智恵のクロスロード:文化経済学第2回 中谷武雄
ファッション産業におけるイノベーションと模倣的戦略論
1 創造と模倣、または模倣と創造
市民大学院・文化経済論の今期の講義では、富澤修身『模倣と創造のファッション産業史:大都市におけるイノベーションとクリエイティビティ』(ミネルヴァ書房、2013年)を教科書として採り上げた。書名にある模倣と創造が「本書の大テーマ」(160頁)であるとともに、その順序に興味を引かれた。通常(の経済学)では、創造と(ほんのちょっぴりだけの)模倣という扱いであろう。またメインタイトルの言葉が、サブタイトルではカタカナになり、イノベーションとクリエイティビティと繰り返されて、模倣が削除されている。
イノベーションにおいて、模倣が創造(性)に先立って強調されるべきこと、少なくとも模倣の重要性を創造とともに強調することが1番で、しかし産業史・イノベーション史研究では、模倣的戦略論を援用・活用しながらも、やはりクリエイティビティ(とその成果たるクリエーション)の肝要性を確認することが、ファッション産業史研究における本書の1つの重要な結論であり、文化経済学でも共有すべきポイントである。
ファッションは、個人のアイデンティティの発現の場であり手段であるとともに、流行(モード)という社会的現象でもある。ファッションの世界では、個性(独自性・差異性)の発揮と共に社会性(コミュニケーション・コミュニティ)が同時に実現されなければならない。「ファッションのビジネス化では、創造も普及も不可欠なプロセスである。したがって、ファッションがその1要素として流行性(価値観の共有)を有する限り、ファッションは普及過程でコピーを含まざるをえない」(66頁)。
模倣と創造の関係は、ファッション産業では微妙である。ファッション産業(史)は、「模倣」「コピー」「売れ筋追求」であれ、イノベーションにおける創造の問題とともに、模倣にも着目しなければならないことを明らかにする。「ファッションは流行ですから。コピーしないと売れません。しかし、コピーだけでも売れません」。韓国での著者による聞き取り調査での1コマが紹介されている(同上)。この問題については、現代社会論として哲学や社会学、経済学・経営学でも消費社会論や消費者選択論でも言及されてきた。
2 ファッション産業と模倣的戦略論
本書の貢献は、産業経営論の視点から、そしてファッション産業領域であるがゆえに、模倣問題を模倣戦略論、二番手戦略、追随型発展の特徴として、「後発性の利益を求めるコピー行為」として、倫理性や(著作権)法遵守(コンプライアンス)の領域を超えて、模倣=コピーを経営戦略上の方策として、その意味と意義をも論じるところにある。「競争力である短納期というスピードがコピーと密接に結び付く」点に着目する(同上)。韓国・ソウル・東大門市場における繊維産業集積の発展は、米国製品のリバースエンジニアリングによる日本の高度経済成長の分析にも対応する点がある、と示唆されている。
模倣=コピー問題を、模倣戦略論として、創造的模倣の意義を積極的に提議する視点から展開する主張は、セオドア・レビット「模倣戦略の優位性:製品開発におけるオプション理論的発想」(森百合子訳、『Diamond ハーバード・ビジネス・レビュー』26-11、2001年11月、特集:T. レビットのマーケティング論。Levitt, Theodore (1966), Innovative Imitation, Harvard Business Review, 44-5, Sept-Oct.)に負う、として参照を求めている(66頁注117:79頁)。
「いわゆる「新製品」が多くの人の目に留まるのは、それが市場に出回ってかなりの時間が経ってからである。目に留まるのは、それが新鮮であるからではなく、あくどい模倣者の数が多いからである。/消費者が気づく新製品は通常、模倣なのである。すでに時間が経った後の新しさであって、革新的でタイムリーなものでは決してない」(レビット (2001) 100頁)。特定の1社が常に創造的イノベーションに成功してトップランナーであり続けることは困難である。全資産をそれにつぎ込むにはリスクが多すぎる。現実的な経営感覚としては、模倣戦略も採用し、他社の新製品動向を注意深く観察し、ヒット商品が誕生したら、タイムリーに「模倣品」を開発・販売できる体制を構築しておくことである。模倣戦略へのたゆまぬ計画的な資金配分が重要であると強調される。
