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二人で歩く夜、抜けない刀を腰にさして

2020-11-07 11:55:22 | 二次小説

 久しぶりといってもよい弟からの手紙だ、柱として忙しい日々を送っている自分を煩わせてはいけない、会いに来ることも手紙さえ滅多に出さないのに、何かあったのだろうかと思ったのも無理はない。
 「父が稽古をつけてくれたのです」
 そんな書き出しから始まった手紙に杏寿郎は驚いた、それだけではない、最近の父は酒も飲まずに自身も剣をふるっているというのだ。
 自分が家を出るときの姿は全てに投げやりになっていたというのに、何かあったのだろうか、分からない、だが、悪い事ではない。
 自分と違う、優しい性格の、どちらかというと引っ込み思案の性格の弟だが、手紙には父の事を驚いていると同時に喜んでいる。
 良いことなのだと杏寿郎は自身に言い聞かせた。
 
 「まあ、煉獄殿」
 こんな雨ですのにと老婆は驚いた、傘をさしていても男の足下と着物の裾はぐっしょりと濡れている。
 「そのままでは風邪をひきます、乾かしましょう」
 「いや、すぐに帰る、それで、どうだ」
 「まだ眠り続けております、実は」
 このとき、老婆はわずかに顔を伏せた、少しの沈黙の後に顔を上げたが、目は合わせようとはしない。
 「悲鳴嶼という方をご存じでしょうか」
 数日前の自分なら気にかける事もなかっただろう、だが、今は違う、その男は柱の一人、その言葉に老婆は小さな呟きを漏らした。
 「尋ねて来られたのです」
 その言葉に思わず声が出そうになった。
 (ここに来たのか)
 声を出したつもりはない、だが、老婆は驚いたように自分を見ている、そして首を振った、帰って頂いたと。
 「お館様に言われました、それに尋ねてきたのは夜も遅く」
 秘密にしていた筈だと思った、そのとき、音がした。
 戸がゆっくりと開き、そこから覗くような女の姿を見て槇寿郎は息を飲んだ。
 「悲鳴嶼さん、来たん、ですか」
 その声は震えているようだ。
 
 槇寿郎は迷った末、女を自宅へ連れて帰ろうと槇寿郎は思った、外を見ると自分が来たときよりは雨はましだ、だが、夜だ、女は目が覚めたばかりだし、もし、鬼が、そんな事を考えると朝まで待った方がいいのかと考えてしまう。
 「あなたを安全な場所に匿う事にしたのだが、夜が明けたら」
 今からでは駄目ですかと言われて自分を見る目と不安げな表情に、槇寿郎は迷いを振り切るように、ならば行こうと決めた。
 
 老婆は槇寿郎に、こちらへと部屋の奥へと案内した。
 「これをお持ちください」
 押し入れから取り出したのは刀は随分と古いものだと一目でわかった、使えるのかと問いかけると分かりませんと老婆は首を振った。
 「詳しくは私も、ただ、この刀は」
 話を聞いて、それでは役に立たないと言いかけたが、ないよりはましだと思い、槇寿郎は刀を腰に差すと外に出た。
 
 酒を飲んでいても、こんなにゆっくりとした足取りにはならないだろう。
 
 声をかけようとした槇寿郎だが、このとき、女の名前を知らない事に気づいた。
 「どうか、しましたか」
 足を止めた自分の隣で女も立ち止まる、名前を聞いていなかったと声をかけると、ああと声を漏らした女が花の名前を口にする、それは同じだ、名までと思わずにはいられなかった、あなたの名前を教えてくださいと言われて、素っ気なく答える。
 「俺は槇寿郎だ」
 
 一緒に歩いていると、昔、二人で夜道を歩いたことを思い出した、隣町で剣の修行をしていた自分を心配して迎えに来てくれたのだ、あのとき自分は男なのだと怒ってしまった、心配など無用と思った、言葉に出すことはしなかった、だが、気づいていたのかもしれない。
 灯りで足下を照らして先を歩く後ろ姿を、自分は見ているだけだった。
 なのに今はどうだろう、足下を照らして先立って歩いている、子供ではない、大人になった自分がだ。
 不意に女が立ち止まった、どうかしたのかと声をかけようとした瞬間、槇寿郎は気配を感じた、気づかなかった事に腹が立った、明らかに人ではない気配だ。
 
 「ミツケタぞ、見つけたゾ」
 「喰らうカ、いや、駄目ダ、殺スナ、血、肉ダ、だだ」
 「邪魔スルな」
 
 鬼だ、だが、その姿は普通の人間だ、鬼舞辻無惨の配下ではない別の鬼か、槇寿郎は思わず腰に手をかけた、抜けない刀でも殴り倒すぐらいはできるだろう。
 
 「女を置いていけ、お前には用がない」
 「その言葉を信じろと、どうせ俺も殺す気だろう」
 にたりと男が笑った、肯定も否定もしない、分かっているではないか、鬼とはそういう生き物だ。
 「女をどうする気だ」
 「答えると思うかい」
 槇寿郎は隣にいる女を見た。
 「待って、一緒に行きます、だから、この人は」
 だが、その言葉が終わらないうちに自分の背中に女の体を押しやった。
 
 渾身の力で飛びかかってくる一人の鬼を殴り倒した、だが、地面に倒れた鬼は素早く立ち上がった。
 動きが早い、それだけではない、他の鬼はじっと、自分を見ている、その目つきが気になる、まるで、自分の動きを見極めようとしているかのようだ。
 「槇寿郎さん、私、行きます」
 いいやと首を振った。
 「鬼には渡さない、あなたを鬼には、元柱である煉獄槇寿郎、この俺が許さない」
 あの人は鬼に殺された、今、二度と同じ事は繰り返すことは、駄目だ、それだけは絶対に。
 
 なんだ、この男、何故、刀を抜かない、槇寿郎という男の戦いは勝利など求めていないように思える、あがいているのか、たった一人では自分達には勝てないと。
 だが、雨がやんでいる地面がぬかるんでいては、だが、あの男は振り下ろした刀で鬼達を殴っている、不利な状況の筈だ、それなのに。
 
 そうか、本当にそうか。
 
 だ、誰かいる、指図をしていた鬼は首を動かし周りを見た、だが、姿は見えない、気のせい、いや、いる。
 存在を感じる。
 
 「南無阿弥陀仏」
 
 今度は、はっきりと男の声がした。