(士師記 3章17節から20節をご参照ください)
ベニヤミン族の土地は、エグロン王の住まう、エリコの東の境にある都市ギルガルのすぐ西側にある。そのため、エグロン王からの無理難題も受けやすかった。今では貢物も最初の頃の数倍の量を求められるようになっていた。
隊列を組んでギルガルに向かう。どの顔も沈痛な面持ちだった。その中のエフド一人だけは内に闘志を秘めていた。神が共にいるという確信もエフドを強めていた。
やがてギルガルのエグロン王の居城に着いた。
「お前たちは何者か?」
門番に問われた。
「ベニヤミンの僕が献上の品をお持ちいたしました」
エフドが答える。門番は隊列を見ると、品々を中庭に置くように指示した。品を置き、帰途に就く。……いけない、このままでは、王に会う事ができない! エフドは考えを巡らせた。石切り場まで来た時、エフド一人、踵を返した。
「何の用だ?」
先ほどの門番が問う。
「偉大なエグロン王に内々のお話がございます」
門番はエフドを見た。王の好みを知る門番は、エフドをそこに待たせて城内へ向かった。しばらくして、門番は戻ってきた。その顔には淫靡な笑みが浮かんでいる。エフドの背に悪寒が走る。
「入れ。中の者が王まで導いてくれよう」
エフドが入ると、これもまた淫靡な笑みを浮かべた男が先に立って案内をした。
王の間に着く。
聞いていた通りの醜い男がいた。太り過ぎていたため玉座には肘掛けが無かった。ぜいぜいと言う煩わしい音が呼吸のたびに鳴っている。半眼の瞳はエフドを舐めるように動いた。エフドの背に再び悪寒が走る。
「何用か」
ひしゃげた声で王が問うた。
「王よ、内々にお伝えすべき秘密がございます。それは……」
「喋るな! 今は黙っておれ!」
王はエフドに大きな声で言った。それから、王は手を振り、側近たちを部屋から出るようにと指図した。この王は側近たちにも話を聞かせたくないらしい、エフドはエグロン王の料簡の狭さに苦笑した。側近たちはエフドを睨み付けながら部屋を出て行った。
王とエフドだけになった。
おもむろにエグロン王は立ち上がった。じっとエフドを見つめながら近づく。その瞳は、門番や案内者など比べものにならないほど淫靡な光を湛えている。
「名は何と言う」
言いながらエフドの肩に手をかける。重くぶよぶよした手の平と、吹きかかる息がおぞましい。
「……この僕はベニヤミンのエフドと申します」
「そうか、エフドと申すか……」言いながらエフドの背を撫でる。「わしだけに聞かせる話を持って来たのであろう。ならば、わしだけの部屋がある。そこで話を聞こう」
「御意……」
吐きそうな思いを押さえつつエフドは答えた。
「涼しい屋上の間だ。無駄な汗をかくことも無い部屋だ。そこでたっぷりと話を聞いてやろう。……時間をかけてな」
エグロン王はぐふぐふと変な声で笑いながら、エフドの肩をつかみ抱き寄せた。……神よ! 心で必死に祈るエフドだった。
つづく
作者註:これは聖書「士師記」を基にしたフィクションです。お気軽にお楽しみくださいませ。
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