レビットは、「早い段階での模倣が容易な産業の典型」として、アパレル産業を例示する(富澤:67頁)。「事業の立ち上げにまつわる問題も少なく、必要な資本もわずかで済み、製品を迅速にコピーできる業界ならば、早い段階での模倣も可能である。アパレル産業などはその典型である」(レビット(2001)103頁)として、計画的な模倣思考が、魅力的なイノベ―ティブ思考と同様に正当化される根拠は、ファッション産業において顕著であり、模倣の重要性の根拠、模倣戦略の正当性がファッション産業では明確であるという。
3 ファッション産業と美的イノベーション
「イノベーションは革新(新規)と共に普及性をも有している。前者については研究は多いが、後者については少ない。普及は模倣ないし学習過程であるから、イノベーション研究には模倣過程の研究をも含むことになる。そして、革新と模倣が繰り返されてきた領域こそ、ファッションの世界であった。一見すると革新(新奇)性と対極にある模倣性を組み込んだ本書の研究により、著者はイノベーション研究に一定の貢献をなし得たと考える」(269頁:最終文段)。
本書は以上のような結論で終わる。終章は本書のまとめとして5点に触れる。最後の5節は、「美的イノベーション:大イノベーションと小イノベーション」として、以下の5点に触れる(267頁以下)。ファッションにおける創造と模倣は、美的イノベーションという観点で論じることが必要であり、重要でもある。イノベーション史に模倣の論点を提議するのは、美的イノベーションという視点である。(これは「社会の文化化」にも通じる。)
①模倣と創造は共存している
繊維ファッションは流行性を有しているので模倣は排除されない。「 (価値ある)創造から模倣へ」と「模倣(学習)から創造へ」の2つの道が並存し、相互に作用する。創造の芽を育て、模倣から創造へ飛躍するには、時代を先取りし、新たなスタイルを提案するデザイナーの大きな意志(構想力)と、着用者の大きな共感が必要である。
②大きな節目・価値観の大転換に対応する
時代によって美の基準は異なる。具体的なファッションは社会的欲求と密接に結びついていて、この基準を形にするため美的イノベーションが繰り返される。ファッションの世界でも、新しさ・顕示性→モダニティ(現代性)→ダイバーシティ(多様性)→サステナビリティ(持続可能性)、とキーワードは転換してきた。
③創造と都市は結びついている
創造は都市内の文化施設、産業連関によって支えられ、衣料商品として受け入れられる大きな需要を必要とする。大きな節目は都市の盛衰と結びついている。パリは顕示性とモダニティ、ニューヨークはモダニティとダイバーシティを体現した。サステナビリティはどの都市と結びつくか、どの都市のどの生活者が先導するか、が今後のファッションを左右するであろう。
④都市間関係(競争と補完)は模倣と創造を軸に展開する
大きな節目が提議する大きな課題に有効な解答を準備する都市が共感を獲得して主導権を握る。それ以外の都市は追随しつつローカルな対応で主導権を握る。都市間関係は、競争と補完を軸に、大きな節目に導入と模倣が行われる美的イノベーションにおいて、競争が繰り返されて、変化・変動する。
⑤生活者は美的イノベーションで主体でありデザイナーと共に車の両輪の役割を果たす
デザイナーが提供する形や価値と時代が合わなくなると、生活者がイノベータとして模索を始め、これにデザイナーが気づいて価値観を形にし、共感者に向けて量産して提供する。これからの社会の鍵であるサステナビリティは、賢い生活者と供給サイドとの連携によって実現する。賢い生活者が支払権限を賢く行使することがカギである。これを理解した供給サイドと需要サイドとが協調して新しい社会を構築する。
生活者のイノベータとしての役割が強調されて本書は閉じられる。ファッションは価値観、人生観、生活スタイルと密接に結び付く。ファッション産業はこの視点を見失ってはならない。この視点が見失われて暴走するのがファストファッションである。
消費者=生活者をイノベータと捉える視点は、イノベーションにおける模倣の役割を、創造性とともに強調する視点とも相通じる。創造と模倣の相乗作用、学習過程としての模倣、創造的模倣戦略の位置づけなど、ファッション産業は、経済界におけるイノベーション、クリエイティビティ研究に、新たな一石を投じるであろう。
*前回では毎週の情報発信を目指すなどと大言壮語したが、第2回目を準備する中で、隔週発信も容易でないことが実感された。7月上旬に松山で文化経済学会の大会があり、ラスキンの固有価値論に関わる報告のコメントの対応に追われ、2回目は1月近く間があくことになった。不手際を反省するとともに、今後は月2回(隔週発信)を目指したいと考えている。
ファッション産業におけるイノベーションと模倣的戦略論
