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ゴーゾン!

遠慮はそんりょ

大学受験#21 天下り先生

2007-02-01 16:49:46 | 大学受験
時折ふく風が、本格的に春の暖かさを運んでくる頃に。

予備校での生活にも慣れてきた。
授業の雰囲気もつかめてきた。
どんな先生がどんな授業を展開するのか。

でもそれらはこの先の計画に、安心感ではなく
不安を感じさせるものであった。

若手の先生。
マニアックすぎて予備校の授業でない。
細かすぎて、先に進んでいない。
これはまだよい。

主婦かパートか、明らかに「先生」オーラではない女性先生。
内容が薄い。
授業中たまに固まって
「今わからないから、ここはまた次回までに調べておくわね」と
不信感増大。

そしてこの予備校で最も多い、且つ幅を利かせているのが
高校の先生が、退職後にこの予備校に再就職した先生。
これはアウト!

予備校なのに、ただ教養教育を教える
高校の先生と変わらないのである。

淡々とテキストを読むだけの先生
資料が古いままで思考が停止している先生
入試問題を分析しない先生
板書をしない先生

おまけに皆初老なので、しゃべりに活力がなく
子守唄なのである。

予備校なのに、、、眠くなっちゃだめだ…
切りたいけど、切れない、厳しい出席チェックがあるから…

はっきり言って、X予備校を選択したのは間違ったか。

</本文>

X予備校(仮名)は地元では昔から有名なところだった。
ローカル放送局ではCMなどを行い、寮なども
設置している、結構規模の大きい予備校であった。

でも、今考えれば、有名だけど評判がいいとは
聞いたことが無いなぁ。

本文にも書いたけど、ここはほとんど、高校で教鞭を執っていた
退職者が多い。
どの先生も趣味程度の仕事…みたいな雰囲気で
「浪人生を合格させよう」という熱意などは
到底感じられなかった。

結構年をとった今では
「この先生は対価に見合った授業内容をやっているとは思えないから
チェンジしてください」と言えるけど
まだ18歳やそこいらの少年少女が
言えるわけ無い。

この予備校は場合によっては、その先生しかその教科を教えられる
人がいない、一講座しかない場合も多々ある。

選択出来ないのだ。

浪人生は無知だ。無知だから浪人したのだ。
だから、このような先生であっても
「きっと効果はあるんだろうな」と信用してしまうのだ。

そうやって、自分に合わない苦痛な授業をガマンして受けて、
結果貴重な時間を無駄にしてしまう。

当然ながらその先生がぴったりな場合もあるだろう。
でも、また逆に合わない場合があるのも事実だ。

予備校はサービス業だ。
高校のような義務教育ではない。
だから、顧客は満足させてもらえる権利はあるし、
予備校は顧客を満足させる義務があるはずだ。

このX予備校には、「先生や講座を選択できる」サービスが無かった点で
僕には、ダメだと思った。

今日のポインツ、、、

・その予備校において地元高校との利権、ズブズブの関係を感じたら
 やめといたほうがィィョ
 (予備校の校長や理事長が、元○○高校校長とか…)

・一方的な時間割ですか?カリキュラムが動かせませんか?
 先生が変えられませんか?
 そのとき、密室の教室での先生は生徒が何人いようが、どんな授業をしようが、
 給料は同じです。当然楽な仕事を選ぶよね…。人間だもの。



大学受験#20 2浪生との出会い

2007-02-01 00:32:09 | 大学受験
予備校は、1浪生だけとは限りません。

<本文>

授業開始から2~3週間ほどたって、
僕のクラスに新入生が入ってきた。

もう新学期も始まっているのに、なんだろう
と思った。

その日の最初の休み時間、新入生の彼が僕のところへやってきた。

「始めまして、Nです。今日からスタートなので、よろしくね。」
「あ、よろしくお願いします…」

新学期が始まってからというもの、僕は友達と呼べる人間がいなかった。

僕は予備校で友達なんて
わざわざつくろうなんて全然思っていなかったし
周りもやはり第一志望に落ちちゃったものばかりだから
教室内にもそんな和気あいあいとした雰囲気はなく、
静かであった。

Nくん。

「くん」とは言っても、後で話をしていくと
彼は僕よりひとつ上、つまり2浪生である。

今年の受験も失敗。
いろいろ迷って、やっぱり今年も浪人することにしたそうで
その決定が遅れたため、入学が遅れたとのこと。

腰の低い、人のよさそうなNくん。

年上だけど普通に接してねと言われて、
僕はその後は、Nくんが年上だと言うことを頭の隅に追いやって
同級生のように接していた。

予備校で話し相手ができ、それに伴って話す人も徐々に増えていった。

友達はなくてもいいと思っていたけど、やはり
その日話す人がいれば、楽しいし、悩みも薄らぐ。

親しくなるにつれて
何となく僕はN君のことを下に見ていた感があった。

2浪ってなに!?
浪人を2年もしたってことだよ!っていう嘲笑する気持ちが
心のどこかにあった。

予備校と言えば、神聖な自習室。
よくN君と一緒に自習室へ行った。

僕はとりあえず自習室へ行くと、次の日の予習などを始める。
しかしN君は数学の「チャート」を最初からしこしこ解き始めるのだ。

「え、今さらチャートなんかするの?」
僕はまだ高校を卒業したばっかりで、
文系と言えどもまだ数学の内容は
やはり覚えている。

だから、なぜか基礎からやり始めている彼が、
なんか「汚らわしく」思えた。

「2浪もすると、もう一度はじめからじゃないと、不安なんだヨ…」
「ふーん…」

そのときはそれで終わったが、
自分がこの後2浪、3浪となるにつれて
この言葉が重みを持ってくることは、
このころの自分はまだ知る由もない。



僕は冗談で人を冷やかすのが好きなので、たぶんそのときも
調子に乗って何かを言ったのだろう、
内容は覚えていないが
「…そんなことは、あまり2浪生とかには言わないほうが、いいんじゃないかナ…」
と、いつも人のよさそうなN君の顔が少し曇ったのが見えた。

