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コーイチ物語 2 「秘密の消しゴム」 60

2009年02月05日 | コーイチ物語 2(全161話完結)
 洋子は握り締めていた手を開いた。ケースが現われる。
「さあ、コーイチさん、受け取って下さい」
 洋子は手の平をコーイチに向かって差し出した。コーイチは受け取ろうとして、摘んでいたメガネに気がついた。
「いつまでそんな気持ち悪いものを持っているんですか」洋子は言うと、もう一方の手でそれを弾き飛ばした。「さ、どうぞ」
 さらに差し出された手の平から、コーイチはケースを摘み上げた。目の高さまで持ち上げ、しげしげと見つめた。ケース越しに見ても、単なる消しゴムとしか思えない。
「ケースから出してください。ケースに入っていては使えませんから」
「あ、ああ・・・ そうだね・・・」コーイチは答えたが、ケースを摘んだままだ。「たしかに、取り出さなければ、使えないね・・・」
「・・・コーイチさん」洋子が一歩詰め寄った。「まさか、怖気づいちゃったんですか・・・?」
「え? ま、まさかあ! わあっ、はあっ、はあ・・・」コーイチは笑って見せた。しかし、すぐに溜め息をついて、肩を落とした。「・・・実は、そうなんだ」
「コーイチさん、しっかりして下さい!」洋子はさらに詰め寄った。「そんな弱気じゃ、逸子さんを助けに行けないじゃないですか!」
「そ、そうなんだけどさ・・・」コーイチは一歩下がった。「色々と心配になっちゃって・・・ たとえばさ、別次元って、どんな所なんだろう?」
「わたし、行った事ないから分かりません」
「逸子さんは、別次元のどこにいるんだろう?」
「それは、行ってみないと分かりません」
「無事に帰って来れるんだろうか?」
「それは、・・・鉛筆を取り返せば、帰って来られるはずです・・・多分、きっと、おそらく・・・」
「なんだかさ、不安な点が一杯だよね」
「じゃあ、どうするんですか!」洋子はこわい顔で言った。「逸子さんと鉛筆と、どうするんですか!」
「そりゃあ、僕だって逸子さんを助けたい。でもさ、鉛筆を持っているのは、きっとあの壁抜けピンクおじいさんだよ。別次元の住人なのに、僕に会いに出て来たり、鞍馬の六郎に入れ知恵をしたり、清水さんでさせ叶わない怪しい術を使うし・・・ そんなすごい力を持った相手にどうすればいいんだい?」
「・・・分かりました」洋子の顔に、ある強い決意が浮かんでいる。きっとコーイチを見据えた。「コーイチさんが行かないんなら、わたしが行きます!」
 洋子はコーイチの手からケースを奪い返すと、「ガンジス寿司」の屋台に向かって駆け出した。
「あっ、ちょっと、芳川さん!」
 コーイチは後を追いかけた。追いついた時には、洋子は長椅子に座っていた。カウンターには広げられた紙ナプキンがあり、その上にはシャープペンシルが転がっている。右手にはケースから出された消しゴムが握られていて、今にも紙ナプキンを擦りそうだった。
「待った! 待った! 待った!」
 ・・・芳川さん、本気だぞ! コーイチは叫びながら洋子の手首をつかみ、そのまま隣へ座った。洋子は抵抗をしなかった。しかし、顔はコーイチから逸らしている。
「確かに、色々と心配な点はあるし、危険も多いと思う」コーイチは必死で言った。洋子は相変わらず顔を逸らしている。「だからこそ、そんな所に芳川さんを行かせるなんて、できるわけ無いじゃないか!」
「・・・」
 洋子はうつむいた。そのまま黙っている。黒髪が垂れ、洋子の横顔を隠す。
「だから・・・」コーイチは大きく息を吸い込んだ。巨大な金色に輝くゴシック体の「先輩」の二文字が迫り出して来る。決心した。「だから、僕が行く!」
 洋子の肩が細かく震え始めた。震えは大きくなった。
「あっはっはっはっは!」洋子は大きな笑い声とともに顔を上げた。「やっぱりコーイチさんって良い人ですね。大好きです!」
「はあ?」
 コーイチは呆気に取られている。つかんでいた手首を放す。すると、洋子は紙ナプキンを取り上げてコーイチに見せた。そこには何も書かれていなかった。
「試したんです。コーイチさんが本当はどう思っているのか・・・ 思った通り、わたしを止めてくれて、行くって言ってくれました」
「ああ、まあ・・・ね・・・」
 ・・・きっと最初からこうなるように仕組んだんじゃないのかなあ。すっかり手玉に取られた感じのコーイチだった。 
「コーイチさん」洋子が真顔になって言った。「やっぱり、わたしも行きます。逸子さん、わたしの身代わりになってくれたんですから、どうしても助け出したいんです。それに、鉛筆も取り戻したい出すし・・・」
 行く気満々の洋子に気づかれないよう溜め息をつくコーイチだった。

       つづく

いつも熱い拍手、感謝しておりまするぅ

(本日初日! 無事全公演を行なえますように!)



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