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コーイチ物語 3 「秘密の物差し」 55

2020年05月27日 | コーイチ物語 3(全222話完結)
 逸子とナナはトキタニ博士の家(と言うか屋敷)を出た。二人はおそろいの黒でだぼっとしたつなぎを着ていた。
 ナナの部屋で色々と服を見たのだが、どれもこれも、つなぎかだぼっとした物しかなかった。
「ナナさん……」逸子は呆れ顔だ。「時代なのかもしれないけど、もう少し、何か別の服があるんじゃない? ふりふりっとしたのとか、ふわふわっとしたのとか……」
「でも、わたし、こういうのが好きなんです……」ナナは済まなそうに言う。「基本、制服でいることが多いので、普段はゆったりしたくって……」
「そうなんだ……」少々不満気な逸子だったが、つなぎを着てみると着心地がとても良かった。「あら、これって軽くて、動きやすくって(逸子は素早く突きと蹴りを繰り出し、風切り音を立てた)、通気性も高くって、思ったより良いじゃない!」
「わたし、ファッションには全く疎いんですけど、これは最近開発された新素材なんだそうです」
「そうなの? じゃあ、わたしから見れば、未来の服そのものって事ね!」妙にうきうきしだした逸子だった。「ナナさん、これにしましょう! これで決まりよ!」
 と言う経緯があって、二人は黒いつなぎを着て歩いているのだった。
 未来の町並みは、逸子の時代とそれほど変わらない。表通りに出ると、ビルが建ち並び、道路を車が走っている。ただ、ビルは鉄筋コンクリート製ではなさそうで、車もガソリン車ではなさそうだ。空気も澄んでいるような気がする。
「なんだか爽やかだわ……」逸子がつぶやく。「同じような風景なのに」
「かなり前に、これ以上環境が悪化すると人類は生存できないとの研究発表があってから、世界的に環境改善が叫ばれました。その成果だと思います」
「ふ~ん。わたしの時代でも環境悪化による人類滅亡を発表してくれないかしらね」
 行き交う人たちの服装は、オフィス街と言う事もあるのだろう、男性はネクタイ、女性はブラウスと言った、逸子の時代と同じスタイルだ。たまに学生のような男女とすれ違うが、それも逸子の時代のカジュアルな服装と変わらない。かえって、つなぎの二人の方が最新ファッションで周囲から浮いて目立っているようだ。
「なんだか、あんまり未来って感じがしないわねぇ……」逸子はため息をつく。「もっと、『これが未来だ!』って感じになっているかと思っていたのに」
「そうですか? 服の素材なんかは環境に配慮した新素材が使われているんですけど」
「この時代の人って、服装にあんまり関心が無いのかしら?」
「それは言えると思います。みんな道具や機器の方に興味がありますからね」
「それって、アニメの『ロラえもん』の世界みたい」
「服は身を包めればいいかなと言った認識ですね」
「そう…… なんだか、つまらないわねぇ……」
「それも時代ですね」
「ナナさんは若いのに、妙に悟ったところがあるわね」
「それも時代ですよ」
 二人は笑う。最新ファッションに身を固めた美女二人が楽しそうに笑っているのだから、行き交う人たちはちらちらと見ていた。
「わたしの時代みたいに声をかけてくる変な人は居ないようね」逸子は言う。「エチケットがしっかりしているのね」
「と言うより、黒いこの服が、ちょっと怖い印象を与えているんじゃないでしょうか?」
「なるほどね。この服は虫除けって事ね」
 ナナは意味が分からないようで首をかしげている。逸子は時代の差を痛感した。
「ま、良いわ……」逸子は話題を変えた。「タイムパトロールのビルってまだかしら?」
「もう少しです。……あの通りを右へ折れて、すぐです」
 通りを折れると、高層ビルが広い車道の左右に並んでいた。
「ここは官庁街です」ナナが説明する。「一応、タイムパトロールも国の管轄ですので……」
「そんなところに、こんな格好で来ちゃって大丈夫?」逸子は不安になった。ナナは平然としている。「正面突破ってわけには行かなさそうよ」
「ちょっと待っていてください……」
 ナナは言うと胸ポケットから携帯電話を取り出した。操作して相手が出るのを待つ。
「……あ、タケル? わたしよ、ナナよ」
「ちょっと、ナナさん!」
 逸子はあわてた。タケルはタイムパトロールの隊員だ。ナナはタイムパトロールに盾を突く形で辞めた身だ。安易に連絡などしたら、大勢でやって来て身柄を拘束されてしまうのではないか、逸子は思った。……まあ、束になってかかって来ても倒せる自信はあるけど。逸子はそうも思った。
「……じゃあ、そう言う事で。よろしく」
 逸子があれこれと心配をしている間に話が付いたらしく、ナナは満足そうな表情だ。
「ナナさん、大丈夫なの? タケルさんってタイムパトロールの現役でしょ?」
「そうですよ」ナナは笑む。「でも、わたしたち幼馴染なんです。しかも、以前からタイムパトロールに不満を持っていたんです。よく話し合いをしました。今回のことも『思い切ったねぇ。でも、ナナがやらなきゃ、ぼくがやってただろうね』って笑っていました」
「だからと言って……」
「大丈夫です。タケルは味方です」
 確信のこもったナナの言葉に、逸子は言い返せなかった。
 そこへ一台の車が現われて、二人の横に停まった。


つづく




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