しのぶが松原先生の腕をつかんで先を歩いている。
「のぶったら、先輩が好きだったんじゃないのかしら?」朱音がつぶやく。「まったく、気が多いんだから……」
「何の話?」
さとみが不思議そうな顔を朱音に向ける。
「え?」朱音がはっとする。「いえ、別に、大した事じゃありません……」
「ふふふ……」百合恵が笑いながら、朱音の肩を抱く。「朱音ちゃんは、お友だちを心配しているのよ。優しい娘ねぇ……」
「いえ、あの、その……」朱音がぽうっとした顔で百合恵を見る。百合恵の笑みを見て、慌てて顔を下げる。「そんな事、無いです……」
「ふふふ、朱音ちゃんて可愛いわね。今度、二人だけで会おうか? どう?」
「そ、それは、嬉しいです、けど……」
朱音はか細い声でやっと答えると、耳の先まで真っ赤になった。百合恵に肩を抱かれ、半分引きずられるように歩いている。
その後ろを、さとみがついて行く。ふと見ると、廊下の壁の所に豆蔵が居た。やれやれと言った表情をしている。さとみは霊体を抜け出させた。
「豆蔵、どうしたの?」
「百合恵姐さん、また悪い癖が出ちまったようで……」豆蔵は苦笑する。「ああやって、若い初心な娘をからかうのがお好きなんですよ」
「ふう~ん……」さとみは分かったような分からないような返事を返す(実際、何も分かっていない)。「それを言いに来たの?」
「いえ、そうじゃありやせん」豆蔵は真顔になる。「危険なんで、お知らせに……」
「まあ!」
さとみは慌てて霊体をからだに戻し、先を歩く皆に呼びかけた。
「みんな、待って!」
皆が振り返る。百合恵が豆蔵を認めた。朱音から離れ、さとみの隣に立つ。
「ねえ、どうしたの?」しのぶが朱音に声をかける。「さとみ先輩、待ってって言ってたけど……」
さとみと百合恵は、同じ壁を見つめている。その様子を見た朱音がしのぶに振り返る。
「先輩と百合恵さん、今、霊と会話中なのよ…… 同じ所を見ているじゃない? あそこに霊がいるのよ」
「うわぁ……」
歓喜の叫びを上げようとしたしのぶの口を、朱音があわてて押さえつけた。
「しっ! あの二人の表情を見てよ!」懐中電灯に浮かぶさとみと百合恵は真剣な表情だ。こちらには全く気がついていない。「何か重要な事が起こっているのよ……」
百合恵がさとみの隣に立ったので、さとみは霊体を抜け出させた。
「危険って、言っていたけど?」さとみが豆蔵に訊く。「それって、危険な霊がいるって事?」
「へい…… 先に階段へと行ってみたんでやすが、先へ進めねぇんです。何か、こう、分厚いくせに見えない布みてぇなもんが張ってあって……」
「結界かしら……」百合恵がつぶやく。「でも、悪いヤツらが結界を張るなんて、生意気ねぇ」
「それだけ、強力なんでしょうか……」さとみが不安そうな顔で百合恵を見る。「中止して帰った方が良いんじゃないでしょうか……」
「そうねぇ……」百合恵がうなずく。「それが良いわね。先生やお嬢ちゃんたちに何か影響が出そうだわね。豆蔵、ありがとう」
「いえ、……実は」豆蔵が言いにくそうに続ける。「みつ様が様子を見て来るとおっしゃって先に階段を上って行きやしてね…… あっしもと思った途端に、階段が上れなくなっちまって……」
「え~っ!」さとみが驚く。「じゃあ、みつさん、その結界の中に閉じ込められているって言うわけ?」
「……そう言う事になりやす……」豆蔵が苦しそうな表情だ。「あっしが先に行けばよかったんですが……」
「でもさ、みつさんって、剣の達人じゃない? 今頃は悪い霊を『天誅!』って(さとみは刀を振り下ろす真似をする)、斬り伏せちゃっているんじゃないかしら?」
「だと良いんですが…… 見に行きたくても行けねぇんで……」
「そう…… それは困ったわねぇ……」百合恵はさとみを見る。「わたしたちだけで行ってみる?」
「それは構いませんけど」さとみはうなずく。それから、こっちに好奇の視線を向けている朱音たちを見る。「やっぱり、みんなには帰ってもらいましょう」