タイムマシンがあれば、このときの自分を殴り殺したい。

</本文>

15人ほど居たクラスで、僕を最初の友達として
選んでくれて、今では感謝している。

この先に記述しますが、僕はこのX予備校を
大胆な理由で電撃退学したので
Nくんとはそれ以来連絡のしようも無い。

元気かなぁ…



大学受験#19 授業ですることは?

2007-01-31 01:07:57 | 大学受験
予備校初日の教室の雰囲気、感覚。
不思議ですよ。
経験したことがある人は、わかりますね。

寒い。よそよそしい。静か。はずかしい。拘束感がない。
私服。居辛い。不安定。伏し目がち。疎外感。よりどころがない。

僕が思うに、
「小学生時代、風邪で学校を休んで、自宅でいる
(もしくは授業中なのに体調不良で自分だけ保健室にいて、ベッドで寝ている)」
感じにいているかな…?
今思えば^^;

<本文>

新学期がスタートしました。
高校生でもない、大学生でもない。
新、浪人1年生。

初めての電車通学。
電車通学といえばウォークマンでリスニング!
形から入ります!
たった数分の通学ですが、濃ゆい一年を送るために
ちょっとの時間も、無駄にできない。
速読英単語(Z会)を片手に、付録のCDを聞きながら通学です。

とりあえず、飛ばします!のっけから飛ばしていきます!

ひとまずは、受け付けないテキストだったけど予習をしていった。
パンフレットには、予習がキモ!と念を押していたからだ。

小中高、それに今まで通った塾では、
一切予習復習というものをしてきたことがないので、苦労する。
予備校でも、一日4~5コマあるので、毎日が大変である。

国公立普通レベルクラスになったものの、ハイレベルクラスの生徒と
同じ教室で授業を受ける教科もあった。

そこには、僕が落ちた第1志望だったA高校の人間もたくさんいた。

僕は、A高校というトップレベルの人間が、どんな授業態度で受けているのか
とても楽しみだった。
頭のいい人と一緒の空間で勉強したことがなかったからだ。

授業態度は、普通。
やはりたまには居眠りをすることもあるようだ。

ただ、僕が一番驚き、大発見だと思ったのは
予習ノートも板書ノートも、配布したプリントにも
書き込む字が、汚いのである。

かわいい女の子も、かなり汚い。

僕は昔から几帳面で、何でもきれいに仕上げたい性格である。
ノートも丁寧に書き、数学でグラフや作図の際も
定規を使って丁寧に書く。

でも彼らは、斜めになろうが字の大きさが変わろうが
消しゴムでノートがぐちゃってなっても、お構いなし。

僕はここで学んだ。
授業を聞いて僕は、きれいなノートを仕上げるのが
目的ではない!
先生の話をもらさず聞いて、頭に入れるのが浪人生の仕事である。

高校時代も、授業とは別のまとめノートを作り、きれいにまとめていたが
そんな時間があれば、頭に入れることがいくらでもあるだろう!
このことに気づかなかった。

やたら、自分でまとめて、まとめるだけまとめて
色ペンをキレイに使い分けて満足感。
それで終わり。
頭に入れていない。活用していない。

何のためのノートだ。
本当にいらないことをしてきてしまった。

自分は浪人生となった。この年でやるのは
もはや新しい知識ではなく、どれだけ問題と格闘した経験回数を上げるかである。

</本文>

僕が失敗し続けた理由でたぶん一番大きいのが
この「几帳面さ」だと思う。
僕の場合、度を越していました。(後日記載)

この浪人1年という早い段階で気づいたにもかかわらず、
実は2年目、3年目と同じ過ちを繰り返しています。

大学受験#18 ピカピカ浪人一年生

2007-01-28 22:10:43 | 大学受験
明日から国公立大学2次試験出願開始のようですね。
受験生の方は、手続きはできる限り親にやってもらいましょう
僕は全て自分でやって、失敗したと思ってマス…
こんなことは甘えていいんですよ。
そんな時間があるなら、勉強!

