草原の四季

椎名夕声の短歌ブログ

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熱い

2013-09-27 12:16:18 | 和歌・短歌

サバンナの象のうんこよ聞いてくれだるいせつないこわいさみしい(穂村弘)

サバンナは学問的には、熱帯の乾季と雨季に分布する、疎林と潅木を交えた熱帯長草草原地帯といわれ、世界各地に分布しているが、象(この場合アフリカ象)がいるとなると赤道下やや南のアフリカである。僕のイメージとしては「どこまでも続く草原に熱く乾いた風が弱く吹いているところ」。食糧と水とビールが確保できれば2、3年暮らしたいような場所だ。
下句は禁じ手連打。形容詞は多用しないよう、特に感情をあらわす形容詞は使わないようにしなさい、と普通は指導されるが、あえて連打している。この短歌、二人組お笑い芸人「サバンナ」の高橋茂雄が、独特の甘ったれた調子で朗読したら似合いそうだ。この場合「聞いてくれ」は、「く」にアクセントが入り、「れ」で音が下がる。この二人組、サバンナと付けた理由は他愛無いものだというが、高橋は以前真っ黒サングラスをつけておふざけブルースを歌うコーナーをテレビでやっており結構かっこよかった。そのときの自虐系キャラ名が犬井ヒロシであるから、僕には二重の因縁に思える。この下句共感を呼ぶ効果は出たが、軽い。軽くて良いという意見もあろうが、この場合僕は同意しない。

うんこを、はたして見下ろしているのだろうか? もちろん、実景ではないので想定がどうかということだが、作者は読者の読みを想像して推敲するものなので、第一義的にはその時代の常識としてどうかということになる。
アフリカ象の糞は、ほとんどの成分が未消化の繊維だそうで、大きさはちょうど大人の頭部くらいだ。日本でウグイスの糞がくすりのように使用されるのと同じで、煮出して中耳炎の治療に用いたり、お茶のように飲んだりするらしく、それゆえ現地の人は持ち上げて品定めをする。シルエット的には塑像に話しかけているかのようだ。この短歌がそういう想定なら、うんこのイメージは爽やかなものとなろうが、作中主体は遠く日本から話しかけているだろうから、やはり視線は下向きと見るのが妥当だろう。風景の与える印象はマイナーなものだ。それが下句と整合しており、一定の効果を生んでいる。
時刻は早朝以外の日中だろうから、周囲の空気が熱いはずだ。下句の最初に身体感覚の「だるい」を配置したのは場にマッチしており、技巧的にうまい。



過失にて皿割りし者斬り捨てたる非道の武士を想う熱き夜(椎名夕声)(短歌)

列島で最高気温のレコードを出した2013年の蒸し暑い夜に、井戸の底から聞こえてくる「いちまーい、にまーい…」という哀切な女の声と、おのれの欲望と妄念にたけり狂った武士の乱行を想って作った歌だ。「熱き」は内面、風景とも。
「斬り捨てたる」を「斬り捨てし」とすればぴったり定型になるが、それではいかにも味が悪くなる。万葉集の昔から、音数より韻律のほうが大切なのだ。
ところで、皿屋敷の怪談は全国にあるが、中で一番有名な「番町皿屋敷」では過失により皿を割った者を武士が斬り捨てるストーリーにはなっていない。斬り捨ててしまうストーリーは大正時代の戯曲が最初らしい。江戸時代以前には「斬るぞ」と口では言うものの、実際には町民を斬っても刀がけがれるだけと考えていただろう。オリジナルの番町皿屋敷は、とんでもなくおどろおどろしいストーリーになっているのだが、どのみちそれも創作話だろうと言われている。

 

(後日記)

穂村が語ったところによると「だるい」は、最初「つらい」だったが、本にするときに変えた。

 

コメント
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