「そうね……」百合恵は朱音たちに振り返った。「みんな、今日はもうおしまい。ちょっと、危ない感じなの」
「危ないって……」しのぶが一歩前に出る。「そこに居る霊が言っているんですか?」
「そうよ、豆蔵がね、そう言っているの。でもね、ちょっとあって、わたしとさとみちゃんは行く事にするわ」
「危ないって言っているのに、ですか?」
「ええ、ちょっとあるのよね……」
「それはいけませんねぇ」松原先生が割り込む。「そんな危険な所に生徒と女性を行かせるなんて出来ませんよ。ボクも行きます。……と言う訳だから、栗田と中沢は帰りなさい」
「あら、先生、未成年をこんな時間に帰らせるんですの?」百合恵が言う。「二人に何かあったら、先生が危険な事になりましてよ。それに、校舎に入っているのも、正直、褒められた行為じゃないんでしょ?」
「……まあ、そうですけど……」松原先生は困った顔をして頭をぽりぽりと掻く。「じゃあ、どうしようかなぁ……」
「先生」霊体を戻したさとみが言う。「職員室で待っていると良いんじゃないでしょうか? 豆蔵の話だと、危険なのは北階段だけのようですから」
「あら、さとみちゃん、お利口ねぇ」百合恵が笑む。そして、松原先生を見る。「……じゃあ、そうしていただけません?」
「でも、大丈夫なんですか?」松原先生が訊く。「二人だけで……」
「さとみちゃんって、こう見えて、なかなかのものですの。心配いりませんわ」
「そうですか……」松原先生がため息をつく。「分かりました。職員室で待っている事にします」
「百合恵さん、懐中電灯……」
朱音が自分のを差し出す。
「あら、ありがとう」百合恵は言うと、朱音を抱きしめた。しばらくして朱音を放す。「……良い子で待っているのよ」
「はい……」ぽうっとした顔で朱音は答える。「気を付けてください……」
百合恵とさとみは歩き出した。
つづく
「のぶったら、先輩が好きだったんじゃないのかしら?」朱音がつぶやく。「まったく、気が多いんだから……」
「何の話?」
さとみが不思議そうな顔を朱音に向ける。
「え?」朱音がはっとする。「いえ、別に、大した事じゃありません……」
「ふふふ……」百合恵が笑いながら、朱音の肩を抱く。「朱音ちゃんは、お友だちを心配しているのよ。優しい娘ねぇ……」
「いえ、あの、その……」朱音がぽうっとした顔で百合恵を見る。百合恵の笑みを見て、慌てて顔を下げる。「そんな事、無いです……」
「ふふふ、朱音ちゃんて可愛いわね。今度、二人だけで会おうか? どう?」
「そ、それは、嬉しいです、けど……」
朱音はか細い声でやっと答えると、耳の先まで真っ赤になった。百合恵に肩を抱かれ、半分引きずられるように歩いている。
その後ろを、さとみがついて行く。ふと見ると、廊下の壁の所に豆蔵が居た。やれやれと言った表情をしている。さとみは霊体を抜け出させた。
「豆蔵、どうしたの?」
「百合恵姐さん、また悪い癖が出ちまったようで……」豆蔵は苦笑する。「ああやって、若い初心な娘をからかうのがお好きなんですよ」
「ふう~ん……」さとみは分かったような分からないような返事を返す(実際、何も分かっていない)。「それを言いに来たの?」
「いえ、そうじゃありやせん」豆蔵は真顔になる。「危険なんで、お知らせに……」
「まあ!」
さとみは慌てて霊体をからだに戻し、先を歩く皆に呼びかけた。
「みんな、待って!」
皆が振り返る。百合恵が豆蔵を認めた。朱音から離れ、さとみの隣に立つ。
「ねえ、どうしたの?」しのぶが朱音に声をかける。「さとみ先輩、待ってって言ってたけど……」
さとみと百合恵は、同じ壁を見つめている。その様子を見た朱音がしのぶに振り返る。
「先輩と百合恵さん、今、霊と会話中なのよ…… 同じ所を見ているじゃない? あそこに霊がいるのよ」
「うわぁ……」
歓喜の叫びを上げようとしたしのぶの口を、朱音があわてて押さえつけた。