<本文>

浪人1年生での目標は一橋大学になった。

・東京に行きたい。
・せっかく今まで学んできたことを無駄にしたくないし、まだ学べていないことも多い気がする。
・幼少期からずっと変わらずマスコミ志望のため、やはりレベルの高い大学へ行かないといけないと思う。
・いままでの失敗を覆し、負けた姿を見られた奴を見返したい。

これが満たされるのは一橋大学であろう、という主な志望理由がこれである。

年度が替わり、4月n日。
クラス分けテストが行われた。X予備校は志望校でクラスを分けるのではなく、
レベルによって編成が組まれていた。
4月n+4日、入学式。
4月n+6日、オリエンテーション。

文系は3クラスあった。国公立文系のハイレベルクラス、普通の国公立文系クラス、
私立文系クラスに分かれる。
僕は先に行われた編成テストで普通の国公立文系クラスになった。
正直、焦った。



目標を一橋大学にした夜、両親に言うと
「ははは~、何言っているの!?」と小ばかにされた。
「どんなレベルか、知ってるの?」
「知ってるさ!だからこそ挑戦するんだよ。」
でも、頑張れって応援してくれた。

正直、身分不相応かとも思った。
この春受けたK大学よりも、はるかに上。
そのK大学に落ちたレベルで、浪人で一橋を目指すなんて…

でも、やると決めた。後には引く気もない。

僕は、予備校では第1志望が一橋大学であるとは
誰にも明かさなかった。
正直、ハイレベルクラスに入れなかったのは心許ないが
それは、現実として受け入れよう。
教える先生だってハイクラスも普通クラスも同じだし、
全クラス共通に受ける授業だってある。

オリエンテーションでは、X予備校独自のテキストが配られた。
パンフレットには
「あれもこれも手を出さず、テキストのみでやって合格しました!」やら
「テキストはぼろぼろになるまで使い込みました!」やら
「奇跡のテキスト!」やら
派手な文句が並んでいます。

現役時代のX予備校のテキストとはやはり違って、確かに分厚い。
製本もしっかりしている。
ただ、いかにも「何十年も同じ原版を使っています」と言わんばかりの
挿絵の古さ、字のつぶれ、レイアウトの汚さが目立ち、
早速やる気減…
何だよこれ…

早くも予備校のテキストに疑念を抱いてしまった。
とりあえず、一橋大学が第一志望であるし、予備校にはそのことを伝えていないので
こちらはこちらで対策を立てていかねばならない。
僕は、以前から気になるものがあった。
Z会である。

それまで周りで使っていたものはいないが、新聞に
よく広告が掲載されており、名前ぐらいは知っていた。
Z会はかなり難しいらしい。東大レベルの受験生はみんなやっている…(?)
ならば僕もやらないといけない。
東大、一橋レベルの受験生がやることは、僕もやっておかなきゃ!
とりあえず、一流大学合格のためには、多少の出費は
覚悟しないといけない。ね、お父さん!と諭し、
予備校と並列してZ会も始めることになった。

ということで、自分のレベルを考えず
D、TC、QEA、QEB、QLCと
EA、LX、MD、GA → EF1、LF、MG、GFコースをがっつり契約してしまった。
基本のスタンスとしては
予備校で、基礎基本。
Z会で、応用力。
この計画で、ひとまずスタートを切った。

何事もまず形から入る、悪い癖だ。

</本文>

大学受験#17 浪人1年生の志望校

2007-01-27 12:05:40 | 大学受験
病院のベッドの上でセンター試験の日のニュースを
見ました。

全国ニュースでは東京大学の試験会場だったり、
ローカルニュースでは地元の大学の会場の
試験開始前の風景が映し出されますが、、、

空席が多い???

初日の最初から、欠席が多いなんて、
きっとほとんど推薦で決まっちゃったんだろうなぁ…
(昔の欠席はこの理由が多かった)
相当少子化が進んでいるんだなぁ…
昔は空席なんてなかったなぁ…とか
思っていたら、

一発目は公民になったんですね^^;
そりゃ空席も多い罠。

でも、今のセンターは大変ですね。
1日目に文系科目全て!2日目に理系科目全て!なんて
きつそうやね…
3日間開催とかの話は、どうなったんやろね?

と、遠い目をしている昨今、「ゴーゾン!大学受験」シリーズも
退院したので再開します…

浪人1年生が決まった春先の続き…

<本文>

予備校がまだ始まっていない4月の頭、X予備校の先生から電話。
「ちょっと、出てこないか?」
予備校で、先生と二人。
「まぁ、今年の春は残念だったが、浪人してもっと上を目指して行こう」

第一志望はかなわなかったけど、あまり勉強して挑んだわけではなく
また、曲がりなりにも国立大学には合格したから、そんなに落ち込んではいない。
上を、かぁ…

「君は今年外国語学部を受験したけど、どうかな?今年は違うところを受けてみないか?
英語も勉強できて、社会的なことも勉強できる国際関係系なんかに進めば?」

ここでも、高校のときの担任のように外国語学部から離そうとしている。
ただ、後期で経済学部に受かったことや、やはり外国語学部は
幼少のころから海外で過ごしたりした人が集まると身を持って感じたことなどから
すでに外国語学部系には興味がなくなって、あれほど一途に思い続けていたK大学も
どうでも良い存在になった。

さらに、どうせ浪人するんなら、はるかに高いところを目指してやろうじゃんと
思い始めていた。

その場で先生は大学案内雑誌のページを何枚かコピーしてくれた。
国際関係など、経済や法を中心にして外国を意識した授業がある大学、のような特集。
僕は、その中に「一橋大学」と言う名前を見た。

なんか、カッコいい響き!「いちはし」じゃなく「ひとつばし」!(?)
…私立かな?
国立か。いいな国立志望だし。しかも東京にある!東京行きたいなぁ!
レベルは…ぎょ!東京大学と張り合ってるよ…!
あの東京大学?と張り合っているのか…?にしては、聞いたことがないなぁ…
もしかして、穴場ってやつかな!?