1 創造と模倣、または模倣と創造
市民大学院・文化経済論の今期の講義では、富澤修身『模倣と創造のファッション産業史:大都市におけるイノベーションとクリエイティビティ』(ミネルヴァ書房、2013年)を教科書として採り上げた。書名にある模倣と創造が「本書の大テーマ」(160頁)であるとともに、その順序に興味を引かれた。通常(の経済学)では、創造と(ほんのちょっぴりだけの)模倣という扱いであろう。またメインタイトルの言葉が、サブタイトルではカタカナになり、イノベーションとクリエイティビティと繰り返されて、模倣が削除されている。
イノベーションにおいて、模倣が創造(性)に先立って強調されるべきこと、少なくとも模倣の重要性を創造とともに強調することが1番で、しかし産業史・イノベーション史研究では、模倣的戦略論を援用・活用しながらも、やはりクリエイティビティ(とその成果たるクリエーション)の肝要性を確認することが、ファッション産業史研究における本書の1つの重要な結論であり、文化経済学でも共有すべきポイントである。
ファッションは、個人のアイデンティティの発現の場であり手段であるとともに、流行(モード)という社会的現象でもある。ファッションの世界では、個性(独自性・差異性)の発揮と共に社会性(コミュニケーション・コミュニティ)が同時に実現されなければならない。「ファッションのビジネス化では、創造も普及も不可欠なプロセスである。したがって、ファッションがその1要素として流行性(価値観の共有)を有する限り、ファッションは普及過程でコピーを含まざるをえない」(66頁)。
模倣と創造の関係は、ファッション産業では微妙である。ファッション産業(史)は、「模倣」「コピー」「売れ筋追求」であれ、イノベーションにおける創造の問題とともに、模倣にも着目しなければならないことを明らかにする。「ファッションは流行ですから。コピーしないと売れません。しかし、コピーだけでも売れません」。韓国での著者による聞き取り調査での1コマが紹介されている(同上)。この問題については、現代社会論として哲学や社会学、経済学・経営学でも消費社会論や消費者選択論でも言及されてきた。
2 ファッション産業と模倣的戦略論
本書の貢献は、産業経営論の視点から、そしてファッション産業領域であるがゆえに、模倣問題を模倣戦略論、二番手戦略、追随型発展の特徴として、「後発性の利益を求めるコピー行為」として、倫理性や(著作権)法遵守(コンプライアンス)の領域を超えて、模倣=コピーを経営戦略上の方策として、その意味と意義をも論じるところにある。「競争力である短納期というスピードがコピーと密接に結び付く」点に着目する(同上)。韓国・ソウル・東大門市場における繊維産業集積の発展は、米国製品のリバースエンジニアリングによる日本の高度経済成長の分析にも対応する点がある、と示唆されている。
模倣=コピー問題を、模倣戦略論として、創造的模倣の意義を積極的に提議する視点から展開する主張は、セオドア・レビット「模倣戦略の優位性:製品開発におけるオプション理論的発想」(森百合子訳、『Diamond ハーバード・ビジネス・レビュー』26-11、2001年11月、特集:T. レビットのマーケティング論。Levitt, Theodore (1966), Innovative Imitation, Harvard Business Review, 44-5, Sept-Oct.)に負う、として参照を求めている(66頁注117:79頁)。
「いわゆる「新製品」が多くの人の目に留まるのは、それが市場に出回ってかなりの時間が経ってからである。目に留まるのは、それが新鮮であるからではなく、あくどい模倣者の数が多いからである。/消費者が気づく新製品は通常、模倣なのである。すでに時間が経った後の新しさであって、革新的でタイムリーなものでは決してない」(レビット (2001) 100頁)。特定の1社が常に創造的イノベーションに成功してトップランナーであり続けることは困難である。全資産をそれにつぎ込むにはリスクが多すぎる。現実的な経営感覚としては、模倣戦略も採用し、他社の新製品動向を注意深く観察し、ヒット商品が誕生したら、タイムリーに「模倣品」を開発・販売できる体制を構築しておくことである。模倣戦略へのたゆまぬ計画的な資金配分が重要であると強調される。