「しっ! あの二人の表情を見てよ!」懐中電灯に浮かぶさとみと百合恵は真剣な表情だ。こちらには全く気がついていない。「何か重要な事が起こっているのよ……」
百合恵がさとみの隣に立ったので、さとみは霊体を抜け出させた。
「危険って、言っていたけど?」さとみが豆蔵に訊く。「それって、危険な霊がいるって事?」
「へい…… 先に階段へと行ってみたんでやすが、先へ進めねぇんです。何か、こう、分厚いくせに見えない布みてぇなもんが張ってあって……」
「結界かしら……」百合恵がつぶやく。「でも、悪いヤツらが結界を張るなんて、生意気ねぇ」
「それだけ、強力なんでしょうか……」さとみが不安そうな顔で百合恵を見る。「中止して帰った方が良いんじゃないでしょうか……」
「そうねぇ……」百合恵がうなずく。「それが良いわね。先生やお嬢ちゃんたちに何か影響が出そうだわね。豆蔵、ありがとう」
「いえ、……実は」豆蔵が言いにくそうに続ける。「みつ様が様子を見て来るとおっしゃって先に階段を上って行きやしてね…… あっしもと思った途端に、階段が上れなくなっちまって……」
「え~っ!」さとみが驚く。「じゃあ、みつさん、その結界の中に閉じ込められているって言うわけ?」
「……そう言う事になりやす……」豆蔵が苦しそうな表情だ。「あっしが先に行けばよかったんですが……」
「でもさ、みつさんって、剣の達人じゃない? 今頃は悪い霊を『天誅!』って(さとみは刀を振り下ろす真似をする)、斬り伏せちゃっているんじゃないかしら?」
「だと良いんですが…… 見に行きたくても行けねぇんで……」
「そう…… それは困ったわねぇ……」百合恵はさとみを見る。「わたしたちだけで行ってみる?」
「それは構いませんけど」さとみはうなずく。それから、こっちに好奇の視線を向けている朱音たちを見る。「やっぱり、みんなには帰ってもらいましょう」
「そうね……」百合恵は朱音たちに振り返った。「みんな、今日はもうおしまい。ちょっと、危ない感じなの」
「危ないって……」しのぶが一歩前に出る。「そこに居る霊が言っているんですか?」
「そうよ、豆蔵がね、そう言っているの。でもね、ちょっとあって、わたしとさとみちゃんは行く事にするわ」
「危ないって言っているのに、ですか?」
「ええ、ちょっとあるのよね……」
「それはいけませんねぇ」松原先生が割り込む。「そんな危険な所に生徒と女性を行かせるなんて出来ませんよ。ボクも行きます。……と言う訳だから、栗田と中沢は帰りなさい」
「あら、先生、未成年をこんな時間に帰らせるんですの?」百合恵が言う。「二人に何かあったら、先生が危険な事になりましてよ。それに、校舎に入っているのも、正直、褒められた行為じゃないんでしょ?」
「……まあ、そうですけど……」松原先生は困った顔をして頭をぽりぽりと掻く。「じゃあ、どうしようかなぁ……」
「先生」霊体を戻したさとみが言う。「職員室で待っていると良いんじゃないでしょうか? 豆蔵の話だと、危険なのは北階段だけのようですから」
「あら、さとみちゃん、お利口ねぇ」百合恵が笑む。そして、松原先生を見る。「……じゃあ、そうしていただけません?」
「でも、大丈夫なんですか?」松原先生が訊く。「二人だけで……」
「さとみちゃんって、こう見えて、なかなかのものですの。心配いりませんわ」
「そうですか……」松原先生がため息をつく。「分かりました。職員室で待っている事にします」
「百合恵さん、懐中電灯……」
朱音が自分のを差し出す。
「あら、ありがとう」百合恵は言うと、朱音を抱きしめた。しばらくして朱音を放す。「……良い子で待っているのよ」
「はい……」ぽうっとした顔で朱音は答える。「気を付けてください……」
百合恵とさとみは歩き出した。
つづく
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