今年は俺はやるんだ!
やるならとことん、やってやる!!目標は、一橋大学に決定!!
相手に不足無し!

風はまだ冷たいが、日光はあたたかい
桜が舞う中で、ドキドキ、でもものすごい力がこみ上げてくる感じを
今でもはっきり覚えている。

</本文>

この段階で「一橋大学」を知らない少年が、
次の冬には、一橋大学の試験会場にいるのでしょうか?
そんなうまい話が…

あった。
あったのにね。

大学受験#16 競合がない

2006-12-18 10:05:34 | 大学受験
浪人1年生。

<本文>

3月の最後までともに受験期を過ごしたT君は、
4月から県外にある代々木ゼミナールへ
通うことにしたそうだ。

私大しか受けなかったし、電車で1時間もかかる予備校を選んだりし、「代ゼミ」なんて大手だし、つくづくTくんの家は
お金があるんだなぁと思った。

3月の末ごろ、高校時代に通っていたX予備校から電話があった。
進路調査である。
2年からの英語の講座でずっとお世話になっていた
英語の怖い先生である。

「後期でW大学が合格しましたが、行かずに浪人することにしました」
「それならうちに来ないか?現役時代在籍していたから融通きくし…」
この「融通」と言う言葉に引かれて、またこのX予備校へ行くことにした。
現役時代、大した効果を感じなかったが。

僕は3月22日の後期日程発表まで進退が分からなかったため、
すでにこのX予備校で開催されていた特待生試験や新浪人生向け先手講座みたいな
催しに参加できませんでした。

そのまま、ストレートに入学金、授業料納付などの手続きへ。
事務所で「あの、現役時代に在籍していた人は特典と言うか、サービスがあると言う風に
聞いたんですけど…」と僕。
「いや、そういうのはないです。」
だ、だまされた?

きっと僕の聞き間違いだったんだな。と
しぶしぶ規定の額を納めた。

入学にかかる費用は覚えていないが
T君の遠距離交通費と代々木ゼミナールに比べると
僕が選んだ地元にあるX予備校のほうが費用は安かった。

僕の地元は大手3社の予備校がなく、昔から地元で独占的に展開していた
X予備校がある。受験シーズンにはかなりの数のテレビコマーシャルを流し
ラジオでも番組を持っており、昔から僕は名前はよく知っていた。

代々木ゼミナールや河合塾に関しては、現役時代高校サイドが模擬試験として
使わず、また個人的に受けることもなかったので、名前ぐらいしか知らない。
T君に春ごろ会ったとき、「代ゼミはテレビで授業がある」と聞かされ、
「テレビの授業で、どれほどの効果があるのか?」と
疑問でした。

結果として、確かに1浪時に通った地元のX予備校でも良かった面はあるが
総合的に見て、それを補って余りあるほど、3浪時に通った代々木ゼミナールが良かった。
でも、結局は僕の怠惰な性格から、どちらの予備校も「活用」することができなかったのだが。
代ゼミの授業についてはしばらく後の話になる。

</本文>

ただ、昔から名前を聞いたことがある。
と言うだけで選んだ地元X予備校。

本文にもあるように「融通」を「安くなる」と捕らえてしまい
他の予備校を一つも検討しませんでした。
そもそも、他に予備校があることさえ知りませんでした。

もう少し、慎重に選んで
お金もちょっと多めに出して
大手に行っていればよかったかなぁ…と

各地にローカル予備校がありますが、
ローカルが得意なのは、そのローカルにある
大学のみです。

大学受験のフィールドは全国です。
ローカルはなかなか地元以外の大学を
研究するのは難しいようです。


大学受験#15 疎外感

2006-12-13 01:53:58 | 大学受験
うれしいね。頑張ったもんね。

でもね…。

<本文>

仲の良かった友達グループで卒業旅行へ行こうという話が
高校3年の始めごろに、持ち上がっていた。

しかし、次第にそんな話をしたことも忘れ、受験一色の毎日であった。

卒業式後のある日、まだ僕の行き着く先が分からないころ、すでに11月に国立大学へ
推薦で決まっていた友達から電話があった。

「旅行、予約しといたから」
僕は「!??」

僕は無性に腹が立った。
確かに、そんな話はあった。でも、それはほとんど社交辞令的なものと捕らえていた。

それに彼だって、僕がどんな状況をたどって、今どんな結果か知っているはず。
こんな状況なのに、俺が卒業旅行なんか喜んで行くように見えるか!?

この友達は、頭が良かった。それに性格もたいへん良い。
人の痛みもすごくよく分かる人だ。
僕は高校でこの友達と出会って本当に良かったと思ったのに、
こんな最後に、こんなことになるとは…

結局、彼がどんな考えでこの行動に至ったのか
確認はしていない。

キャンセル料だけ叩きつけて、断った。
心がとても寒かった。

</本文>

疎遠になりました。この友人とは。
まぁ、もともと僕が「おちゃらけキャラだから、落ちても
旅行に参加するだろう」と
思っていたのでしょう。
たぶんね。

でも、どんな人間にも
冗談が通じない瞬間はあります。

そっと見守って欲しかった。
本当は一生の友達として付き合いたかったけど
そのときの自分は「切る」と
判断したようなので、
そのときの自分の判断を今も尊重しています。

あと、これは当ブログ「ホテル関係」でも
いつか触れようと思っていましたが
キャンセル料なんか、いくらでもごまかせる方法があります!

