霊体になったさとみは、百合恵に大きくうなずいてみせた。
「さとみちゃん! 今すぐ、からだに戻りなさい!」百合恵が言う。「何かあってからじゃ、遅いのよ!」
「大丈夫です。霊体を抜け出させた感じは、いつもと変わりません」さとみは答える。「これから、みつさんに話しかけてみますね」
さとみは階段に座り込んでいるみつの傍へと近づいた。
「……みつさん……」
さとみは心配そうな表情でみつを見る。さとみの呼びかけに、みつは反応しない。相変わらずうつむいたままだ。
「ねえ、みつさん……」さとみは階段を上りながら、みつに声をかける。「どうしたの? 大丈夫?」
「さとみちゃん」百合恵が声をかける。さとみは百合恵に顔を向ける。「いつものみつさんじゃないわ。戻っていらっしゃい!」
「……でも……」
さとみはみつと百合恵を交互に見る。
「……さとみ殿……」
うつむいたままのみつが、絞り出すような声を発した。
「みつさん!」さとみは、ほっとしたように言う。「何も言ってくれないから、心配だったわ。大丈夫?」
「さとみ殿……」苦しそうな声でみつは言う。「百合恵殿の言うように、お戻りください……」
「でも……」
「お願いです…… さもなくば……」
みつは左手に刀を持ったままで、ゆらりと立ち上がった。うつむいていた顔を上げ、さとみを見る。
「わああっ! みつさん!」
さとみが悲鳴を上げた。
みつの黒目がちの涼やかな瞳が淀んだ灰色に覆われていた。目尻も吊り上り、唇の両端も吊り上っていた。唇の端からは鋭い牙が覗いている。ポニーテールの様にまとめた後ろ毛が幾条にも分かれて浮き上がっている。みつの右手が柄に掛かった。
「……さとみ殿…… 今すぐからだにお戻りください…… まだわたしが操られ切らぬうちに……」
「え? 操られって…… 何? どう言う事?」さとみは混乱している。「え? え? ……」
「さとみちゃん! とにかく、からだに戻るのよ!」百合恵が叫ぶ。「みつさん、何かに操られているのよ!」
「はあ?」さとみは驚いた顔でみつを見る。みつは刀の鯉口を切った。「みつさん!」
みつは刀を抜くと上段に構えた。鞘が階段を転がり落ちた。
「……邪魔をするなぁ!」
みつの発した怒号は、みつの声ではなかった。低く地の底から響くような声だった。その声にさとみは立ちすくんでしまった。
「さとみちゃん!」
百合恵は咄嗟にさとみとみつの間に駈け込んだ。その百合恵に刀が振り降ろされた。
「あつっ……」
百合恵がうめいて、左肩を押さえた。血こそ出てはいないが、ジャンプスーツの左肩が裂けていた。
「霊体は、生身には手が出ないはずなのに……」百合恵は肩を押さえたままつぶやく。「……よっぽど強力なのね……」
「邪魔をするな!」みつの口を借りたものが言う。「今ならまだ立ち去らせてやろう。しかし、まだ絡んでくるようであれば……」
みつの持つ刀が青白い光を放った。切っ先をさとみに向ける。
「お前を斬る。霊体を消滅させてやる」
さとみは付きつけられた切っ先を見つめる。心なしか寄り目になっている。
「……みつさん!」さとみが切っ先から顔を上げてみつを見る。「しっかりして! こんなへんてこなヤツに負けないで!」
「おい!」みつに憑いた者がさとみを睨む。「今何と言った!」
「へんてこよ!」さとみは言う。「へんてこよ! へんてこへんてこへんてこ!」
「ふざけるなぁ!」みつに憑いた者が怒りの声を上げた。「オレはへんてこではない!」
「じゃあ何よ?」さとみが言う。「他の人に憑りついて、しかも、その力を利用しようなんて…… あっ、分かった! へんてこじゃなくって、卑怯者ね!」
「何だとぉ!」刀が振り上げられた。「斬り伏せてやる!」
「ふん! 卑怯者らしいセリフね!」さとみは言い放つ。「悔しかったら、自分自身でかかって来なさいよ! どうせ、自分自身は大した事ないんでしょ?」
「ふざけた事をぬかすなぁ!」
「そう言いながら、まだみつさんに縋っているんじゃないの! 卑怯でへんてこで、後は、ええと……」さとみはおでこをぴしゃぴしゃやりだした。「後は……」
「さとみちゃん!」百合恵が肩を押さえたままで言う。「そんなこと考えてなくていいから、早くからだに戻りなさい!」
「オレが…… オレが他のヤツに縋ってるだとぉぉぉ!」みつに憑いているものが声を荒げる。「オレはな、強いんだぜ! あまりに強いから、こうしておれより弱いヤツに憑いて加減してやっているんだ!」
「どうなんだか……」さとみはべえと舌を出してみせる。「そう言うヤツに限って、大した事ないって言うわよ!」
「この小娘がぁぁ! 思い知らせてやるぅ!」
みつの全身から蒼白い炎のようなものが立ち上がった。炎はみつから離れ、さとみに向かって来る。さとみは炎の脇を通り抜けて階段を駈け上がり、三階に立つと炎を見下ろした。
「馬鹿な小娘がぁ! そっちへ行ったら逃げ場はないぞう!」
炎は楽しそうに揺れながらさとみの居る三階へと、ゆっくりと上がって行く。さとみはじっと炎を見つめている。
つづく
