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コーイチ物語 3 「秘密の物差し」 1

2020年01月15日 | コーイチ物語 3(全222話完結)
 めったにない程の穏やかな日曜日だった。ここはコーイチのアパートだ。
 朝から快晴で、気温も最適で、そばには逸子がいる。朝一番にやって来てくれたのだ。
 今日は久しぶりのお出掛けをする予定になっていた。しかも、コーイチの好きな動物園と逸子の好きな水族館をハシゴしようと言うのだ。なので、二人のテンションはとても高い。
「ボクはナマケモノが好きだなあ。一日中見ていても良いくらいなんだ。何だか、時間が止まっているようなのが、たまらないんだよなぁ」
「へえ、そうんだ。わたしはクラゲね。あのふわふわしているのを一日中見ていると、カリカリしちゃいそうな毎日が馬鹿らしくなっちゃうわ」
「なるほどね。それでね、ナマケモノって、ミユビナマケモノとフタユビナマケモノっているんだけどさ、ミユビナマケモノは泳ぎが上手いんだ。ナマケモノってさ、哺乳類のくせに変温動物なんだ。面白いだろう?」
「へえ、そうなんだ。でね、クラゲって一口に言ってもね、ヒドロ虫網、十文字クラゲ網、箱虫網、鉢虫網にまたがっているのよ。クラゲは刺胞動物門って言うのに属しているの。この刺胞ってね、触手に毒液を注入する針を備えた細胞内器官の事なのよ」
 互いが自分の好きな生き物の話を勝手にしているだけだったが、何だか幸せな雰囲気が漂っていた。コーイチは時計を見た。そろそろ出かける頃合いだ。
「じゃ、行こうか」
「ええ。でも、二人だけで出掛けるなんて、ものすごく久々って感じね」
「そうだね。今日はなんだか、すべてが上手く行きそうな気がするよ」
「そう? 実はわたしもそんな気がしているのよ!」
 二人は立ち上がった。今日は動きやすいように二人ともジーンズにTシャツ姿だ。コーイチはナマケモノ、逸子はクラゲを胸にプリントしてあった。
「忘れ物は無い?」逸子が室内をきょろきょろと見回す。「コーイチさん、いつも何か一つ二つ忘れるから」
「うん、今日は大丈夫だと思う。なんたって、昨日から準備していたからね」コーイチは自信満々だ。それでも一応、ショルダーバッグの中のものを確認する。「ええと…… ハンカチ持ったろ? ティッシュ持ったろ? 財布持ったろ? ……あとは何だろう?」
「携帯電話は?」
「あっ!」コーイチはあわてて座卓の上の携帯電話に手を伸ばした。めったに使わないので、ついつい忘れがちになってしまう。「……危なかった。駅まで行ってから取りに戻るのは大変だからなあ。なんたって、ここは駅から遠いから……」
「よかったわね」逸子はにこにこしている。こういう所も含めて、逸子はコーイチが好きなのだ。「じゃあ、行きましょうか」
 その時、玄関チャイムが鳴った。二人は顔を見合わせる。こんな時間に尋ねて来るなんて、どこかの宗教団体の勧誘かもしれない。知らん顔してやり過ごそうかと考えた。またチャイムが鳴った。三回連続して鳴ると少し間を開けてまた三回鳴った。妙な鳴らし方に、逸子は不安そうな表情でコーイチを見る。
「……この鳴らし方は……」
 コーイチは呟くとサンダルをつっかけて、玄関の鍵を開け、ドアを押し開けた。
「いよう! コーイチ!」
 玄関の前に立っていたのは、恰幅の良い、大柄な、コーイチよりも少し年上な感じの男性だった。ぼさぼさ頭に、うっすらと無精髭を伸ばし、しわになった白地に薄緑の縦縞のシャツとよれよれになったジーンズをはいている。やたら大きな黒縁めがねをかけていて、ずり落ちる度に右中指で押し上げていた。
 何となくあやしい雰囲気に逸子は警戒した。うっすらと赤いオーラが全身から漂う。
「……」コーイチは驚いた表情で、じっと玄関前の男性を見つめている。「……ケーイチ、兄さん……?」
「え? お兄さん?」逸子は驚いて大きな声を出した。漂っていたオーラが消えた。「……でも、コーイチさん、お兄さんがいるって話してくれなかったじゃない……」
「うん」コーイチは逸子に振り返る。「実に、何年ぶりかなぁ。五、六年振りじゃないかなぁ、会うのって。だから、何となく忘れていたんだよ」
「コーイチ……」兄のケーイチは不満そうな顔で弟のコーイチを見る。「実に、五年と三ヶ月と七日振りだ」
「そうなんだ」コーイチは感心したようにうなずきながら兄を見た。「相変わらず細かいんだね」
「ところで……」逸子が話に割って入って来た。「わたしは印旛沼逸子と申します。コーイチさんとは仲良くさせてもらっています」
「おおお!」コーイチはコーイチを押しのけると、ぎゅっと逸子の手を握って激しく上下に振った。「そうですか! そうなんですか! ……あの、いつもおたおたして、周囲に振り回されて、蚊帳の外になってばかりいた、あのコーイチに、こんな可愛らしい彼女が出来たとは…… 兄として、嬉しいかぎりです……」
 ケーイチはおいおいと泣き出した。
「お兄様、そんなお泣きにならないで……」つられたのか、逸子も涙ぐんでいる。「こんな玄関先では何ですから、どうぞ、お上がり下さい……」
「そうですか、それじゃ……」
 ケーイチは靴を脱いで、上がり込んだ。
「狭くて申し訳ないです」逸子は言いながらケーイチの後に続く。それから思い出したように振り返る。「あら、コーイチさん、何時までそこに立っているつもり?」
 お出掛けはまた別の機会になりそうだな…… コーイチはため息をついて、サンダルを脱いだ。


つづく


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