂れた。 
 

つづく

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