「もう申し込んだから、取り消すのにお金かかるよ」と
その友達から連絡があり、
2万円も請求してきた!無言で送りつけてやったが
本当に支払ったか、疑問だな。

あ~ぁ、ほんとに寒い。



大学受験#14 ノルマとしての「合格」

2006-12-13 01:35:22 | 大学受験
嫌々受けた後期日程。結果は?

<本文>

3月22日。W大学後期日程合格発表日。
そのころはもう何もすることがなく、何の予定もあるわけでなく。
ただそんな毎日を過ごしていました。

K大のときはレタックスまだかなぁと窓から郵便屋さんを
今か今かと待っていたのに、今回は全く無関心。

そんな午後、母が「合格してるよ!」と僕の部屋へ来ました。

「は!?」

だぶんこんな受験生はいないと思いますが「合格したよ!」のセリフの後に
思った言葉が「困る!!!」と言うのは、あまりいないでしょう。

「間違いでしょう…?」
でも、確かに見ると、自分が書いたことのあるような受験番号が
ある。
後日、合格証明と入学書類みたいなのが届き、確かに合格していることに…

ど、どうなっているの???
あの答案で!?



3月末、最後まで受験期を過ごしたT君とともに高校へ行った。
Tくんは、浪人することにしたらしい。
僕は一応、W大学に合格したことをそれぞれ報告しに行った。

高校側は、「おめでとう、よかったね」と
どの先生もたいそう喜んでくれた。
僕の顔は漫画に描いたように引きつって「はァ…ありがとうございます。」といった。
複雑な気持ちだったが、奨学生として、国立大学合格と言うノルマは果たせたので
よかった。
第一志望でなくても、不合格よりは「合格」と言われるほうがうれしい。

ただ、あんな答案を書いて…、

今まで塾まで通って、
仮定法もシグマ計算も七言絶句もユーロ地域もメンデル遺伝も
勉強して、
センター全時間帯受験して、、、
これだけ一途に思い続けたK大学に落ちたのに
まったく練習したことのない小論文で
来たいと一瞬たりとも思わなかったこの大学に
合格するなんて…

今までの時間は、無駄だった…!?

春からは僕は予備校へ通うことにしました。

W大学入学を棄権したい。現役時代考えたことのない「浪人」。
浪人することにしたと親に言った(かなぁ)(言ったんだろうなぁ)
このあたりのことは、なぜか覚えていない。

でも、「せっかく勉強したことを昇華させたい」と思ったことは
覚えている。

</本文>

なぜ合格したのでしょうか。
汚い答案を作りつつも、問題は自分の興味のある
分野でしたので、のびのび書きました。

また、ネタのない分野の問題でも
自分の興味のある方向へ持って行き
論じました。
ひょっとしたら、その大胆さが良かったのかも。

うれしかったです。確かに。
好きではない大学でも。

でも、ここに入ることは考えられませんでした。
今思えば、贅沢言わないでせっかく先方が受け入れてくださったのだから
入っておけばよかったかな、と。

でも、どちらが良かったかは、分からないし
考えないことにしている。
今進んでいるこの道が、きっと最良の選択だと思っている。
思いたい。





母子ともに、乾いた「春」

2006-12-10 22:06:04 | 大学受験
っと、「大学受験」について
ストック大放出しました。

これでほぼ現役時代の話は
終わりつつあります。

来月のセンター試験のころまでに
あと「1浪~3浪」までカバーするつもりです。

かな~り閲覧数があるので(300pv近く)需要はあると見た!
来週もまた見てくださいね!んがくっくっ♪



写真はHDDに残っていた数年前の春ごろのニュース場面
いいですね、合格発表。

こんな掲示板の前でうれしい涙を流したかったなぁ。。。

結局入った大学の合格発表は、
母が電子郵便開いて
「番号あるよ~」
「ん~…」
と鼻くそほじりながら、母子ともに何の喜びもなくその瞬間を
過ごしました!(ぇ

この内容も後日網羅します!
ますます盛り上がってきた「ゴーゾン!大学受験シリーズ」に
ご期待ご来場ください…?

週末には売れない演歌歌手のオンステージ、ならびに
C級お笑いコンビと××レンジャーもやってくるよ…?






大学受験#13 不満後期日程

2006-12-10 21:39:27 | 大学受験
最悪です。
僕。

<本文>

同じ週の週末には、早くも後期日程である。

3月11日、後期日程前日。
飛行機にてW市入り。とんだ田舎である。
一気に嫌悪感が募る。

都会のK大に合格する気満々だったため、自分がこんなド田舎に
なぜ来なければいけないのか不満だった。

W大学をどうしても受験して欲しいというのは、高校側からの願いだった。
どうしても、国立大学合格の実績を出して欲しい。
もう君しか国立大を受験できる生徒はいないんだ。

自分のセンターリサーチでは判定希望として出していなかったが、
学校側が判断したのは、
後のデータ発表で僕のセンター試験の結果は
W大学においてA判定が出ていたからであろう。

しかも、経済学部である。
経済について今まで触れたことがない。
経済学部というのも、学校が激しく進めた。
当時経済学部の一般的な意識はというと、人気薄、入りやすい、就職でも使いやすい
そんなネガティヴなイメージだった。

ますますうっとおしい存在である。
このころまだ「浪人」という意識はほとんどなかったけど
こんな大学には受かりたくないぞ、
ここに来るくらいならもう1年やると思った。