レビットは、「早い段階での模倣が容易な産業の典型」として、アパレル産業を例示する(富澤:67頁)。「事業の立ち上げにまつわる問題も少なく、必要な資本もわずかで済み、製品を迅速にコピーできる業界ならば、早い段階での模倣も可能である。アパレル産業などはその典型である」(レビット(2001)103頁)として、計画的な模倣思考が、魅力的なイノベ―ティブ思考と同様に正当化される根拠は、ファッション産業において顕著であり、模倣の重要性の根拠、模倣戦略の正当性がファッション産業では明確であるという。
3 ファッション産業と美的イノベーション
「イノベーションは革新(新規)と共に普及性をも有している。前者については研究は多いが、後者については少ない。普及は模倣ないし学習過程であるから、イノベーション研究には模倣過程の研究をも含むことになる。そして、革新と模倣が繰り返されてきた領域こそ、ファッションの世界であった。一見すると革新(新奇)性と対極にある模倣性を組み込んだ本書の研究により、著者はイノベーション研究に一定の貢献をなし得たと考える」(269頁:最終文段)。
本書は以上のような結論で終わる。終章は本書のまとめとして5点に触れる。最後の5節は、「美的イノベーション:大イノベーションと小イノベーション」として、以下の5点に触れる(267頁以下)。ファッションにおける創造と模倣は、美的イノベーションという観点で論じることが必要であり、重要でもある。イノベーション史に模倣の論点を提議するのは、美的イノベーションという視点である。(これは「社会の文化化」にも通じる。)
①模倣と創造は共存している
繊維ファッションは流行性を有しているので模倣は排除されない。「 (価値ある)創造から模倣へ」と「模倣(学習)から創造へ」の2つの道が並存し、相互に作用する。創造の芽を育て、模倣から創造へ飛躍するには、時代を先取りし、新たなスタイルを提案するデザイナーの大きな意志(構想力)と、着用者の大きな共感が必要である。
②大きな節目・価値観の大転換に対応する
時代によって美の基準は異なる。具体的なファッションは社会的欲求と密接に結びついていて、この基準を形にするため美的イノベーションが繰り返される。ファッションの世界でも、新しさ・顕示性→モダニティ(現代性)→ダイバーシティ(多様性)→サステナビリティ(持続可能性)、とキーワードは転換してきた。
③創造と都市は結びついている
創造は都市内の文化施設、産業連関によって支えられ、衣料商品として受け入れられる大きな需要を必要とする。大きな節目は都市の盛衰と結びついている。パリは顕示性とモダニティ、ニューヨークはモダニティとダイバーシティを体現した。サステナビリティはどの都市と結びつくか、どの都市のどの生活者が先導するか、が今後のファッションを左右するであろう。
④都市間関係(競争と補完)は模倣と創造を軸に展開する
大きな節目が提議する大きな課題に有効な解答を準備する都市が共感を獲得して主導権を握る。それ以外の都市は追随しつつローカルな対応で主導権を握る。都市間関係は、競争と補完を軸に、大きな節目に導入と模倣が行われる美的イノベーションにおいて、競争が繰り返されて、変化・変動する。
⑤生活者は美的イノベーションで主体でありデザイナーと共に車の両輪の役割を果たす
デザイナーが提供する形や価値と時代が合わなくなると、生活者がイノベータとして模索を始め、これにデザイナーが気づいて価値観を形にし、共感者に向けて量産して提供する。これからの社会の鍵であるサステナビリティは、賢い生活者と供給サイドとの連携によって実現する。賢い生活者が支払権限を賢く行使することがカギである。これを理解した供給サイドと需要サイドとが協調して新しい社会を構築する。
生活者のイノベータとしての役割が強調されて本書は閉じられる。ファッションは価値観、人生観、生活スタイルと密接に結び付く。ファッション産業はこの視点を見失ってはならない。この視点が見失われて暴走するのがファストファッションである。
消費者=生活者をイノベータと捉える視点は、イノベーションにおける模倣の役割を、創造性とともに強調する視点とも相通じる。創造と模倣の相乗作用、学習過程としての模倣、創造的模倣戦略の位置づけなど、ファッション産業は、経済界におけるイノベーション、クリエイティビティ研究に、新たな一石を投じるであろう。
*前回では毎週の情報発信を目指すなどと大言壮語したが、第2回目を準備する中で、隔週発信も容易でないことが実感された。7月上旬に松山で文化経済学会の大会があり、ラスキンの固有価値論に関わる報告のコメントの対応に追われ、2回目は1月近く間があくことになった。不手際を反省するとともに、今後は月2回(隔週発信)を目指したいと考えている。
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