資料室の逵です。
本日(1月11日 曇)の旧取水口の水位は95cm、石は4つ見えます。
今日は新年はじめのオンライン会議でした。
野原さんと逵は資料室から、研究顧問のFAさんは西宮から、療養中の吉田さんは自宅から、ミニブックレット作成について話し合いました。
「続・枝下用水日記」など、資料室の刊行物の編集をお願いしている挙母印刷企画のITさんが、イメージをつかみたいからと資料室に駆けつけてくださって、今日は全体の流れとそれぞれのページに使う写真についてアイデアを出し合いました。
話のなかでFAさんが、「いまの風景があたりまえになってしまっているけれど、4年前は資料室から矢作川が見えなかったね」とおっしゃいました。
するとITさんが、「えっ、見えなかったんでしたっけ?」と言って、窓の外を見ました。「そう、大きな木があって矢作川がいまみたいには見えなかった」と逵が言いました。
今では資料室の椅子に腰掛けて窓の外を見ると、座っていても矢作川がよく見えます。いや、いまは矢作川より先に枝下町遺跡調査隊が作ってくれた牛枠がまずは目に入ります。
編集会議の後に、ミニブックレットに使う写真を探しているとき、その大きな木が無くなった時の写真が出てきました。よほど驚いたのか、写真のフォルダに日付とともに、「大きな木が切られていた」と書き込んでいました。
ずいぶんと前のような気がしますが、それがちょうど1年前、2023年1月11日の写真でした。この日、資料室に来た逵は、資料室の前が明るいということには気づいたのですが、なぜ明るいかにはなかなか気づけないでいました。
何が違って明るく見えるのだろうと年末の写真を探して気づいたのです。大きな木が立っていたのだと。
清掃活動で周囲がどんどん見晴らし良くなっていくなかで、資料室のお隣のお家の方が、この木がなかったらもっと見晴らしが良くなるだろうと、自治区の許可を取って伐採してくださったのでした。
写真を探していて、枝下用水資料室開室の2020年4月2日の写真も出てきました。まだこのときは廃線路のそばまで来ないと矢作川を見渡すことはできなかったのでした。
いま私たちは枝下用水のミニブックレットを作っています。ですがそれは同時に枝下用水をめぐる私たちの活動の記録そのものでもあるのかもしれません。
枝下用水資料室を開室して3月で4年になります。あっという間の4年間、でもいろんなことがありました。
年度末に完成する予定のミニブックレット、どうぞお楽しみに。