翌日3月12日後期日程。小論文のみ。
かなり寒い。
この後いろんなところを受験することになるが、寒かったというイメージは
ここの大学のときくらいだ。

前日から激しい嫌悪感に包まれていたので、かなり投げやりな態度です。
必ずしていた下見もせず(迷ってもいいや)、
持ち物もチェックせず(忘れ物があってもいいや)、
お守りも持たず(こんなもの効かないよ)。

試験開始。3問ぐらいあります。

これは、受験生にあってはならないことですが
僕はどうしても合格したくなかったので、かなり不真面目な答案を
わざとつくりました。

字を間違っても、きれいに消さない。後半は二重線訂正(!)
小中学校時代、賞レース総なめするほどの字の美しい僕ですが
ありえないほどのわざとらしい字の汚さ!
常体・敬体入り乱れはもちろんのこと、「だよ。」「かなぁ?」(!!)

本当に暇つぶし的な意識だったけど、興味のある内容でしたので
さっくり書き上げました。

1問30分ぐらい。3問で90分。
とりあえず、暇だったから埋めてみたよ~、、、

ところが、試験終了の合図がない。
時計が進みすぎたかな?
2分、3分たっても合図無し。これは流行の「試験官ミスか~」
新聞出るぞ~とワクワクしたものの、ほかの受験生は
まだ余裕で試験問題と格闘している。訴える様子の人はいない。

「?」と思って、ふと受験票の時間をみると
「150分」
えぇ~つ!長っ!
もう終わっちゃったよ~

最悪なことに、試験時間さえ見てこなかったのです。
本当にやることがなかったので、
答案の強調したい部分に傍線(!!!)を入れたりしていました。

まぁ、こんな答案受かるまい。
この日は父と遠征していました。観光でもして帰る?といわれましたが
本当に興味のない街だったので「帰る」と言いました。

</本文>

最悪ですね。



大学受験#12 卒業写真は…

2006-12-10 21:23:00 | 大学受験
高校3年間過ごして、またさらに3年間高校生活する。
考えられますか。
あのときの自分は、気づきませんでした。
こうなるとは。

<本文>

3月1日、卒業式。
本当に楽しい高校生活だった。

悲しみに打ちひしがれての入学だったけど
本当にいい友達、楽しすぎる学校生活、よくしてくれた先生。
第1志望の高校じゃなかったけど、ここでよかった。

でも何か、こころにおおきな空間がある。
支えるものが何もない、そんなバランスの悪い何かがある。
普通なら感動の卒業式だろうが、進路がまだ決まっていない
宙ぶらりんな状態だからであろう。

なんだか、この高校生活がずっと続くような感じ、、、
卒業式なのに、終わりというイメージが何もない。
あまり記憶がない。
たくさん写真を取った卒業式の日のフイルムが
その日にどこかに消えた。
卒業式の写真が、今も一枚もない。

3月6日、電子郵便到着。
自分の受験番号は、なかった。

合格発表の日のことは、あまり覚えていない。
悲しかったとは思うが、あまり泣いたりした記憶はない。

セ試後、2次試験で挽回!と思ったものの、
高3になってやっていたのは
ほとんどセンター対策のみ。記述英語はほとんど身についていない。
とにかくセンターで優位を取ればなんとかなる!と思ってセンターばかりの
問題をやっていたのにいたのに、
いざセンター試験でコケて、2次試験で挽回しようって
1ヶ月前からやり始めたって、間に合うわけがない。

K大学の過去問が手に入るのは、赤本のみだった。
しかし、赤本は見難い。開いても分厚くてすぐ閉じてしまう。
解説も簡単すぎてよく分からない。で、あまり使わず。

僕が最も感動した富田一彦先生の「英文読解100の原則」をやっていたが、
それだけ。

長文の練習問題に触れた経験回数が少なすぎる。
長文読解の問題集は買っていない。
塾での長文のテキストがあったが、あまり信用できなく
授業内容もほとんど記録していなく、英文という素材はあっても
解説の何もない「紙」であったので使えない。

前期試験では野球というものを何も知らない少年に、
「これはバットですよ。」「ボールですよ。」
「さぁいまからプロ野球の試合に出てください。」
コレだけのことしか知らなくて、ルールを何も知らなくて
試合に出た。
こんな感じである。
ただお金を捨てに行っただけだった。

だから、泣かなかったのである。
実際いっぱい練習した野球少年が試合に出て負けた、なら
思いっきり悔しくて泣くけど、
上記のような人間が試合に出て負けても、「ふーん」っていう感じ
だからである。

前期日程の発表2日後、中期日程の某公立大学。
ここでも英語のみの試験だったが、上と同じ現象である。

前期で合格すると思っていたので、この大学の赤本は買っていない。
しかもあんな試験の手ごたえだったにもかかわらずまぐれで合格するかもしれないと思っていたので、
中期日程まで時間があったのに何も勉強していない。

</本文>

お母さん。
本当に頑張った息子や娘は
悔しかったら、泣きます。
本当に頑張ったなら、泣きます。

泣かなかった子供は、、、


大学受験#11 D判定

2006-12-10 21:03:26 | 大学受験
現実は…

<本文>

2月には学校が休みになります。
推薦入試ですでに進路が決まった友達はみんな遊び始めます。
仲のよい友達グループはほとんど推薦で決まってしまい、
残るはT君(私大文系)と僕だけまだ受験待ちです。

センター試験ではK大学はD判定。
ただ、2次試験での配点が大きく、挽回もできるチャンスはあります。
英語のみの勝負、もう学校の定期テストやセンター試験を気にすることなく
英語のみにたっぷり勉強時間をかけられます。

センター試験から2次試験までは1ヶ月以上日にちがあります。とは言うものの、
実際はかなりバタつくため
そんなに時間はありません。
にもかかわらず、やっぱりセンター試験という一山を越えた後は
気が緩んでしまい、あまり勉強しませんでした。

2月24日、新幹線を利用してK市入り。
とりあえず、試験会場を下見。一応参考書などを持ってきたものの
ホテルでは勉強することもなく、、、

翌25日、試験当日。
何かの雑誌で、試験の教室に1番乗りではいると合格!とか書いていたので
1番を目指しかなり早く到着、しかし実際は教室は施錠されており
開場までにほかの受験生もぞろぞろ到着。

そして担当者が現れ開錠、それっ、てところで
別の受験生に入られ、あえなく2番手入室。

推薦入試で来ていたこともあり、あまり緊張もせず
唯一の試験科目「英語」スタート。
しかし、手ごたえを感じる問題もなく
時間ばかりがあっという間に過ぎる。
解答用紙が複数あるのに、まだ1枚目のほとんどが埋まってない。
まったくできない。。。
あれほど好きな英語なのに、何も頭に入ってこない。
ほとんど白紙。

試験終了。
1教科だけなので、早々と大学を出る。
一人暮らし用のパンフレットを渡す不動産屋も無視して
でる。
最寄の駅で電車を待つ間、
「もうこの大学に来ることはないだろうな…」と思った。

</本文>

センター試験から2次試験までは時間があるようで
全くありません。
この時期に2次試験の対策をしようとしている方。
方向転換したほうがよさそうです。

・願書入手・日々郵便局通い・入金・願書記入
・各種証明書手配・写真撮影・みどりの窓口通い
・旅行代理店・飛行機予約・宿泊手配・願書発送手続き
・卒業式・予備校面談・志望校変更に伴う過去問入手

どれもすぐに終わらず、
あと一歩なのに、あれがまだ揃わない…とか
出願関係はかなり面倒です。
勉強時間はどんどん割かれます。


剥がしてお守り

2006-12-10 04:32:03 | 大学受験
ぎゃ~

ここここで乗せた写真がのってる~
キモイよ~
でもうれしい…(ぉ

受験生のブログをよく見ます。
応援したくてコメントを書きたいんですが
『お前のせいで落ちた』とか言われたら
凹みますので
いまは、そっとしておこう…

受験生はかわいい。
浪人生は特にかわいい。
苦しみが分かるから…
みんな抱きしめたくなる。
強く抱きしめてあげたい。



「がんばれよ!お前!」



でも『合格しました』なんてきたら
「氏ね」って思っちゃう。



…はい。「お前が氏ね」ですね。
えぇ、えぇ。。。



写真はセンター試験会場の机に張ってある
受験番号札です。
現役のセンター試験のとき、all upして試験官が
「もう2度とこの試験を受けないよう、剥がしてお守りとしてもって帰りましょう♪」
といって、それ以来僕はすべての試験でこの受験番号札を持ち帰っていました。
まぁ、その後2度3度~5度受けるわけですけど(核爆

まぁ、試験官サイドの「剥がす手間を省く」目的なんですがね。
僕も某試験官バイトのとき、このセリフを使わせてもらいました。

おすすめグッズ

2006-12-09 22:02:14 | 大学受験
次次次次次次の土曜日は
センター試験本番ですよ~~
もうセンタープレテストは
何処も終了しているようですね。

今回はセンター試験を受ける方に
お勧めのものを…

時計。
センター試験には目覚まし時計のような時計を
持ってきている人もいますが(笑)
大きいアナログ時計は便利ですよ。
腕時計じゃないとダメとは(当時)書いていません。
秒単位勝負のセンター試験では秒針が見やすいものが
力を発揮します。
ただ、アナログは微妙な見間違いがあるので、
腕時計はデジタルを持っていきましょう。

写真は無印良品の時計(たぶんもう販売していない)
かわいい、見やすい、絶妙な大きさで
最高です。

鉛筆は腐るほどもって行きましょう。
鉛筆削りはダメです。
なんか折れやすくなるし、削っている暇があれま
参考書開きましょう。

赤ペンもあると便利です。
国語や英語ではポイント!と思うところに
赤ペンでチェック入れておくと
あとで探しやすいです。
「あれどこかに書いていたけど、見当たらないよ~」
と探す時間を省けます。

カイロ。常識です。

受験票を入れておく硬いハード透明ケース。
へろへろしているクリアケースではありません。
正門前や教室前でたびたび受験票チェックが
あります。
そのたびにかばんから探して…としていると
よれよれになってきます。
また、天気がいいとは限りません。
雨の中受験票を見せないといけないとき
雨にぬれるとやはりぼろぼろになります。

写真は平成15年の受験票です。
4年で色が一周するようです。(こんなのを経験してはいけません)

ひとくち型チョコレート。
甘いものは頭の働きがよくなるし
なんか落ち着きます。
僕は森永「ダース」をいつも持っていきました。

参考書やノートは厳選して。
もって行くのに疲れてしまいます。
また、一旦全員退出のときにももって行きやすい
大きさが便利です。
結構もたつく、この時間に
少しでも悪あがきをしましょう。

