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コーイチ物語 3 「秘密の物差し」 179

2020年11月09日 | コーイチ物語 3(全222話完結)

 テルキとコーイチは侍たちに急き立てられて歩いた。振りかえると、山賊はいなかった。
「……テルキさん、山賊たち、タイムマシンを持って行っちゃったけど……」
「あれはもう壊れているだろうから、今更だよ。それよりもさ、これからどうなるかの方が気になるねぇ」
 テルキはそう口では言うが、すっかりと全てを諦めきったような顔をしている。笑顔を見せるが、目ははるか遠くを見ているようだった。
 城門前に出る。城門は開いていた。コーイチたちは侍に背中を押されながら中へと進む。中へ入るとすぐ右手に、急ごしらえの粗末な建物があった。廊下に囲まれるように部屋が一つ、部屋は四方が障子戸になっている。船の部分の無い屋形船を大きくしたもののようだとコーイチは思った。
 コーイチたちはその前で別の侍に引き渡された。コーイチたちを受け取った侍はいかついからだをしている。下手に逃げたら即斬られるだろうと思わせた。その侍は二人に建物に上がるように促した。少々傷んだ畳が敷き詰められたやや広い部屋が一つだけの建物だった。その部屋の真ん中あたりに並んで座らされた。障子のせいばかりではなく、元々日が当たらない場所のようで、薄暗く、ひんやりとしていた。畳から、かび臭いようなにおいが漂ってくる。
「ねえ、テルキさん……」コーイチは隣のテルキに不安そうな顔を向ける。「ボクたち、どうなるんだろう……」
「さあな」テルキは平然としている。「なるようにしかならないさ。それがどんな悲惨な結末だったとしてもな」
「もう少し、励ましてくださいよう……」
「ははは、オレに取っちゃあ、もうどうにでもなれって感じだな」
「そんなぁ……」
「おい!」二人の後方に控えたいかつい侍が怒鳴る。「静かにしろ!」
 コーイチはむっとした顔で口を閉じる。テルキは苦笑している。
 しばらくすると、どたどたと廊下を走る音がした。
「殿のお出ましだ。頭を下げい!」
 侍が言う。テルキは軽く下げるが、コーイチは縛られ具合が悪くてからだが曲げられない。侍はコーイチの後ろ頭をつかむと強引に下げさせた。バランスを崩したコーイチは畳に顔をぶつけた。
「痛っ!」
「口を閉じろ!」
 コーイチは畳に顔をぶつけた格好のままで黙った。
 障子戸が開いた。恰幅の良い白髪交じりのちょんまげ頭のそこそこ立派な身なりの侍が入って来た。殿様だ。特に熱っぽい眼差しが印象的だった。
「ほう、これはこれは……」殿様は二人を見るなり、目を細めてうなずいた。後ろ手で乱暴に障子戸を閉める。「確かに珍しい格好をしておるな」
 殿様はテルキの前にしゃがみ込み、じろじろと顔を覗く。テルキは平然と殿様を見返す。
「ふむ…… まあまあの面構えだな」殿様は言うと、コーイチを見た。「これ、蛙がひん潰れたような格好をしとらんと、面を上げよ」
「ははっ!」
 控えていた侍が殿様に答え、コーイチの頭をつかんで座り直らせる。コーイチは顔を殿様からそむけた。若い男を買う殿様と言う事に怖れて警戒をしている。
「おやぁ?」殿様はコーイチの様子を楽しそうに眺め、顔を近づける。「どうしたのじゃあ? なぜ顔をそむけるのじゃあ?」
「え? だって……」コーイチは近づく殿様の顔を避けるようとのけ反る。「ボクには逸子さんがいるんです…… 女性です」
「何の話をしておるのじゃ?」殿様は言うと、コーイチの顎をつかんで、顔を自分に向けさせた。顎に当たる殿様の指が妙に熱い。「ふむ…… ふふふ……」
 殿様は含み笑いをする。コーイチは目を閉じた。せめて顔だけでも見ないようにしたのだろう。
「ボクばかりじゃなくて、テルキさんも良く見れば良いじゃないですかぁ!」コーイチは半泣きで言う。「テルキさんは、経験豊富で、知識も豊富で……」
「そうかいそうかい……」殿様は言うが、コーイチの顎から手を放さない。逆に顔をさらに近づける。殿様の吐息がコーイチにかかる。「お前の方が、好みだなぁ……」
「ひえぇぇぇっ!」
 コーイチは悲鳴を上げる。……ああ、逸子さん、逸子さん…… コーイチはがっくりとうなだれた。
「おい」がっくりしているコーイチを無視して、殿様は控えている侍に声をかける。「頼むぞ」
「ははっ!」
 侍は一礼すると部屋を出て行った。
「……あの、何を……?」コーイチは言って、目を開ける。殿様の顔が近い。思わず目を閉じる。「……これから、何があるんです?」
「ははは」テルキが笑う。「諦めるんだな。なるようにしかならないさ」
「そうじゃそうじゃ」殿様はうなずく。「人はな、諦めと寛容とが大事なのじゃ。妥協こそわが人生なり、じゃよ」
 しばらくすると、またどたどたと足音がした。殿様の時と違い、重そうだ。足音が止まり、障子戸が壊れるかと思うくらいに勢い良く左右に開いた。
 そこには、横に大柄な達磨のような若い女性が、きらびやかな着物をまとって両腕を左右に伸ばして立っていた。着物ははち切れそうで、振り袖から覗く両腕はでっぷりとしている。両のまぶたの端と口の両端は、不機嫌そうに少し垂れ下がっている。いや、不機嫌なのではない、重さに耐えかねているのだ。
「おお、綺羅(きら)姫、来たか!」殿様は女性に言うと笑顔になる。「どうじゃ、今度のは良いと思うがの?」
 綺羅姫は、無言のままでテルキとコーイチを見比べている。そして、ずかずかと部屋に入って来ると、コーイチの前の殿様を尻で弾き飛ばし、どっかりとコーイチの前に座り込んだ。


つづく

  


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