“Semper Anticus”

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天下強奪

2019年07月14日 17時26分17秒 | 日本史(戦国期)
「天下強奪」(CMJ)  愚息との対戦('19.07.14)の記録
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先日、ゲーム会で「天下強奪」をプレイした愚息。
時間切れで最後まで行かなかったので再戦を希望していた。
3連休で私も休めたので、この機会に親子対戦となった。
愚息が西軍を希望したので、私が東軍を担当。



このゲームでは、命令ポイントを割り振ってユニットを移動させるが、西軍には秀頼が参戦するまで指揮官がいないため、効率的にユニットを運用するのが難しい。
ただし重要な城を陥落させるとポイントが増える仕組みになっているので、序盤は田辺城や伊賀上野城あたりを目指すことになる。
東軍は、指揮官がいるが、家康が着陣する6ターンまでは指揮範囲の狭い本多忠勝のみであり、本格的な攻勢は家康着陣後となる。それまでは、まず岐阜城攻略が目標である。

我が東軍は、岐阜攻略後関ヶ原に全力を叩き込み、防衛線を張るであろう西軍主力を殲滅し、近江に雪崩れ込み、佐和山経由で大坂を目指す方針である。
伊勢から鈴鹿を越えていくルートもあるが、全体に山がちなので時間がかかると思うからである(←あまり研究できていないのがミエミエであるが、ご容赦願いたい)。

上にも書いたが、序盤の東軍は指揮官が本多忠勝だけであり、彼に隣接していないユニットの活性化は非効率である。
結果、忠勝が濃尾平野を走り回り、ユニットの尻を叩いて前進させることとなった。足の速い福島正則あたりには先行させ、犬山や岐阜を攻略させた。
犬山で手間取ったため岐阜攻略が遅れ、西軍の命令ポイントが秀頼参陣要請できる基準をクリア。秀頼参戦チットを獲得。
西軍は、田辺と伊賀上野を攻撃。田辺城で手間取るも、両城を陥落させた。また、佐和山付近のユニット3個(三成含む)を関ヶ原方面に移動させ、防衛線を構築。

家康が着陣し、前進速度が上がった東軍。関ヶ原で決戦である。


第一波で大谷刑部を押し下げ、第二波に及んだところ、

戦線のど真ん中に小早川秀秋登場!
西軍戦線は一気に崩壊。大谷刑部と石田治部が討ち死に。
ここが勝負と家康本隊を前線に投入…したのであるが、西軍が戦線補強のために前線に出して家康隊に隣接させたA-5ユニットがなんと毛利秀元(これ以外なら楽勝の予定が…)。戦闘の結果、家康退却。
さて家康が退却すると次ターンに秀頼公出陣が可能となる。そうなれば豊臣恩顧の大名連中が西軍に寝返るので、続く東軍手番に豊臣恩顧勢を前戦から遠ざけ、遠ざけられない者は後方から前進中の秀忠隊で包囲しておく(ヒドイよね)。
愚息西軍は当然のように次ターン開始時に出陣宣言。
↓毛利輝元を従えて大坂から出陣する秀頼公の図


こんなところで挫けるわけにはいかないので、関ヶ原を突破するという強い意志で臨む。


その結果、意地で西軍右翼を抜けた秀忠隊が、前戦に到着しつつある秀頼を補足しようとする。


しかし、これは阻まれ(上図で0.5命令マーカーの載った2ユニットが立ちふさがり、秀頼への接近を妨害)たので、代わりに佐和山を占拠。
また、名張に居たユニットを伊賀上野に差し向け、これを奪還。
したところで規定ターンに達しゲーム終了。

西軍が目標ヘクス11個占拠で、勝利となった。



参考までに、西軍が獲得した秀頼出陣要請チットのなかに「出陣」が入っていたので、家康が退却しなくとも秀頼出陣は時間の問題ではあった。


(プレイ時間 13:00~15:30)
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