大学受験#10 現役時センター試験

2006-12-09 21:05:23 | 大学受験
いよいよ。

<本文>
赤緑白黒と各出版社から出ているセンター型問題集を
解きました。
解いている感じでは、順調。でも、この手の参考書は
この時期の受験生を意識してか、易しめに作られているし
過去の自社の模擬試験の寄せ集めであり、来たるセンター試験の予想問題レベルではないので
点数がよくても、半信半疑で不安でした。

年が明けました。初詣のおみくじは引かなかった。
もし変なのを引くと気持ち的にだめになるような気がしたので。

センター試験までの日数があらゆるところでカウントダウンされています。
そんな日数ももう一ケタ台に突入。そして、残る1日。

友達と試験会場へ下見に行きました。
教室へは入れませんが、建物のある位置までは
行くことができます。
「快速は絶対ほかの受験生も利用するから
時間がかかっても空いている普通電車で行こう」とか
駅から会場までの徒歩の時間とかルートなど綿密にプランを立てました。
この日はもう何もせず、すぐに寝ました。

そして残り日数、0日。センター試験当日です。
計画通りに会場まで到着。会場周辺は車や人でごった返しています。
いろんな塾や予備校が横断幕やプラカードをもって
応援に来ています。高校の先生も来ていました。

緊張はしていましたが、なんだかこの雰囲気で
気持ちが盛り上がり、ワクワクしてきました。
あぁ、受験生なんだなって。

試験の教室はかなり巨大。暖房はありません。
防寒対策はバッチリでしたが、興奮であまり寒いとは感じませんでした。

試験官が入ってきました。最初の説明は真剣に聞き、
手続きは慎重にこなします。
昼休みは友達としゃべったり、ごはんを食べたりしました。
各教科の間にはかなりの空き時間があるように思いますが、
配布、回収、それに一番だるいのは全員一旦教室外に出て
受験票を持って再度入室しないといけません。
なので、時間があるようですが実際はあまりないに等しく
参考書を開いたり、最後の悪あがきをするのは
あまりできません。

1日目終了。門の辺りではすでに解答速報が配られています。
しかし明日へのモチベーションの変動に繋がるので
もらいませんでした。

2日もわりとリラックスして挑みました。
その日までにできる対策はしてきたつもりでしたし、
やはり推薦入試で受けたK大学への思い入れが強く
そのキャンパスに自分がいる姿を想像して楽しくなり
不安でガチガチということはありませんでした。
その日もすぐに寝ました。

翌朝。この日は学校で解答が配られ、各社のリサーチにかける
手続きをする日です。
僕は学校でいきなり現実と向かい合うのがいやでしたので
自宅で朝刊を見ながら自己採点をしていくことにしました。

英語、数学②、地理、生物では過去最高。
学校では一度も授業のなかった現代社会で80点など
よい結果になったものもあったのに、
数学①26点、国語91点と過去最低をだしてしまい、ややショック。
(註:この年は成績開示がまだなく、点数は自己採点による)

K大学はセンター試験の点数は国語、英語、社会が加算になるので
国語が気になるけど、とりあえず判定に出す。
結果、D判定(A~E)。
英語、社会で過去最高点を出していたので
国語がいつもどおりな点数なら、Aに近いB判定だった。

かなり危険だけど、あきらめが悪く楽天家な僕は
奇跡も起こるかも!2次試験への傾斜が大きいので
挽回も可能!と担任や両親の意見を聞かず
前期日程を公立K大学に決定。

中期日程は某公立大学。
後期日程は、ほとんど僕は前期日程で合格する気満々だったので
何に考えていず、担任にどうしても、学校側としてお願い!
と進められた
今まで模擬試験で判定に出したことのない大学、
判定に出したことのない経済学部の
某国立W大学に決定。
私立は無しで合計3校出願。

担任は常々、僕に外国語学部をやめさせようとしていた。
外国語だけ勉強するところへいっても、就職で苦労するよ。
外国語学部はそれこそ帰国子女のような精鋭部隊が出願するから
厳しいよ、と。

そのころは「うるさい!絶対不可能とは限らないだろう!」
と聞く耳を持ちませんでした。それに高校入学してから
外国語学部を意識していたから、こんなところで路線変更できるわけがない。
</本文>

ほぼ無対策であった「現代文」2問で玉砕しました。

現代社会が授業で1度もなかったことは
書いてよいのか(笑)
地理を選択していたし、ニュースは好きで
よく見ていたので、点数がよかったのでしょう。
さらに、「おまけ暇つぶしどうでもよい時間」として
公民の試験時間は受験したので、リラックスした頭で
やったのもよかったかも。

実際センター試験は5回(実は大学1年のときも受験しました^^;)において
地理<現代社会(浪人時も授業で選択せず、実質勉強時間0分)となったのは
3回でした。(地理を勉強した意味ない~)

あと次回以降触れますが、
大人の意見は聞いておいてほうがいいです。。。
若いときはどうしても反骨精神が出てしまい、
突き進んでしまいがちですが
やっぱり長く生きた人は自分とは違います。

でも、やっぱり第一志望を受験しないと悔やんじゃいますね。
チャンスがない分「当たって砕けろ!」「当たれば儲け」とは
ならないですから…