「さとみちゃん! 今すぐ、からだに戻りなさい!」百合恵が言う。「何かあってからじゃ、遅いのよ!」
「大丈夫です。霊体を抜け出させた感じは、いつもと変わりません」さとみは答える。「これから、みつさんに話しかけてみますね」
さとみは階段に座り込んでいるみつの傍へと近づいた。
「……みつさん……」
さとみは心配そうな表情でみつを見る。さとみの呼びかけに、みつは反応しない。相変わらずうつむいたままだ。
「ねえ、みつさん……」さとみは階段を上りながら、みつに声をかける。「どうしたの? 大丈夫?」
「さとみちゃん」百合恵が声をかける。さとみは百合恵に顔を向ける。「いつものみつさんじゃないわ。戻っていらっしゃい!」
「……でも……」
さとみはみつと百合恵を交互に見る。
「……さとみ殿……」
うつむいたままのみつが、絞り出すような声を発した。
「みつさん!」さとみは、ほっとしたように言う。「何も言ってくれないから、心配だったわ。大丈夫?」
「さとみ殿……」苦しそうな声でみつは言う。「百合恵殿の言うように、お戻りください……」
「でも……」
「お願いです…… さもなくば……」
みつは左手に刀を持ったままで、ゆらりと立ち上がった。うつむいていた顔を上げ、さとみを見る。
「わああっ! みつさん!」
さとみが悲鳴を上げた。
みつの黒目がちの涼やかな瞳が淀んだ灰色に覆われていた。目尻も吊り上り、唇の両端も吊り上っていた。唇の端からは鋭い牙が覗いている。ポニーテールの様にまとめた後ろ毛が幾条にも分かれて浮き上がっている。みつの右手が柄に掛かった。
「……さとみ殿…… 今すぐからだにお戻りください…… まだわたしが操られ切らぬうちに……」
「え? 操られって…… 何? どう言う事?」さとみは混乱している。「え? え? ……」
「さとみちゃん! とにかく、からだに戻るのよ!」百合恵が叫ぶ。「みつさん、何かに操られているのよ!」
「はあ?」さとみは驚いた顔でみつを見る。みつは刀の鯉口を切った。「みつさん!」
みつは刀を抜くと上段に構えた。鞘が階段を転がり落ちた。
「……邪魔をするなぁ!」
みつの発した怒号は、みつの声ではなかった。低く地の底から響くような声だった。その声にさとみは立ちすくんでしまった。
「さとみちゃん!」
百合恵は咄嗟にさとみとみつの間に駈け込んだ。その百合恵に刀が振り降ろされた。
「あつっ……」
百合恵がうめいて、左肩を押さえた。血こそ出てはいないが、ジャンプスーツの左肩が裂けていた。
「霊体は、生身には手が出ないはずなのに……」百合恵は肩を押さえたままつぶやく。「……よっぽど強力なのね……」
「邪魔をするな!」みつの口を借りたものが言う。「今ならまだ立ち去らせてやろう。しかし、まだ絡んでくるようであれば……」
みつの持つ刀が青白い光を放った。切っ先をさとみに向ける。
「お前を斬る。霊体を消滅させてやる」
さとみは付きつけられた切っ先を見つめる。心なしか寄り目になっている。
「……みつさん!」さとみが切っ先から顔を上げてみつを見る。「しっかりして! こんなへんてこなヤツに負けないで!」
「おい!」みつに憑いた者がさとみを睨む。「今何と言った!」
「へんてこよ!」さとみは言う。「へんてこよ! へんてこへんてこへんてこ!」
「ふざけるなぁ!」みつに憑いた者が怒りの声を上げた。「オレはへんてこではない!」
「じゃあ何よ?」さとみが言う。「他の人に憑りついて、しかも、その力を利用しようなんて…… あっ、分かった! へんてこじゃなくって、卑怯者ね!」
「何だとぉ!」刀が振り上げられた。「斬り伏せてやる!」
「ふん! 卑怯者らしいセリフね!」さとみは言い放つ。「悔しかったら、自分自身でかかって来なさいよ! どうせ、自分自身は大した事ないんでしょ?」
「ふざけた事をぬかすなぁ!」
「そう言いながら、まだみつさんに縋っているんじゃないの! 卑怯でへんてこで、後は、ええと……」さとみはおでこをぴしゃぴしゃやりだした。「後は……」
「さとみちゃん!」百合恵が肩を押さえたままで言う。「そんなこと考えてなくていいから、早くからだに戻りなさい!」
「オレが…… オレが他のヤツに縋ってるだとぉぉぉ!」みつに憑いているものが声を荒げる。「オレはな、強いんだぜ! あまりに強いから、こうしておれより弱いヤツに憑いて加減してやっているんだ!」
「どうなんだか……」さとみはべえと舌を出してみせる。「そう言うヤツに限って、大した事ないって言うわよ!」
「この小娘がぁぁ! 思い知らせてやるぅ!」
みつの全身から蒼白い炎のようなものが立ち上がった。炎はみつから離れ、さとみに向かって来る。さとみは炎の脇を通り抜けて階段を駈け上がり、三階に立つと炎を見下ろした。
「馬鹿な小娘がぁ! そっちへ行ったら逃げ場はないぞう!」
炎は楽しそうに揺れながらさとみの居る三階へと、ゆっくりと上がって行く。さとみはじっと炎を見つめている。
つづく
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます